3話:目覚め
人の足音が聞こえて、意識が浅く覚醒する。
微かに香る匂いが鼻腔をくすぐる。
目を閉じたまどろんだまま、耳と嗅覚に神経を研ぎ澄ませる。
窓を叩く風の音。匂い。
随分、新鮮な空気だ。
そして、今日はえらく調子がいい。
五感が鋭い。
感覚が研ぎ澄まされた感じだ。
部屋の前で誰かが立ち止まり、ドアに手をかける気配がする。
目を開き、ドアが開いていくのを確認する。
そこに立つ人物、少女を見て目が一気に覚める。
なっ! あんたは!?
眠る前にあった出来事がフラッシュバックする。
夢ではなかった? 様々な疑問が浮かぶ。
俺は、意識を失う前に襲われるこの少女とそれを取り囲む男達を見て激昂した。
そして、男達を殺した。
俺は『殺人』を犯した。
罪の意識に苛まれる事なく。俺は、殺して笑った。
そこまで思い、はたと気付く。
俺は「なっ! あんたは!?」と少女に問うたつもりだった。
だが、口から言葉は出てこなかった。
声どころか、自分の意思で口も動かせない。
体も動かせない。五感や神経だけは鋭敏。過去にない位、すこぶる調子がいい。
なのに、動かせない。
っ! どうなってる?
混乱する俺を余所に、少女は動く。
「あ。レックス起きたの?」
「……」
体が自然に起き上がり、コクリと首を縦に振った。
俺の意思とは関係なく。
「そう。よかった……。スープは飲める?」
寝床の横に座り、心配そうに覗きこんでくる少女の顔を眺める。
金髪碧眼の美しい少女だった。
ここまで美しい人に会った記憶がなかった。テレビの中の綺麗な人達よりもずっと綺麗で、神秘的。
この美しさと、少し尖った耳など、まるで物語に出てくるエルフのようだと思った。
鼓動が鳴る。目を奪われ、思考が停止する。
「? 大丈夫? やっぱり、どこか悪いの? 顔が少し赤いわ?」
また体が勝手に動く。
首が勝手に左右に振られる。イヤイヤをするように。
「そう……。無理しないで。あんな事があって……」
少女が何かを思い出し、押し黙る。
そしてそっと、俺の手を握った。
きっと、俺が男達を殺した事を思い出したのだろう。
この少女が目の前にいる時点で、夢を疑うのはやめた。
意味がわからないし、混乱するがこの手に感じる温もりが現実だと訴えてくる。
瞬間で、手を握り返しそうになったが、体は動かなかった。
眼を合わせ、真っ直ぐに心配してくれる。
くすぐったい感覚だった。
ふっと少女が微笑んで言った。
「スープが冷めてしまうわ。温かいうちに飲んで。」
そう言って、スープの入った器を手渡してくれた。
体は自然に動き、スープを飲む。
胃に沁みてくる温かさだ。
目を閉じていた時に感じた微かな匂いの正体はこのスープだった。
柚子ではないようだが、柚子の様な柑橘系の風味がさっぱりとした口当たりに変えてくれる。
温かい。素直に優しく美味しい。意識していなかったが、空腹だったようだ。
じわじわとお腹から熱が伝わってくる心地よい感覚が襲ってくる。
沈んだ団子口に運び、噛み、咀嚼する。
噛むごとに旨みが口の中に広がる。軟骨だろうか? コリコリとした食感と旨みを楽しむ。
すぐにスープは空になった。
ごちそうさまでした。
口は動かなかったが心で思った。
温かい食事はいつ振りだろうか?
昔、躾けられた食事に対する感謝と礼。それを教えられた時の事を自然と思いだした。
随分と体が温まった気がした。
「ふふ。お粗末さまでした。」
食べ終えた俺を見て少女が笑う。
「随分、元気になったみたいね。昨日は丸一日起きなくて心配したけれど……」
昨日は丸一日目覚めなかったのか?
じゃあ、俺があの男達を殺したのは一昨日の出来事だったのだろうか?
「なんにしても、動けるのなら良かったわ!」
この少女も男達に襲われそうになって、辛いはずなのだ。
それでも俺を気遣う優しさを感じた。
「動けるなら湯浴みをしましょう! レックス、随分汚れたままだから」
しかし、レックスって誰だ。
なんで俺をレックスって呼ぶんだ?
疑問が浮かぶ。
少女の目とスープにやられて霧散していた思考が再び開始しようとした。
「一緒に入りましょう」
あ? 一緒に入る?
何に? 湯浴み……って……風呂かっ!?
ちょ、待……っ
俺の静止? も虚しく、首はコクリと自動で縦に振られる。
待てって!
いや、そりゃ俺も入ってみたいけど、でもそんな、まだ早……
色々考えるべき疑問はまた霧散して消えた。
この少女と風呂に入る。
不良100人以上に囲まれるよりも心が乱れる状況だった。
鼓動が早鐘を打つ。
手が動き、胸を抑える。
「どうしたの? 大丈夫? また、顔が赤いわよ?」
大丈夫だと言うように、首を縦に振る。
「そう? 無理しては駄目よ?」
そう言って、手を握り部屋を後にする。
俺は、完全に混乱による思考停止でずっと空回っていた。