正しさってなに? 正解はどれ? 誰か教えて
『眠れないな』
「グ~」
二段ベッドの上で寝ている未來のイビキのせいでもあるが、そんなことよりさっきの会話が頭から離れずに、アレコレ考えが巡っているのが原因だろう。
『パパやママ、それに山田。そんな大好きな人たちの非惨な未来を見たとしたら、あなたならどうする?』
「……」
もちろん大好きな人の不幸な姿なんて絶対に見たくはないし、知りたくもない。
けど、本当はそれ以上に恐ろしいと思っていることが実はあるのだ。
それは、そんなシーンに直面してもなお、例の
「すべてはあらかじめ仕組まれたこと」
と割り切って、超全としてしまうのではないかという不安。
辛く耐えられない悲しみにすら平然と傍観してしまうかもしれない自分自身に恐怖しているのだ。
『それになによりも愛する人が不幸に見舞われるとわかったとして、それでもやはり私は指をくわえて黙って見ているのだろうか? それがもし隼人だったとしたら』
それは無理……と思いたい。
いや無理なんだ!
無理!
無理!
強くそう思うけど、思うほどに、
「わざとらしい芝居なんてよしなよ」
という冷ややかなもう一人の自分が自身を責め立てる。
そう、悲しさが、わからない。
でも、悲しみって、なんだろう?
そういえば学校の卒業式で泣いている子を見て、
「バカな連中」
だと思っていた。
そして未來は、そんななかでも一番激しく泣いているような子だった。
だって、小学校から中学校に上がるときはほとんどそのまま一緒に上がるだけだし、高校に行くときでも近所づきあいにさしたる変化はない。
それなのに、なぜ泣く必要があるのか?
「馬鹿じゃない?」
と思った。
思いつつも、実はそんな事を考え、実行している自分が凄く憎かった。
なんで一緒に泣かないの?
みんな泣いているのに私だけ。
どうして一緒になれないのか?
たぶんその涙は理屈ではないはず。
理由もいらないものなのだ。
女であるなら誰もがわかることのはず。
言いようのない孤独感。
いや、疎外感。
他人との間に線を引き、それだけに飽き足らず自分自身の中にすら線を引く。
すべては、
「未来なんてあらかじめ決まっていること」
という、余計な考えが邪魔をするのだ。
それもタチが悪いことに半端な形で。
こんなことで悩むくらいならいっそ、すべてに諦め、冷めた視線で見る方が楽だと思う時がある。
好き嫌いに関係なく、幸不幸が訪れたところで傍観できるような冷徹さが。
そうすれば、今だってそんな余計な考えに悩まされることなく、あっさりと眠りにつくことができているだろうし。
でも、でも、でも……それはやっぱり違う気がするけど、だからと今まさに悩んでいるようにそれらを抱え込み、悶々とするのも苦しい
「一体どうすればいいんだろう。正解はなんなの?」
辛い、本当に辛くて誰でもいいから導いてほしいと思ったその時、
「ンゴ!」
タイミング良く未來がイビキで返事をした。
『……お前には聞いていないし』
頭の中に邪魔な未來が闖入してきたことで、さっきのいつもどおりに天邪鬼なやりとり思い出してしまった。
『それにしても、またもやってしまった』
隼人と接近するチャンスだったのに、なぜおじいちゃんとの一件に隼人が参加することを拒否してしまったのか?
こちらから言うまでもなく、未來が勝手におぜん立てしてくれたと言うのに。
どうして、自ら距離を置くようなバカなことを言ってしまったのだろう。
「ふぅ」
ため息をつく。
本当にヤレヤレな展開だ。
なんとなく、私が思いを寄せるほどに隼人との距離が遠ざかって(遠ざけて)いるように感じてしまう。
このままではいけない。
けど、どうすることもできない。
どうすればいいのかもわからない。
『知られてしまうのも、知ってしまうのも怖いのかもしれないな』
これまで何度かの経験で人の未来を見た結果、悲しんだり絶望することのほうがはるかに多かった。
今は例の
「すべての未来は仕組まれて……」
の考えに支配されているので、それらの感情とはある程度冷めた付き合い方ができるようになったとはいえ、そんなかつての体験のせいで臆病になったのかもしれない。
「知ることに対して」
そのくせ「知る」ということの根源である勉強に人一倍励んでいる矛盾した自分もいる。
しかし、これは自分の中では折り合い済みで、知りたくないという拒否反応を知るということで克服しようとしているのだ。
だが、これはまさに走る馬の眼前にニンジンをぶら下げるような行為で、知って追いつくことで知りたくない情報がさらに増え、それらを解消するためにまた知るための旅に出なければならない無間地獄だったりする。
止まることなく泳ぎ続けることを宿命づけられたサメのように、私もまた休むことなく知識を仕入れ続けて立ち向かわなければならない。
学ぶ、知る、辛くなる。
その辛さを解消するために、またも学び、知り、そしてさらなる苦痛を覚える……私は一体何をしているのか?
何をしたいのか?
どこをめざしているのか?
もはや勉強だとか学ぶ意味などなくなっているのかもしれない。
意義もないのかもしれない。
しかし、そうしなければ「決められた未来」とやらに押し潰され、敗北してしまう。
敗北。
すなわち未来はすべて決まっていると認めたとき、私は、私は……
『生きる価値や意味を失うことになる。それがもたらす結論とは……』
死。
だって、生きている意味がないわけだし。
すべてが決められているのだとしたら。
努力も絶望も愛情も裏切りもすべてがお約束なのであれば、怒る必要もなければ感動するのもまるで無意味。
そんなことを考えると背中に寒いものが走った。
本当に苦しい。
できることなら逃れたい。
現実から、そして待ち構えている未来から。
『ああ……苦しい』
辛くて胸が張り裂けそう。
誰でもいい、助けてほしいと思ったところに、
「ングッ!」
またもいいタイミングで未來のイビキが返事をした。
『このクソガキ!』
起きている時だけではなく、寝ているときでもうるさいヤツ!
眠れないイライラと、コイツが余計な話を持ってきたせいで悩んでいることを思うとついカッとなった。
「だからお前はお呼びじゃないっての!」
そう言って私は思いっきり二段ベッドの床の部分を蹴りあげた。
「痛っ!」
しかし、その声の出所は未來ではなく私自身。
蹴った場所が運の悪いことに床を支える鉄棒部分だったらしく、未來には一切ダメージを与えられず自爆するに終わった。
「痛たたた……」
本当に嫌になる。
でも、こういう痛みとかについてだけは、例のように傍観することができればいいのに、と現金なことを思ったりもする。
その時ふとカーテンが少し明りを帯び始めているのに気がついた。
ああ、もう夜が明けてきたのだ。
朝になれば学校だ。
いいかげんに眠らないと。