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7話:魔法

 初めて受けた感謝の言葉。


 それは俺と繋がり、嘘偽りはなく。


 真っ直ぐに感情を乗せて、響いた。


『レックス……』


 なんと言えばいいのだろう。

 何か、言葉にしたかった。


 言葉にして返したかった。


 俺のこの気持ちも感情も、言わなくても伝わっているのかもしれない。


 だけど、もっとちゃんと。

 言葉にして、同じように返してやりたかった。

 礼儀だと思った。


 この気持ちをくれた一生懸命だったレックスに対する、礼儀だと。


『レックス、俺も……その……ありが……』


 そこまで言葉にした所で小さな音が響く。


 グー。


 小さく、しかし広くない静かな厨房にその音は確かに響いた。

 レックスの腹の音だ。


『っぷ……くく、くっは、はは……』


 大した事ではなかったけど、このタイミングで響くとは思っていなかった。

 レックスのおかげで鬱々とした気分は既になく、ついツボに入って笑ってしまった。


『ほんとにお腹空いてたんだ……』


 レックスが呟く。

 まだうまく色々掴めていないのだろう。

 失礼かもしれないけど、それでもその呟きも可笑しかった。


『ははは……。はー……』


 ひとしきり笑って、気分を落ち着ける。


『だろ? やっぱ、腹が減ってただろ?』


 俺が覚えている食事は育ち盛りには少し優しすぎるものだった。

 体に気を使ってくれたのだろうけど、体は物足りなさを感じているのだろう。

 厨房に来た目的を思い出して、早速何か作る算段を立てる。


 だけど、その前に火か。


『レックスは火の系統はさっきの紙見た感じだと、使えそうだけどどうやって使えばいいんだ? わかるか?』


 最悪、火を使えない料理もありだが、折角なら温かい食事がいい。

 出来る事はしてやりたい気持だった。


『うん。簡単な呪文を唱えればいいんだけど……』


『けど?』


『……さっきのステータスを見る限り、魔法力が高すぎる気がするんだ……』


『そうなのか?』


 まあ、俺も異世界の事は知らないが、自分の元居た世界の知識を基準に見ると少し高い気がした。

 上限のレベルが99とかではないのかもしれないと勝手に納得したが。


『うん。だから、初めて使うのは危険な気がするんだ。調整が上手くできればいいんだけど……』


『そうか』


 調整か。火は生活の上で重要なものだが、使い方を誤れば大惨事だ。

 特にここは周りが燃えやすそうでどうなるかわからない。

 異世界の常識は幼くてもレックスの方が遥かに分かるだろう。

 レックスが危ないかもしれないと言うのなら、やらない方が得策か。


 やっぱ外で火種作ってくるか。


 方法は原始的で単純。


 摩擦熱を利用すればいい。

 まあ力もいるし、根気もいる。地味に疲れる作業だが他に方法が思いつかない。


『よし。じゃあ、すまないが体を動かしてもいいか?』


『うん。いいよ』


 返事を聞いて、意識する。

 体全体のスイッチが入れ替わったように、神経が通る。


 軽い。

 体がめちゃくちゃ軽い。

 それに力が漲る。

 

 元の体より随分と調子がいい。


 年齢を考えると身体的な潜在能力(スペック)は元の体の方がありそうだが……。

 それなりに……いや、かなり鍛えられてもいた。

 その戸上信弥の体よりも、10歳のレックスの体の方が上だと感じる。


 異世界の常識も、勇者とやらの特性も俺には考えてもわからんか。


 それよりも感じるこの空腹を先に満たそう。


 俺は一本のナイフといくらかの枯草を手に取り、外に出る。


 手ごろな木を切り、摩擦を起こすためだ。

 道具を作れば比較的にもと楽だが、時間が少しかかる。

 それに直感だが、レックスの体なら簡単に原始的な方法でも火を起こせる気がする。

 要は力とコツだ。

 名人なら10秒前後で火を起こせるような人もいるらしい。

 元居た世界でもそういった名人に力なら負けないとは思うが、そこまでは流石に火起こしは上手くはなかった。

 

