修業
「俺は反対だ」
苦りきった顔でそう言い放つダガート様はいつものカウンター席で腕を組み椅子の背に寄りかかっている。隣に座っているチャーリーも難しい顔になっている。
「エディーを見世物のように利用するということだろ?いくら妃殿下の頼みとはいえ前もって知っていたら反対してた」
「承諾する前に俺たちに相談するって考え付かなかったわけ?」
頬を膨らませて子供のように不満を表すチャーリーに苦笑しながら顔を横に振る。
「相談しても、結論を変えられないから、それだったら早めに了承して準備に取り掛かりたかったの」
実力のない添え物でいいとリリアーナ様は考えているようだがそれはこちらがごめんだ。やるからにはちゃんとパウロさんの助けになりたい!そう考え私はリリアーナ様に一つお願いをした。レイラの食堂に一人料理人を派遣してもらい、私は食堂をしばらく休み、晩餐会までみっちりパウロさんの元で修行するのだ。
ただいま派遣された料理人に引き継ぎを行っている最中だけどこの料理人さんはレストランのシェフを経て伯爵お抱え料理人になったという経歴を持っていて、下町のレシピも抵抗なく受け入れてくれるこれ以上にない良い人選だった。むしろ手際が良すぎて晩餐会の後に私が戻ってきたら落差にあえぐ恐れすらある。「お前の席ねーから」にならないよう精進しなければ。
「明日からパウロさんの下につきます」
そう宣言して本日のメインの仔牛のローストレンズ豆添えを出すとますます不機嫌になるチャーリーをあきらめたような表情のダガート様が宥める。
「エディーの決意は固いんだな」
ダガート様が静かにこちらを見るので私も頷く。
「がんばりますので、待ってください」
そういうとダガート様は驚いたように目を見開いたが私が言葉に込めた意味が分かったのだろうか、すぅと目を細める。
「分かった。待っている」
「ん?…なんだよお前ら勝手に合意しているなよ」
拗ねたような顔でチャーリーは皿に手を付ける。
「最後の晩餐かあ」
「チャートリー、縁起でもないことを言うな」
カウンター前の二人のやりとりもしばらく見納めかぁ。
「いってくるね」
そういうと二人ともこちらを真っ直ぐ見つめてきた。
「ああ、いってこい」
「なんかあればちゃんと連絡しろよ」
うん、お父様とお母様には悪いけど没落してよかった。こんなにたくさんの人と会って、こんな言葉をかけてもらえるなんて令嬢時代には考えられなかった。ちゃんと応えれるように私もがんばらないと。
・・・・・・・・・・・・
「こんなもの使えるか」
「まぁまぁ、そういわずにエディーの説明を聞こうじゃないか」
私が山で採ってきて籠に入れたものを一瞥してシェフのミザンヤさんが吐き捨てるように言い、それをパウロさんが宥めている。
籠の中に入っているのは山芋、ユリ根、アケビ、山ブドウなど…秋に採れる山菜たちである。
季節はあっというまに夏を過ぎ秋となった。私は予定通りパウロさんのもと、住み込みで修業を行っている。
ちなみにアパートの部屋はそのまま確保している。それぐらいの家賃ならリリアーナ様が経費で落としてくれるそうだ。やったー。
閑話休題。今までのお嬢様に対する態度を捨てることを決意したパウロさんは文字通り鬼となり、パウロさんが働いている調理場の先輩と合わせて毎日かわいがられている。雑用の傍ら基礎を徹底的に叩き込まれ、今まで三田恵が職場で受けたストレスなんて可愛いいものだと思った。体育会系怖い。
私が3年食堂で働いた経験は決して無駄ではないがやはり貴族の料理とは基本的なところが合わなくて、そこを根元からぽっきりたたき折ろうとする先輩方との戦いは日々続いている。
