チャンス?
すっかり春らしい季節になりあちこちで春の花が咲き始め、食材的には春野菜がどんどん加わっていく。
本日はふきのとうを刻んでバターとガルムとオレンジ果汁を加熱したソースをかけた鰆のローストがお勧めだけど、グリーンアスパラガスとわけぎのサラダをぜひ前菜に入れて春を満喫するコースにして欲しいところだ。
そうやって今日も順調にランチをさばいていたのだが、ランチタイム後半になると少し変わった客が来たようだ。
「女の子が来ているよ。珍しいね」
そうマイに言われてちょっと心が浮つく。レイラの食堂はマイが入ってきたことで華が増えたので、今まで食堂のむさ苦しいもとい男気がある雰囲気で敬遠している新しい顧客層が来るのではないかと期待していたのだ。
来たれ!若者!!うきうきしながら料理を持ってカウンターに出て食堂を見回す。
いたいた。
明るい栗色の髪が可愛い女の…子…
王太子妃ここで何をしている。
・・・
ランチタイムが終り恒例のまかない休憩時間なのだが今はそれどころではない。
ヒロインあらためこの国の王太子妃と机を挟んで座る私たち。普通の町娘の扮装をしている妃殿下の後ろでは同じように一般客を装った護衛が数人立っている。食堂の客層があれだからゴツくても気づかなかったよ…。とはいえ目の前の人物の正体が分かり私を始めマイサーさん一同とまどいを隠せない。
私といえば王太子妃も気になるが、その隣に座っている意外な人物にも驚いている。
「パウロさん…」
「お久しぶりですお嬢様」
相変わらずの丸い顔を綻ばせて笑う目の前の男性はここ最近はお互いの休日が合わず手紙のやり取りだけで会っていなかったジャ○おじさんではなくパウロさん。
いつかはレイラの食堂に来て私の腕前を見たいとは言われたがなぜこのタイミングでこの組み合わせ?とりあえず気を取り直して挨拶をする。
「リリアーナ殿下、お変わりなくご活躍のようでうれしく存じ上げます」
「エディエンヌ様、お久しぶりです!エディエンヌ様の料理初めて食べましたけど本当においしかったです!それで今日は少し頼みたいことがあって来ました!」
「……わたくしのことは呼び捨てで構いませんので…」
相変わらず前置きや無駄な挨拶をばっさり切り捨てるお方でした。学園時代も実用一辺倒な性格で、問題を任せると解決速度はピカいちなのだが摩擦も起こしかねないので殿下が間に入ってちょうどいい潤滑油だったかなぁと少し遠い目になりつつ気になることを聞いてみる。
「ご用件の前に少し伺いたいのですが、どのような経緯でその…パウロと共にこちらの食堂にいらっしゃったのでしょうか」
「あ、はい。最近エディエンヌ様が下町の食堂で働いているという噂が出ていて…調べたところ事実でしたので、こちらで頼みたい用事があって伺いました。パウロさんはその件で相談したら偶然エディエンヌ様とお知り合いだったとおっしゃるので、ますます好都合ということで本日一緒に来ていただいたのです!」
はい。分かりやすい説明どうも。噂の元ってあの二人しか思い当たらないな。そして様はやめてくださいホントお願いします。
なんとか「さん」までは持っていってくださったところで本題に入る。パウロさんを供にしてきた時点で料理関係だと察しが付くけど…
「王室の晩餐会でエディエンヌさま…さんの力を借りたいのです!」
…今何か違う次元の話が聞こえたような気のせいかな。
「殿下、何かの間違いではないでしょうか、私はただの食堂の料理人ですが…」
「いえ、エディエンヌさんで間違いありません」
御前なのに思わず頭を抱えてしまった私は悪くないと思う。
「王室の晩餐会ですよね。何か、変わった趣向か意図があるのでしょうか」
おそるおそる聞くと満面の笑みで肯定された。
「さすがエディエンヌさん察しがいいです!実はエディエンヌさんの調理の腕は関係なく、あなたが晩餐会のもてなしに参加することに意味があるのです」
…全力でケンカ売られている気がする。今日は潤滑油は来ていないのか?
さすがに自分の言葉足らずに気付いたらしくリリアーナ様は慌てて言葉を続ける。
「さきほどの食事は当然ですがとても美味です。ご存知のように私は平民出身のためとても親しみやすいと感じましたけど、おそらくエディエンヌさんが調理していることもあって上流階級の料理に通じるものもありました。なので晩餐会でもその要素を取り入れたいという考えもあってあなたの力を借りたいのですが、それ以上にエディエンヌさん、あなたの現在の状況での参加に意味があるのです」
込み入った話になりそうでマイサーさんたちが遠慮しようとしたが、それを制しリリアーナ様は説明を続けた。
ようは王太子と共に試みている実力主義第一による登用計画の一環だそうだ。
平民出身ながら王族になった王太子妃。爵位はく奪されたにも関わらず王室の晩餐会を任されるほどに巻き返した元令嬢。この二人を象徴として開かれる晩餐会で実力さえ持っていれば登り詰めれることをアピールするわけだ。
実際に実力があればね。
「料理を始めて3年ぐらいの見習いが王室主催の晩餐会で料理人を名乗るのはおこがましいですし周りも納得するとは思えません。何より私自身実力が足りていると思っていませんが」
「そのためのパウロさんです」
パウロさんの方を見ると少し緊張した面持ちで頷いている。
「大変光栄なことに晩餐会の料理人を任されました。お嬢様には私の手伝いをしていただければと考えております」
「晩餐会の最後に料理長、つまりパウロさんに挨拶をしていただくのですが、その時にエディエンヌさんは後ろに控えて欲しいのです。何かする必要はなくその場にいるだけで『噂』は立ちます」
…実力なき下働きを晩餐会に添える。見方によっては調理する側にも招待された側に対しても失礼な対応だし、そもそもの王太子夫妻の主張する主義に反する。
じっと彼女の顔を見てその真意を確かめようと考える。下町に住んでいると王室に関する噂はゴシップ程度にしか入ってこないけどチャーリーと交流を再び持つようになってからは、今少し聞くようになった。
まだ王室に輿入れして2年、されどもう2年。理想も目標もあるのに遅々として進まぬ改革におそらく焦っているのだろう。
「悪いようにはしません。…悪い方に転がってもなにがしかのフォローは入れます」
「分かりましたお受けします。ご配慮いただきありがとうございます」
「!いいのですか?」
はっとした顔でリリアーナ様がこちらを見る。何をいまさらと私は少し苦笑した。
リリアーナ様は失礼を承知でこの話を持ちかけてきた。私が彼女に負い目を持ちこの話を断れないことを知ったうえでだ。
「チャンスをくださってありがとうございます」
「…ごめんなさい。よろしくお願いします」
お互いに机を挟んで礼をする。
「でもエディエンヌさんの料理がおいしかったのは本当です。他の方がどう思おうと、私はそう感じました」
彼女の本心からのほめ言葉に笑みがこぼれる。
かつての乙女ゲームのヒロインと悪役令嬢の和解…なのかなあ?
「ちなみに晩餐会はまだ先で収穫の月に催される予定です」
収穫の月まで半年ほど…それまでできるだけ腕を磨こう。
普通王室の晩餐会だと王室お抱え料理人とかが担当し、外の料理人を使うのは返礼晩餐会が多いと思いますがそこは話が面倒くさくなりそうなのでただの晩餐会でパウロさん起用ということに。