 外に出て、手頃な木の枝を見繕う。軟らかめの木と硬めに木の手頃なサイズを切り出す。

 軟らかめの木の腹辺りを軽く削り出しておく。

 後は、硬めの木を両手で挟み、回転するように擦り、煙が上がった所に枯草を入れれば火が強まっていくだろう。


 座り、木の枝を両手に持とうとした所で、五感に引っ掛かる存在を認識する。


 背後の視界を使って、その辺りを探る。


 鳥が一匹、木の上に止まっていた。


『レックス。あれは食える鳥か?』


『うん』


 よし。と心中で喝采を上げる。

 俺は切り出した木を地面に放り出して、集中する。


 ゆっくりと気配を殺し、そちらに向かう。


 ゆっくりと死角から鳥に近付いていく。


 だけど、流石は異世界の野生と言ったところか。

 あと10歩程の距離でこちらの気配に感付いた。


「っち」


 舌打ちが漏れる。元の世界で鳥程度に気取られる事はなかった。

 別のものを感じ取ったのかもしれない。


 深く身を沈め、一気に距離を詰める。


 既に羽ばたき上空にある鳥の存在に向かって駆ける。

 10歩程の距離を2歩で踏み切り、木の側面を駆けるようにして跳躍する。


 速い。


 鳥ではない。


 俺がだ。

 尋常でない程のスピードとパワー。

 予想以上過ぎて、鳥の前方に躍り出る。


「っち」


 飛び出しすぎた。


 このままでは俺は地面に向かい、着地。

 鳥はそのまま空の上だろう。


 だけど、距離は後方に腕いっぱい伸ばせばまだ届く。


 後方の視界を頼りに、気配に向かって手刀を叩き込む。


 俺の速度に反応できずに、鳥は首元から折られて、瞬間で絶命しそのまま地面に落下した。

 先に地面に降り立ち、俺はその鳥を地面に激突するより先に捕まえた。


 なんとなく、出来る気はしていた。

 レックスの体から感じるパワーが桁違いに強かったからだ。


 まあでもここまで出来るとは。

 というよりも、まだかなり余裕がある。全力はどんなものなのか予測が立たない。

 正直、鳥にもう少し上空に逃げられていても跳躍して届いていた気がする。


 正直、力を持て余してる感じがある。きっちりとコントロール出来ていない。

 慣れなのだろうが……。


 まあそれは追々考える。

 レックスの潜在能力(スペック)も「すげーな。異世界」で無理に納得する。

 考えて答えを出すべき事と、考えても答えが出そうにないことぐらいの区別はつく。

 それに俺は気分が良かった。


 レックスのおかげで、随分と救われた気分になっていた。


 それに対しての礼としては少しだけだが肉を食わせてやれる段取りもついた。

 先ほどの木の枝を放置した付近に戻り、地面に鳥を横たえる。

 鳥に向かって手を合わせる。


『どうして、手を合わせるの?』


 レックスから質問がくる。


『あー。俺の居た世界の礼儀みたいなもんだ』


 細かく説明すべきか迷ったが、レックスに説明しておくことにした。


 大小はあるのだろうが、これは間違いなく【殺生】なのだ。

 小さくとも命を奪う行為。


 理由は単純。


 食べて、生きる事。


 その為に、何かを殺す事は絶対に必要な事なのだ。

 元居た現代でなら、自身の手で殺す必要はないだろう。

 例えば鶏肉。誰かが殺した鶏が加工された状態で店に上がる。

 それを食すだけ。


 だけど、それも手を汚さないだけで、命を食べる行為。


 その行為に善悪はない。

 生きるために必要。ならば、悪と断じる行為ではない。


 ならば、偽善であろうと命に対する感謝を。

 それが日本式の「いただきます」だと俺は解釈していた。実際は正しいのかどうかなど知らない。


 今は鳥に手を合わせる行為は、これからいただく事への感謝の……異世界流に言うとなんだろう?

 【祈り】みたいなものだろうか?


