聖騎士を決める大会前と黄昏の魔女
「何とか間に合いましたね」
死屍累々とかした体育館で、詩音が笑顔で言うが。琴音、美和、朝実、葵、雪の五人は返事を出来ない程疲れており。蒼と黒姫が世話しなく動いて介抱している。
「明後日は訓練を休みにします、大事な聖騎士を決める大会一日前になりますからね。
明日は各人ゆっくり休んで、契約した精霊との絆を深めておいてください」
「し、詩音ちゃんは、明日何するの?」
黒姫に体育館の隅に引きずられながらの琴音が、何とか詩音に向かって言う。もし、詩音が明日暇なら一緒に買い物でも使用と思ったが。
「私は明日忙しいので。……そうですね、黒姫。明日は、詩音先輩について行ってください」
「わっちは、詩音といたいでありんすが」
「黒姫お願いしますね」
「わ、わかったでありんす」
笑顔で言う詩音だったが、何故か黒姫は怯えた様に頷き琴音残りの後ろに隠れる。
「黒姫ちゃんどうしたの?」
琴音が心配して訪ねるが、黒姫は琴音の服を掴んで何も言わない。ただ、その掴んでいる手は細かく震えていた。
そんな様子の黒姫に気付かず、詩音は体育館の出口から出ていく。
「詩音、恐かったでありんす」
詩音が見えなくなると、黒姫がそう呟く。
(何でだろ、詩音ちゃんじゃ無いみたい)
黒姫の呟きに、そう思う琴音だった。
「今頃詩音ちゃん何してるんだろ?」
「琴音、もう十回目ですわよ。その呟き」
琴音と美和の二人は、聖騎士を決める大会前に必要な物の買い足しに、街に来ていた。
「ねえ、黒姫ちゃん。詩音ちゃんが最近何してるか知ってる?」
「知らないでありんす」
そう言った黒姫は、少しだけ迷った様に口を開けたり閉じたりした後。
「最近の詩音は怖いでありんす。それに、一人でいる事が多いでありんす」
「黒姫さんが怖いと言うなんて、きっと何か訳があるんですね?」
悲しそうな表情をしている黒姫に、美和が優しく言う。
「詩音が、詩音じゃ無いと感じる事がありんす」
黒姫がそう言うと、美和も何か感じる事があるのか。黒姫の頭を優しく撫でる。
「私もそう思う事がありますわ。でも、詩音さんは詩音さんですから。きっと何か事情があるんですわよ。………ここ最近、特に物騒ですから」
琴音達が精霊との契約をした日から、街の中での暗殺が増えており。犯人はいまだに分からず捕まっていない。
犠牲者の多くは、裏社会の人間ばかりだが。聖騎士から十数名、一般人から数十名の死者も出ている。
聖騎士を決める大会前の暗殺と言うことで、大会の延期と中止の声も上がったが。声を上げた人物の元には、使用人や小飼の兵士の首が警告のメッセージと共に送られ。そのメッセージを無視した者は、翌日無惨な死体になって見つかる事になる。
その事もあり。下手に大会を延期や中止すれば、多くの犠牲者を出すと判断した大会関係者は、大会と中の警備を倍に増やし開催する事を宣言した。
「そう言えば、詩音さんに違和感を感じる事が増えたのも。確か、精霊との契約の後じゃありませんでしたっけ?」
美和の一言に、黒姫が小さく同意する様に頷く。
「えっと……一応明日必要な物は買ったし。甘い物でも食べに行こうよ!」
暗く重い空気を入れ換える様に、琴音がスイーツのお店を指差しながら言う。
「わっち、和菓子が好きでありんす」
「なら、確かあっちにある店が、和菓子の専門店でしたわね」
二人の間に漂っていた暗く重い空気が一転し。明るく変わり、手を繋いで和菓子の専門店に向かって行く。
遅れない様に二人の後に続こうと、一歩進んだ瞬間に一匹の蝶が目の前を通り過ぎる。
(あれ、この蝶って何処かで)
何処かで見たことがある蝶だと思い、一瞬だが目で蝶を追い掛ける。そして、蝶が人混みに消える瞬間に視界がぶれ、周りの音が書き消える。
「始めましてかしらね」
そんな音の無い世界で何処からか少女と思われる、女性の声が耳に響く。
「警戒はしても無駄よ。まあ、私は貴女……確か琴音と言ったわね。貴女を襲う気は今は無いのよ」
咄嗟に腰に差していた剣を握る手を緩める。聞こえる声からは、本人が言っている通り敵意は感じ無かった。
「君は誰なんだ?、どうして僕の名前を知ってる?」
声のする方に意識を研ぎ澄ませるが。
「それは別にどうでも良いことよ。まあ、君と呼ばれるのは面倒ね。私は色々な二つ名で言われているけど。…そうね、亡霊の姉とでも名のっておきましょうか」
「亡霊って、詩音ちゃんのお姉さん!?」
思わず大声で琴音が叫ぶ。
「ええ、血の繋がりは無いけど、あの子は私の可愛い弟よ」
今までと違い、誇る様に堂々と。それでいて、少しだけ恥ずかしそうな声だったが。それ以上に、何故か怒っている様な声に。琴音は思わず一歩後ずさるが、すぐに言った事を思い出す。
「弟って?、詩音ちゃんは女の子だよ?」
詩音自身が女と言っていた事を思い出すが、その思い出に重なる様に別の何かが重なる。
「あれ、この前詩音ちゃんは女って言ってたけど。じゃあ、何で男って言ってた記憶があるんだろ!?」
詩音が男と言っていた記憶がある事を思い出すと、何故か今までの詩音と違う詩音の記憶が蘇る。
「ハ、ハ、ハ、何だろこれ?。何で、別の男の詩音ちゃんとの思い出があるんだ?」
自身の思い出に重なる様にして思い出す別の記憶に、琴音が困惑し取り乱し始める。
「不思議よね。でも、今は思い出しちゃ駄目」
琴音の周りを数引きの蝶々が飛び乱れる。最初こそ蝶に気が付かなかった琴音だが、蝶に気が付くと目に見えて落ち着き始める。
「そうね、今はまだ言伝てだけお願いするわ」
「言伝?。誰に言えば良いのかな?」
琴音がそう呟くと、一匹の蝶が琴音の胸に止まる。
「その蝶を、詩音にこう言って渡して欲しいのー」
最後の部分だけ耳元で囁かれる様に言われ、琴音が短い悲鳴と共に振り向く。吐息すら感じられる程近くにいたはずだが、そこには誰もいなかった。
「詩音何してるんですの?」
「遅いでありんす!」
声がした方に振り向くと、美和と頬を膨らませた黒姫が立っていた。
「えっと?。誰かに話掛けられた気がしたんだけど……」
そう言うが、誰と何の話をしたか思い出そうと考え始めるが。
「今は、思い出さなくて良いわ」
風にのって聞こえた小さな声が耳に届くと、不思議と何も思い出せなくても良いやと思い。美和と黒姫に謝りながら、和菓子の専門店に向かった。




