心配
もはや何が何だか。
へろへろになりながらコークスを運んでいたら、なぜかダガート様に声をかけられ、なぜかチャーリーが一緒で…。
今までにないほどチャーリーが怒っているのは分かるけど説明しようにも、もの凄い力で引っ張られ店の表へ出ようとするとなぜかマイサーさんが…。
いや、マイサーさんは単純に出勤して来ただけなんだけど、私たちを見て何やら誤解してチャーリーの首を一気に締め上げた。
まずい、待って、マイサーさん、人殺しになっちゃうげほぼほずびっ
頭もぼんやりして力も入らないけど兎に角マイサーさんの腕にしがみつきチャーリーから離そうとする。
ひぃ、マイサーさん立派な上腕二頭筋ですね!力抜いてください―!!
必死に指を剥がそうとしているとダガート様も追いついてきてなにやら説得するように声をかける。
なんでか、みんなの声が遠い、おおぅ、ぐわんぐわんする―――
・・・・・・・・・・・・
気付いたら、いつものアパートの寒々しい天井だった。
横を見るとマイが心配そうにこちらを見ていた。
「エディー、大丈夫?」
「マイ…変な夢見たゲホ」
「熱結構上がったからね、そのせいじゃないかな」
「あー、うん、マイ来てくれたの?ありがとう」
「礼ならそこの兄ちゃんに言いな。医者を呼んでくれたんだよ」
……。
あーやっぱり夢じゃなかったー。
マイで視界が遮られていたが、彼女が横にずれると不機嫌そうな顔のチャーリーが近付いてきた。
まだ怒ってる…ちゃんと話聞いてくれるかな。
ため息をついてマイに話しかける。
「マイ、げほ、ありがとう、もう大丈夫。この人私の遠ーい親戚だから、ちょっと二人で話をしたいの」
「そ?まあ医者の先生も風邪は大したことないって言ってたし、んじゃあ何かあったら呼んでね」
あっさりとそう言ってマイは部屋を出て行った。
身を起こしチャーリーと面と向かう。
しばし訪れる沈黙。気まずくなり口を開く。ここは先制した方がいいだろう。
「こほ…ごめんなさい」
「何に対してだ」
間髪入れずの返事にぐっとなる。
「…心配をかけてしまってごめんなさい」
「それは父に言ってくれ」
「ええ、次の休みにでもおじさまに会いに行くわ」
「休み?」
チャーリーが片方の眉を大きく上げる。
「もういいだろう?エディー」
「え?なにが?」
「そうやって自分を痛めつけることを。そんなにお前が犯した罪は重いというのか?」
「はい?」
思わず間抜けな返答をしてしまったが構わずチャーリーは続ける。
「まだ18なのに伯父上と伯母上と隠居老人のように田舎に引っこむのもやり過ぎだと思ってたぐらいなのに、あんたはまるでそれすら足りないようにいらない苦労を背負い込んでこんな場所で体をすり減らしてる。そんなに死にたいのか?」
カチンカチンカチン。複数箇所引っかかるところがあったが、それよりチャーリーはなにやら大きな誤解をしているようだ。
「チャーごほっごほごほっ」
抗議の声を上げようとして少し声が大きくなってしまったようだ。咳き込むとチャーリーが慌てて駆け寄り背中をさすってくれ、ベッド脇の水差しからコップに水を注ぎ渡してくれた。チャーリー紳士だね。背中をさすってくれるのが紳士なのかよく分からないけど。
「ありがとう」
礼を言いながら水を受け取ると思ったより近い距離にチャーリーの顔があって少しドキッとした。チャーリーのこんな優しげな顔は初めて見たかも。
いつもきっちり後ろに撫で付けている金茶の髪は無造作におろしており、そのせいか顔がいつもより柔らかい印象になっていた。深緑の目には心配が色濃く見て取れる。
エディエンヌの記憶では苦虫を噛み潰したような顔か怒り狂ったような顔しかなく、そうさせたのが自分だと思うと罪悪感がチクリと胸を刺す。
大人しく水を飲むとチャーリーは背中をさすりながら穏やかな声で話す。