『感謝の祈り……』


 レックスが呟く。


『まだちょっと難しいかもな。だけど、人は……人だけじゃなくて生物は他の命の上で生きてる。だから、考えなきゃな』


 答えは出ないし、偽善も混ざる命題。

 考えることに意味があるのかは分からない。

 だけど、命の重みを知る必要はある。

 簡単に奪っていい命はない。


 それを俺もいつだったか教えられた。


『そっか。少し、考えてみるよ』


『おう』


 頭の中で会話して、作業に戻る。

 鳥の血抜きをしておく。


 幼いレックスに見せるような作業ではないが、見せないようにする術がない。

 それにさっきの会話で伝えるべきことは伝えた。

 実際に見て考える事。

 それも必要な事だろう。

 

 血抜きの準備を整えて、暫くは放置。


 火をもう起こしても良いのだが、鳥をバラしてからやった方が効率的だろう。


 少し時間が空きそうだ。

 ちょっと好奇心もあって、やってみたい事があった。


 それは魔法だ。

 厨房では威力の調整等の問題もあって使用できなかった。

 けど外ならば大丈夫じゃないだろうか。

 小屋からも少し離れた開けた場所まで移動してきている。

 ここでなら多少威力の調整を失敗しても問題ないだろ。

 

 無論、周りは木で一杯だ。あくまで火気厳禁。

 風系統もレックスは使えるはずだ。風魔法あたりの照準を空に向けて撃てば問題はないだろう。


 だって、魔法だ。

 どんなものか気になるだろう?

