実はあの時、田中君が落ちること知っていたんだ、私。助けようと思えば助けることもできたでしょうね。でも助けなかった。それがなぜだかわかる?
「そ、そんなに大げさに考えることないだろ……」
言ってはみたものの、華子の言うことがほぼ正しいと思うだけに言葉に力がこもらない。
「大げさ、か……やっぱり、あなたはわかっていないのよ、未来を見ることの恐ろしさを」
やれやれと言わんばかりの表情。
そして続ける。
「そう言えばあんた、田中君のお見舞い行ったんだっけ? どうだった?」
「ん? ああ、だいぶ良くなっているみたいだぜ。早く退院して野球をやりたいって張りきっていたよ。リハビリも辛そうだけど、野球のためなら屁でもないってよ」
「ふ~ん」
「でもなんで急にそんな話を?」
「そう」
華子はあたしから視線を外して、独り言のように喋り始めた。
「田中正人。我が弱小高校を甲子園へと導いてくれるかもしれない起爆剤として期待を寄せられている、若干一年にして一軍登録されているモンスター級のピッチャー」
「不幸な事故で入院し苦痛を伴うリハビリを経て、退院後に意気揚々とマウンドへ上がるも、あの時の肩の複雑骨折が原因で球威は減退」
「その後さまざまな試みをするもかつての力を取り戻すことができずにピッチャーとして復帰するどころか、自慢の強肩が振るえないため他のポジションにもつくことができず野球生命を絶たれることに」
「それを機に自暴自棄となり非行に走って……その後についての説明は省くわ」
「えっ? 田中の未来を見たことあるのか? 嘘だよな?」
だって、田中、あんなに退院を楽しみにしているし、リハビリだけじゃなく腹筋とか握力とか寝ながらでもできるトレーニングにも励んでいるくらいなのに。
本当だとしたら、もう一緒に石投げの遠投比べもできないのかよ。
嘘だと言ってほしい。
けど……華子が言うのだから……。
「実はあの時、田中君が落ちること知っていたんだ、私。助けようと思えば助けることもできたでしょうね」
「なっ!?」
何だって?
コイツ、よくもそんな残酷なことをいけしゃあしゃあと!
しかもなんだ、その冷たい口調は!
「お前! 知っていたんならなんで止めなかったんだよ! さすがにそれは許せないぞ!」
「そうかしら? 私の選択は間違っていないけど?」
「どこがだ! ふざけんな!」
「ふん、やっぱりあなたは分かっていないわね。例えばそこで私が田中君を助けたとして、その時はよかったねで済むんだろうけど、その後はどういう未来が待っているの?」
「そ、それは……」
「私が助けたことでそれこそもっと悲惨なことに発展する場合だって考えられるんじゃないかな?」
「で、でも、そんなこと、やってみないとわからないだろ? いい方に転ぶかもしれないわけだしさ……」
自信無げに言う。
華子はいつだって先の先まで考えて発言する奴だから、たぶんあたしの反論なんて織り込み済みで言っているはず。
「よね。確かに。いい方に転んでくれればそれに越したことはないし、もしそうなることが約束されているのなら私だってこの能力を上手に生かすことを考えたでしょうね。でもね、やっぱりそううまくはいかないのよ。最悪、私が助けたことでもっと悲惨なこと、それこそ死ぬような未来に切り替わったとしたらどうするわけ?」
「うん……それは……」
「そうなった場合は誰が責任を取るの? それって私が殺人幇助したのと同じよね?」
「そんな……幇助なんて」
「念のため言っておくけど、幇助とは手助けするって意味」
「し、知っているよ! それくらい」
もちろん嘘だけど。
「それに一度助けてしまうと最後までフォローする必要があるわよね。なんといっても自分の勝手でその人の本来の未来をいじってしまうのだから。その後はどうなるのか知ったことではないなんて、それこそ外道極まりないと思うの」
「一度でも手を出したのであれば、その後どうなるのかまで責任を持つのが義務だと思わない? それにさ、怪我や事故から回避させることって本当に助けになるのかな? その方が都合いい場合ももしかしたらあるかもしれないし、それがきっかけで別の道が開けることも十分に考えられるから」
「……」
「だから場当たり的に長い人生の一部だけを都合よく修正してしまうというのはもの凄く傲慢、いやあってはいけないことだと思う」
「……」
「それに……まぁ……いいわ」
途中で言葉を切った。
表情もとても寂しそう。
いったいどうしたのかな?
言葉の続きが気になったけど、華子が話を戻してしまったので聞くタイミングも逸してしまった。