「王都でも…好きなところならどこでも、お前が望むなら俺が居場所を作ってやるから。もういいだろう?」
目の前がぼやけてきた。その反対で口元が綻ぶのが分かる。従兄弟から伝わってくる無条件の心配と好意。
結局「下町のエディー」になっても私はチャーリーを振り回してしまってるんだと、申し訳ないと思うと同時にこれ以上なく嬉しかった。
「ありがとうチャーリー」
努めて明るく答える。
「でも、ごめんなさい。ここが私の居場所なの」
・・・
チャーリーを説得するのに相当時間がかかると覚悟した。
とにかく元気になったら一度私が働いているところを見てほしいと頼みこむと、私の体調を心配してというのもあるだろうけど、納得はしていないだろうが一旦引き上げてくれた。
入れ替わるようにマイがマグを持って入ってきた。
「エディー、貢ぎ物だよー」
「貢ぎ物?」
「ドアの外に袋があってさ、ワインと蜂蜜としょうがが入ってた」
マイはドアの方を示して肩をすくめた。
「というわけで、温かいうちに飲みな」
そういって渡されたのは蜂蜜入りのジンジャーホットワイン。
「ありがとう…」
フーフー息を吹きながら一口飲むと甘くて暖かい味が喉に広がる。
「残りどうする?」
「残り?」
「ああ、かなりの量でさ」
言いながらマイがドアの外から紙袋をいくつも引っ張って中に入れた。どれだけあるんだ。
「相当力持ちな御仁と見た」
笑いながらマイがワインを何本も取り出すのを見て、つられて私も笑ってしまう。
「こんなに使い切れないわ。マイ、適当に持って行って」
「はいよー、あとで持って帰るねー」
言いながら椅子をベッドの横に引きずりこちらに向かって座る。
「で?」
「え?」
「あんな金持ちそうないい男と何の話したの?遠い親戚というわりにはずいぶんと親しそうね!」
マイちゃん…目がキラキラどころか鼻息までなんか荒いよ~…。
結局マイにはチャーリーは小さいころから見知っていたけど遠い親戚だから!何年も会ってないから!ダガート様の知り合いだからお店に連れられてきたらしいけど、そこで私が風邪で倒れて迷惑をかけてしまったの!!と押し通した。
「それにしてもダガートさんといい、あんた男運がいいねー」
「マイ、話ちゃんと聞いてた?そういう対象じゃないんだってば」
呆れながらホットワインの入ったマグを手の中で回す。
「あーあんた覚えてないか。倒れたあんたをここに運んできたのはダガートの旦那だけど、あのチャーリー?っていうヤツも青い顔しながら医者を呼ぶって走り出したり部屋の中を歩き回ったり、もう心配で仕方がないって感じであんたに付き添ってたんだよ」
「……」
それはうざいと一瞬思いかけたが、あの心配気な顔を思い出してすぐ打ち消し、一瞬でもうざいと思ったことを心の中でチャーリーに謝る。
「煌びやかな男に運ばれてさ、あんたまるで騎士たちに守られたお姫様だったよ。あ、一人は実際騎士だったか」
憧れるねーと笑うマイに苦笑して答える。
「今欲しいのは騎士より人手かな。風邪でお店抜けた分マイサーさんたちに負担がかかっているし」
「それなら早く風邪を治さないとね。ほらもう休みな」
マイは私の手から飲み終わったマグを取り上げ、ポンポンと毛布の上から軽く叩く。
「おかげで咳が大分収まったわ、色々ありがとう、マイ」
「なあに、お互い様さ」
ニッと笑ってマイは親指をぐっと立てて部屋から出て行った。
大人しく毛布の中に潜り込み目を閉じる。マイの言うとおり早く風邪を治してお店に復帰しないと、そしてチャーリーに私の作った料理を食べてもらってちゃんと納得してもらおう。
そういえばダガート様は先に帰ってしまったんだろうか?用事があったのかそれとも―――
その先を考えたくなくて、私は意識を闇の中へ落とした。
処方は間違ってないのだが量がおかしい騎士。




