ランチタイム
丸ごとの鶏と野菜を煮込んだブイヨンの火加減をチェックしつつ、私は野菜の皮むきにとりかかる。包丁はもうお手の物だ。
元お嬢なだけあって、最初は食材の搬入だけで力尽き毎日筋肉痛に悩んでいたが、今では腕も太くなりワイン満載の木箱ぐらい楽々と持ち上げれるようになった。
ふと手元を見ると火傷や切り傷が勲章のようにあちこちについていて、お母様が見たら卒倒するだろうな~とぼんやり考えつつも次の作業に移る。そろそろ昼時なので急いで魚の下ごしらえを済ませないと。
ランチタイムになると厨房はにわかに慌ただしくなる。食堂の名前の由来でもある女将のレイラさんが威勢よく注文を伝え、私たちは次々と注文をさばいていく。
今の時期市場ではサーモンが大量に出回るので、ランチのメニューも日替わりでいろんなサーモン料理を出している。マイサーさんが分厚く切ったサーモンを豪快に焼く傍らで朝に作ったフュメ・ド・ポワソンをベースにカブなどの野菜を煮込み、トリ貝をさっとソテーして器に入れてスープを流し込む。
このスープだって余った食材で作って試食してもらってメニュー化したものだ。自分より半分も生きてない若造がメニューに口を出すうえに、提案するメニューは手間が増えることも多い。下手をするとお前生意気だと怒られ、最悪首になってもおかしくない。
だがレイラさんとマイサーさんはおいしいならおいしい、まずいならまずいと素直に感想を言ってくれて、メニュー採用も積極的にしてくれる。これ以上にないほどいいところに、私は就職できたのだ。
そしてビクビクものだったお客さんの反応は上々。少しずつ増える来客に二人とも大いに喜んでくれてホッと胸を撫で下ろす。
さて客の入りはピークを迎え、朗らかで大柄なレイラさんは忙しくお客さんに元気な挨拶と共に食事を出している。
「はいお待ち!あらあらジョイサさん、おチビちゃんが熱を出したんだって?」
「お蔭様でもう全快さ!俺に似てめったに病気にかからないし、かかってもすぐ治るからなあ」
常連のおじさんがそう答えると隣に座っている客がツッコミを入れる。
「ガサツなところまでそっくりだもんな!」
「なんだとこら!」
「ガハハハっ!」
お客さんは下町らしく豪快なオッサ…おじさまたちが多い。みんないい人たちで、たまに私が表に出ても可愛がってくれる。自警団の方たちもよく使ってくれるから治安の面でも安心できる。
最近は増えた客層としてなんと巡回の騎士が利用するようになった。まあ貴族がこの食堂を使うことはありえないので、来てくださる騎士さまも下町出身のたたき上げの人たちばかりである。そして来客が増えてもむさ苦しい率は変わらず…多分マイサーさんの人徳が引き寄せているのだろう。
「レイラの食堂」のコック長、マイサーさんはレイラさんの旦那さまで、レイラさんよりさらに大柄の豪快なおじさんである。笑うと熊が捕食しているように見えて最初はちょっと怖かったが、いつも色々余った食材を持たせてはもう少し食べなさいと…あ、これはレイラさんもだけど私が細すぎるのが心配だそうだ。
これは自慢ではない。三田恵時代はちゃんとぽちゃって、どこがとは言わないけどたぷたぷだった。ただエディーは現在新陳代謝がもっとも盛んな時期なうえ、食堂の手伝いで一日中走り回っているため食べた分は全部燃焼してしまうっぽい。おそらく年を重ねるとレイラさんみたいに大柄になるだろう。
…うん、少し食事の量は注意しよう…。
ランチタイムが終わりお店の入り口にあるメニューの看板をひっこめてホッと一息つく。今日のまかない料理は鮭のムニエル。バターでにんにくを炒め、バルサミコ酢とブルーベリーを加えたブルーベリーソースをかけたものを賄いに出す。評判が良ければメニュー入りだ。
「相変わらずソースがおもしろいねえ」
レイラさんは感心したようにムニエルを眺め、マイサーさんは楽しみだと笑っている。温めたパンとスープも添えてみんなで試食を兼ねた昼食タイムに入った。
「あらあら意外と合うわねー」
「あ、ありがとうございます!」
「ううむ、だけどブルーベリーだとなあ。なんか見た目とか…ウチの客は敬遠するかな」
「そうなんですよねー…」
そう、この食堂は客層を見ると分かるが、あまり小洒落た()メニューを出しても受けが悪いのである。とりあえず今回のメニューは見送り。
残念。次のまかないはややガッツリ作戦で行こう。
「それじゃあ夜の仕込みに入りますー」
「働きもんだねエディーちゃん。あんまり根を詰め過ぎないようにね。体を壊したら元も子もないんだから」
「はい!ありがとうございます!」
うん、ここに就職して本当に正解だった。がんばって腕を磨いてお二人に恩返しするぞ!!