今現在私が持ってきた山菜に対するミザンヤさんの態度も別に嫌がらせではない。上流階級にとって野で採れた山菜やハーブ類はどうしてもそこらでとれた雑草扱いであり、味の問題以前に食材として扱うのはお抱え料理人としての矜持が許さないのだ。
だけど私もここで引くわけにはいかない。リリアーナ様の意向は民への親しみ感じさせる要素を晩餐会に含ませたい、だ。料理の実績は遠く先輩たちに及ばないがせめて晩餐会のメニューで扱う食材ではおこがましくても意見を述べさせていただきたい。
「どんな食材でもおいしく調理してこそのプロの料理人でしょう?ましてや今日採ってきたばかりの山菜は新鮮さはピカ一ですし採る手間はトリュフに負けません」
「百歩譲ってこれはいいとして…ハーブはだめだろう」
そういいながらパウロさんの職場であるペセルス侯爵の調理場、の裏口から出た小さな裏庭で育てたハーブ盛り合わせの中からレモンバームをつまみ上げたのは同じく先輩シェフのデスティアさん。年が私に近いのもあってミザンヤさんよりは柔軟に物事が考えられる。そのデスティアさんでもハーブを使うことにためらいを感じるらしい。
「スパイスがよくてハーブがだめな理由はないですよ。ただ遠くで採れたか近くで採ったかの違いです!」
「うぉ、高価なスパイスに対してなんたる暴論」
「時代はフレッシュですよフレッシュ!旬の食材を素材の味を生かして調理して味わう人たちに季節を感じさせる…高いもの使った料理ならありがたがるという風潮はそろそろ時代遅れです!」
ビシィッと少年よ大志を抱けのごとく空を指さす私を見てミザンヤさんも苦笑する。
「エディーも大概しつこいな。そこまでいうなら調理法も提示してもらおうか」
「う…」
そう、口だけ勝っても意味がないのだ。
気合を入れ私は目の前にあるユリ根を取った。
ユリ根を洗い固めにゆでて下ごしらえをし、ブイヨンに玉ねぎを加えて柔らかくなるまで煮て、追加でユリ根を入れて煮込む。味付けは塩とパセリ少々。ユリ根と玉ねぎのスープである。
「……シンプルだね」
「ユリ根にはほんのり甘味があるんです。とりあえずはユリ根の味を分かっていただきたいので」
「山菜にハーブの簡素なスープとか…しみったれるのもここまで来たらあっぱれだな」
ミザンヤさんの嫌味にうぐぐとなる。上流階級の食事にはもう一つ、調理方法が複雑なほどいいという傾向があるからだ。別にそれはそれで素晴らしい料理もあるのだが、山菜はやはりシンプルが一番だろう。春であればタラの芽、ふきのとう、コシアブラとかで春の天ぷら盛り合わせを作って食べさせたいところだ。
「まぁまぁ、とりあえず食べてみようじゃないか」
師匠としては厳しいパウロさんでも、ミザンヤさんを始め先輩料理人たちと私の衝突では宥め役に回る。パウロさんとしても王太子妃の希望を取り入れたいのはやまやまなので、私と貴族お抱え料理人の間の妥協点を考えているらしい。
微妙に不穏な空気の調理場での全員での試食会は、そこはやはりプロのシェフたちである。すぐに食材への検討が始まった。
「芋っぽいね…ほっこりして悪くない」
「あー、甘味、あるねあるね、玉ねぎとの相性はよさそう」
「だとしたらポタージュでもいいんじゃないか?」
「いっそブラン・マンジェにするのもいいかも」
「アクセントにレモンバームとか?」
「でもデザートは他のを考えてるからなー。やっぱこれは言いだしっぺのエディーに作らせたい…」
あれなんかまた不穏な空気になってきた。
「というわけでエディー、お前これを極めろ」
「うまくいけば先兵だ。よかったな」
めっちゃいい笑顔で言われました。どうやら前菜のスープが決まったようです。




