2話:孵る
パキン、と音が頭に響いた。
驚いて、意識が覚醒した。
暗い。
だが、ぼんやりとだが少しづつ視界が開けていく。
カチリと何かが切り替わる感触。
瞬間、目に色と光が飛び込んでくる。
「っ!! うわっ! 眩しっ!」
声を出して、眩しさに驚く。
自分の声を聞いて違和感を感じる。
声が随分高い気がする。
そんな事を考えながら、辺りを確認する。
俺はいつ寝たんだ?
その記憶が曖昧だった。
最後に思い浮かぶのは何かを踏みつぶした感触。えらく気持ち悪かった。
視界が開けて飛び込んできた光景。
それを見た瞬間に、頭は怒りで埋め尽くされる。
それはいつか見た光景に似ていた。
辺りは樹海。その中に小屋が一軒。
小屋を前に眼が虚ろな中年の男が三人。各々、剣を握っている。
下卑た笑みを浮かべながら、半裸に近い15歳くらいの少女を囲み武器を突き付けている。
その光景を見て、俺は激昂した。
「てめえらっ!! 洒落じゃすまさねえぞっ!!」
俺は一直線に武器を持つ男達に走った。
「……え? 今の……レックス?」
少女が俺を確認する。
「駄目っ!! レックス! 逃げてっ!!」
走る俺に向かって、少女が叫ぶ。
男達が俺に気付き向きなおる。
「はっ! 遅せえ!」
踏み込んで、瞬間で一人の男の懐に潜り込む。
抉るように腹に拳を叩きこむ。拳は文字通り、男の腹を抉った。
拳が丸々、男の腹を突き破って入っている。
ズプリと拳を腹から引き抜いて、噴き出してくる血。
明らかにおかしな現象。
凶器の類もなく、腕力で男の腹を抉ったのだ。
そして感触で分かる。この男は死んだ。
それを見て、俺は意識が醒めて、青くなるどころか烈火の如く興奮した。
殺人。その罪の意識を感じる事なく。
血を見て、狂喜の顔で次の男に向きなおる。
ああ。失敗した。
血を見て興奮していた空白が隙になっていたようだ。
次の男は既に、剣を構えて仕掛けて来ていた。
速い。
踏み込みも、剣の振り方も様になっている。
普段から剣を振り慣れていないと出来ない芸当だ。
剣を振り慣れているという、非常識にちらりと疑問が湧くが、意識の隅に追いやる。
今は些事だ。
横からの一閃。
堂に入った剣撃を見切って、屈んで紙一重で避ける。剣圧で微かに掠り傷を負った。
本物はすげえなとちらりと思った。だけど。
「おっさんとは経験値が違うんだよ!!」
避けたと同時に男の懐に潜り、足を踏む。男の足をがっちりと地面に固定する。
男は剣を振り抜いた勢いを殺し切れていない。
剣の柄を握る男の手に、手を添えて力を流れに沿って込める。
上半身と下半身の力の向き(ベクトル)が逆になり、勢いのまま男の腰からバキッっと腰を折る音が響いた。
男は絶命した。
最後の男は背後から斬り込んで来ていた。
上段からの振り下し。
体格を活かした、威力ある重い一撃。受ければ必死。
その一撃を、腰を折って殺した男から奪った剣で、斬り結んで受け流す。
体が流れた男の首を剣で躊躇することなく、斬り飛ばした。
どうっと、崩れ落ちる男達の音を背後に聞きながら。
小さく。
だけど、確かに。
「……ははっ……」
笑った。
瞬間、ぱしんと口許を覆う。
どうなってる? なんでだ? なんで、笑った?
全く罪の意識を感じる事なく。ドクドクと鼓動が鳴る。
俺がした事は間違いなく、「殺人」。
血に染まった手で口を覆い、鼻腔に入り込んでくる血の匂い。
罪の意識を感じない。その事に恐怖した。
そして、恐怖は感じるのかと安堵した。
「……あ……レックス!!」
「……ぁ」
俺は、少女の存在を忘れていた。
そして、己の手を見てしまった。
血に染まる真っ赤な手。
俺は守る為でなく……「狂喜」した。
間違いなく喜んだ。
この俺の姿を見られる事に恐怖した。
そして、何度となく向けられた眼。
助けたのに怯える様に。
そこに「感謝」はなく、ただ「恐怖」する眼。
あの眼が俺は嫌いだ。
気にしていない。そう言い聞かせているだけ。
でも、俺は傷つくのだ。
あの眼を見る度に。
昏い考えが頭を過ぎる。
きっとまた、この少女も俺を傷つけるのだ。俺を傷つけるのならば、いっその事……。傷付けられる前に俺がっ!
俺が、先にコロ――
「レックス!!」
少女は昏い思考を巡らせていた俺の目の前にいつの間にか立っていた。
俺の頬を両手で掴んで覗きこんでくる。少女の方が背が高い。顔を上げられ見た。
視た。
俺は初めて、視てしまった。少女の顔を。瞳を。
怯えはなく。恐怖はなく。
真っ直ぐに、ただ心配するように、労わるように覗きこんでくる瞳。目に一杯の涙を貯めて。
俺は人の眼が嫌いだ。
色んな感情を無遠慮に乗せてくる。
目は口ほどに語るのだ。
だから、嫌いだ。
……嫌いだった。
「……あ……」
心臓が鳴り、涙が零れる。
「どうしたの!? どこか、怪我をしたの!?」
半裸になって、自分の胸を隠すこともなくただ真っ直ぐに心配する声を聞きながら。
「髪もこんなに真っ赤に……レッ……きこ……」
少女の声が遠くなっていく。
俺は気を失った。
ただ、覚えてる。俺は気を失う瞬間、間違いなく笑っていた。
あんな昏い笑いよりもずっと、温かった。温かいと思える自分に心の底から安堵して、意識を手放した。
次回『目覚め』