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プロローグ

【プロローグ】



夢を見るのは好きだ。

俺、大虎隼人おおとら はやとというアニマルたっぷりの珍妙な名前を持つ一個人の存在を無に帰して、ありとあらゆる別の存在に成り立たせることもできるし、自分を摩訶不思議な世界に意図的に放り込むこともできる。

つまり弾けもしないギターを担いで武道館でライブをしたり、山頂に住むドラゴンを狩ったりもできるわけだ。日常の常識から逸脱した世界は俺の望みであり、非日常のない現実から逃避するのはとても好奇心を震わせる。

 別に現実が嫌いなわけじゃない。そんな逃避癖はないし、偏りのない日常は心休まる。だが、退屈を持て余し青春を駆け抜ける年頃の男子としては、少しくらいの刺激が必要なわけで。

 やっと手に入れた日常だ。そう簡単に手放す気はない。俺の幼少期の悩まされた苦痛の日々に比べれば、今の生活の方が百倍マシに決まってる。

 それでも、たまに。たまにだが、子供のころが羨ましくなったりするのもまた事実。

 だからこそ、夢の世界が好きだ。この世界はリスクがなく、非日常を堪能できる。

 この日も、俺は定時より少し遅れた時間に布団に入り、目を瞑った。さて、今夜はどんな夢を見るのか胸を弾ませながら。


『それでね、ボクは言ってやったのだよ! それじゃあ、ウチのワイフと同じじゃないかってね! あっははははははははは!』


 だがどうだ。現実は。いや、現実ではなく夢の世界だけど。

 俺の目の前に海老茶色の矢絣模様の袴を着た少女が立っていた。腰に届くまで伸ばした長い黒髪。顔は幼さが残る童顔。丸っこく大きな両目と、薄い唇。いわゆるアイドル顔だ。年は俺と同じかそれより下くらい。歴史の教科書で見たことがある、大正時代の女学生みたいな格好をした彼女は、黒髪が見事に映えていて古風な大和撫子の印象を抱く。

そんな大和撫子な彼女は、自らの知能の低さを見せつけるように、永遠とアメリカンジョークを俺に聞かせている。

 なんだ、この状況。誰か、説明してくれ。

『ん? アンコール? 仕方ないね、じゃあ、ボクのとっておきのブラックジョークでこの場を締めようじゃないか! それではお聞きください……ミケノビッチはこう言った!』

 心理学的には夢というものは無意識の欲望から来るものらしい。つまりあれか、俺はこの妙な少女からアメリカンジョークを聞きたいという願望が無意識にあるというのか。んな馬鹿な。そんな願望があったら、俺の深層心理をおもいっきり殴ってやる。

 そうだ、殴ればいいのか。これは夢だ。俺の願望が具現して目の前の少女を生み出しているのなら、この少女を殴れば俺の願望に終止符を打てるのではないか。うん、やろう。俺はできる子。決めたとなれば有言実行する。

 俺はスッと立ち上がると、マシンガンのように話を止めない少女の前に立つ。たとえ夢でも女の子に手を上げるというのは気が引けるが、仕方ない。除夜の鐘が煩悩を打ち消すのと同じだ。俺も自分の手が除夜の鐘だと思えばいい。

『――で、ミケノビッチは……って何かな、隼人? 何かボクの顔に付いてる?』

 くりっとした黒真珠のような大きな両目が俺を見上げた。穢れを知らない無垢の表情で俺を凝視する彼女の頭に、俺は拳を振り下ろした……。




 ……生まれた子猫がまだ開いてない目で母親を無意識で探すように、ふらふらと俺の手は鳴りやまない電子音の元を探す。枕元に固い物を手繰り寄せ、力任せに叩く。徐々に大きく部屋に響き渡っていた電子音が鳴りやむ。

 妙に清々しい。いつもなら、目覚ましを止めた後は寝返りを打ってしばらく布団の感触を楽しむのだが、今は早く上体を起こしてすぐにでも行動したい衝動があった。

「ん~。んあっ」

 変な気合いを入れて、身体を起こす。ベッドから足を下ろして欠伸をする。そしてやっと瞼を開け……。


『おはよ、隼人!』


 矢絣模様の袴を着た少女と顔を見合わせた。

 ………………え。

『もう、いきなり頭を叩くからボクの十八番が途中だったじゃん! じゃ、続きを聞いてもらいましょうか! でね、ミケノビッチはね……』

「……あ。ああ。なるほどな。夢か。これも夢か。まったく、俺の夢依存症も困ったもんだ。つまり、古ぼけたテレビの如く、何度も叩かないと俺の煩悩は消えないわけだ。うん、じゃあ除夜の鐘に倣って百八回叩こう。うん」

 俺は指を立てて自慢げに話し出す少女の頭上に朝の日光で輝いた俺の拳を掲げる。

「去れ、俺の煩悩っ!」

『―――っ!? え、なになに!? なにその拳!? 叩かないでよーっ』

 とっさに頭を庇う少女に構わず振り下ろす。が、俺の拳はまるで雲を掴むかのように少女の頭を突き抜け、空振りした。

「はあ?」

『もう、怖いな~。当たらないとはいえ、目の前まで迫った暴力は怖いんだから、やめてよね、隼人』

「……いやいや」

 俺は拳と目の前の少女とを交互に見比べる。少女の身体は普通の人間のものとは明らかに違う点がある。それは薄くだが半透明の身体で色彩が微妙に薄い。だが、それ以外は俺と同じ生きた血が流れた人間のようだし、ましてや先ほどの光景が幻で俺の寝惚けたものでもない。自分の頬をつねって無駄な痛覚の確認などいらないほどに、はっきり目が覚めた。


 ―――――これ、現実だ。


『何ぽや~っとしてんの? ほら、早く支度しないと学校に遅刻しちゃうよ?』

 少女は首を傾げながら浮遊している。部屋の床を見ると少女に影がない。人間はどんなに軽くなっても浮力がない限り浮かないのが重力の定めだ。つまり、目の前の少女には重力が働いてない。それどころか、この世界の物理法則はどれも通用しない。

 俺はこの生物――と言ってもいいのかわからないが、こんなものを知っている。

『……?』

 巷でいう………幽霊というものを。





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