 さっきのレックスの身体能力を体験して異世界を実感した所だが、それとこれは別だ。

 俺の世界には物語にあるようなVRMMOとか疑似体験出来るような優れた技術がもう存在している! とかそんな上手い話はなかった。

 魔法なんて想像の産物でしかないのだ。

 それを体験できる。

 色々難しい状況だが、心躍る自分も誤魔化せなかった。ちょっと前よりも気持ちが随分前に向いてるのも影響はしている自覚はある。


『なあ。レックス?』


『なに?』


『ちょっと風系統の魔法とか試してみないか?』


『どうして?』


『いや。正直に言うならちょっと気になるからだけどな。ま、後はいままで使った事ないなら体験しておくことは悪い事じゃない』


 俺も色々な経験をして、色々と救われたのは事実だ。

 その様々な経験を思い出す。


 思い出したそれらを感じ取れたのかレックスが返事をする。


『いいよ』


『うし。じゃあ、どうすればいいんだ?』


『初級の魔法は簡単な呪文で大丈夫。風は指を対象の方向に向けて「疾く穿て【風矢(ウインドアロー)】」って言えばいいよ』


 予想以上に呪文は短かった。まあ、ありがたいし別にいいが。


 聞いた通りに、指を空に向けて構える。ちょうど大きい雲が一つあった。

 標的としてはあやふやなものだしどうかと思うが、所詮は試し撃ちだ。危なくないならなんでもいい。


 声に出して言う。少し恥ずかしいが集中する。


「疾く穿て【風矢(ウインドアロー)】」


 唱えて数瞬、指先に力が集まる感じが生まれる。

 力はうねり、風に成る。


 鋭く、そして力強い風の矢が空に向かって放たれる。


 ゴウっと空気を切り裂き突き進む。

 風矢は遠くまで突き進み、力は弱まり霧散した。


「おお!すっげえ!」


 現代に居て、お目にかかる事などまず稀な超常の現象。

 それを言葉一つで起こせる奇跡。

 目の当たりにして興奮する。


 だけど。


 冷めた部分で冷静に分析する。

 なんというか……微かだけど、気持ち悪い違和感。

 こういうものなのかもしれないが……。

 納得のいかない部分があった。


 呪文と魔法がなんというか上手く連動していないというか。

 上手く言葉に出来ないけど、回りくどいというか。

 呪文を起点に起きている現象なのだろう、けどなんというか……。呪文を聞いて誰かが事象に纏めているような……。なんともしっくりくる言葉が思い付かない。


『……』


『レックスはなんか感じたか?』


 一応確認してみる。魔法に関してはレックスの方が詳しい。

 俺の感じた違和感の様なものもレックスは読みとれているだろう。


『ん。魔法を使うのは初めてで、人が使うのはこういうものだって思ってたけど……。シンヤが言う違和感も分かる気がする』


 そしてレックスはどのように言葉にすればいいのか迷うように悩むこと数瞬。

 レックスはいい意味で空っぽだった。


 世界には常識だとか、固定された概念だとかが邪魔をして出来ない発想がある。


 まずやってみる事。


 だが、レックスが才のない凡庸な者であったなら出来なかったかも知れない。


 レックスは才もあり、常識にも縛られる事なく発現させた。


『多分、こういう事かな?』


 そう言って、レックスが手の平を空へと向ける。

 手に集めた魔力は風に変わり、先ほど放った【風矢(ウインドアロー)】と違わない魔法を放つ。


「お? おおおお!」


 実にしっくりくる。その光景と違和感のない気持ちよさ、魔法を使ったという充実感で雄たけびをあげる。

 無駄なく、描いたイメージをそのまま具現化する。呪文を唱える事なく。


 言葉にすると難しかったが、直に見てこれだと思えた。


『これだ。なんか呪文通すと無駄が多くて気持ち悪かったんだ』


『そう』


『これでレックスも声出さなくても魔法が使えるな?』


『うん。でも、多分一度視た魔法じゃないと出来ないと思う』


『ん? そうなのか?』


『どういう魔法なのか集中(イメージ)をちゃんと出来ないと駄目だと思う』


『ふーん。そうか。まあ、それは追々試して覚えようぜ』


『ああ。でも……』


 そう言ってレックスは、手の平を切れ木に向けた。


『ん』


 切れ木に火が灯る。燃え過ぎず手頃な大きさで。


『ベルの視たから火は大丈夫』


「おお! ありがとう! レックス」


 声に出して礼を言う。

 出来る事が拡がった。今後もこれで火の心配はしなくてもよさそうだ。

 コントロールも一度魔法を使って学んだのか問題なさそうだ。これなら厨房でコンロに直接火を焚いても問題ない気がする。


 とりあえず草に燃え移ると面倒なので、火を回収する。


 そしてふと思い当って試してみる。確かめたい事があった。


『【全自己解析(ステータスオール)】』


 今度は声に出さずに念じてみる。

 さっきやった魔法をイメージする。


 紙は出てこない。


 ん? やっぱ、俺じゃ出来ないのか?


 そう思った時にレックスから声がかかる。


『イメージがまだ甘いんだと思う』


 イメージ。イメージか。


 もう少し具体的に行程を思い出してイメージする。


 すると空中から紙が出現した。


『お。出来た』


 出てきた(ステータス)に目を通す。

 出てきた内容は少し変わっていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

レックス 10歳

LV:22

HP:1260/1260

MP:969/980


STR:225

VIT:190

MAT:210

RES:190

SPD:280


系統:【火】【水】【雷】【土】【風】【光】【闇】

状態:【祝福】【寄生蟲】【封印】

称号:【勇者】【祝福を受けし者】【呪いを宿し者】【封印されし者】【抵抗する者】【傀儡者】【空白】

特能:【剛力】【疾風迅雷】【傀儡化】【無詠唱】

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 やっぱりMPの欄が減っていた。どういうポイントで減っているのかは分からないが、魔法を使った為だろう。

 これを確認しておきたかった。

 MPっていうのは精神と関係あるのだろうか?

 良く分からないが減るならやはり気をつけるべきではある。

 無限ではなく有限。

 MPが無くなった時どうなるのだろうか?


『MPが切れると気を失うらしいよ』


 レックスが教えてくれる。

 そうか。

 じゃあやはり濫用は出来ない。


 だが、レックスのMPは日常的に過ごすには高い気がする。風魔法を二回、火を一回、後はステータスの呼び出し二回か。それでも使用されるMPは11。内訳は分からないが使い過ぎなければ問題はないと言えば問題ない気もする。

 しかし、このMPというのも自然に回復するものかどうかもわからない。

 色々と手探りで検証する必要がある気がする。


 自分の限度を知っておかないのは危険だ。

 それを経験上知っていた。


 それよりも2つほど項目が増えていた。

 称号に【空白】。

 特能に【無詠唱】。


 無詠唱はまあ何となくわかる。まんまそのままの意味だと思う。

 【空白】はわからないが。まあもうこの辺りは考えても仕方ないので諦める。


 それよりもちょうど血抜きも終わり、火も手に入った。

 飯にしよう。



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