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1話:呪卵

「……っち」


 学ランを着た、鮮やかな赤色の短髪。

 そして凶悪に目つきの悪い少年は、廃ビルの陰に身を潜めて、小さく舌打ちをした。


「一体、何人連れてきてやがるんだよ……」


 遠くで複数の足音が聞こえる。


「サシの勝負なら負ける気はしないが……」


 少年は、例え相手が複数でも負ける気はしなかった。

 だが、いかんせん数が多すぎたのだ。


 追ってくる者達はこの界隈で有名な不良の集まる高校の生徒達だった。

 一週間程前に絡まれている女生徒を助けた時に、叩きのめした相手がこの高校の(ヘッド)だったらしい。

 助けた女生徒は、少年の顔……正確には、凶悪な目つきを見て逃げ出した。

 少年にとってはよくある事なので慣れてしまった。


 そして、今日の帰宅途中に学校中の生徒を狩りだしてるのかという程の人数に包囲された。

 好きな漫画の発売日だったので浮かれて油断していた。


 少年は、不良の様な(なり)をしているが漫画や小説などの娯楽が好きだった。

 プライベートで付き合う友人はなく、一人の持て余した時間を潰すのに、漫画や小説の様な娯楽は最適だった。まあ、住処の影響もある。


 少年の名前は『戸上(とがみ) 信弥(しんや)』。16歳。この春で高2になる。

 生まれついての鮮やかな赤髪。凶悪な目つき。そして特殊な家庭環境。そして見た目通りに、決して品行方正ではなかった。

 色々な事情が重なり、少年に友人はいなかった。

 今日みたいな事は日常茶飯事なので、よくお世話になる警察官や、世話になっている店主とは知り合いと呼べる程度には親しいが。

 

「さて、どうすっかな……」


 正直、面倒ではあった。早く新刊を読みに帰りたい。

 だけど、この手の輩はしつこい。


 住処が割れる心配はないと思うが、帰宅の度に待ち伏せにあっては堪らない。万が一にも住処に迷惑をかけるのは本意じゃない。

 だからとりあえず頭だけでも潰して、しばし様子を見る事にした。


 春先は馬鹿が増える。

 あの(ヘッド)もおそらく新参なのだろう。一校の不良のほとんどを動員できる手腕は称賛する。

 が、信弥(しんや)は自分に喧嘩を売る馬鹿がいるとは思っていなかった。それも、油断していた原因の一つだろう。


 一人で多数を相手取る際の定石は、一対一の状況を作って、それを繰り返して各個撃破することだ。

 だが流石に、一校分の不良をいちいち分断して各個撃破は手間ではあった。

 10人、20人程度に囲まれて、襲われても返り討ちに出来る程度の自信と実戦経験は信弥(しんや)にはあった。

 しかし、100人以上に囲まれて、四方八方から攻撃されれば避け切れる自信はなかった。


 まあ、だけど……と考える。


 囲まれた時は、一点に集中して突破して逃げ出した。

 今は、逃げだした俺を探す為に、兵隊はバラバラになっているだろうと。


 (ヘッド)を守る為の兵隊が何人か張り付いてる可能性はあるが、問題ない。

 真っ直ぐに(ヘッド)を叩く。邪魔されたら粉砕すればいい。

 また囲まれないように、速さが大事だ。

 『赤虎』に100人以上駆り出して、喧嘩を売って敗北した(ヘッド)など信用も地に堕ちるだろう。


「赤猿!! どこに隠れてやがる!? 逃げるとか卑怯だぞっ!!」


 多数で囲んでおいて、どの口で卑怯だとほざくのか。それに俺は赤虎だ。赤猿呼ばわりして挑発のつもりなのか?

 やはり、頭は良くないようだと笑う。


 (ヘッド)が叫んだおかげで、(ヘッド)の場所は特定出来たことは行幸。

 (ヘッド)を潰したら、すぐに状況が沈静化すればいいのだが、と考えながら身を潜めながら歩き出そうとした。


 信弥(しんや)は気付かなかった。

 一歩踏み出したその先に居た一匹の虫。


 その虫はとても鮮やかで、妖しい色を帯びた気持ち悪い形をした虫だった。


 ぶちゃり、と虫を踏み潰した瞬間に信弥(しんや)は自分の影に喰われた。


 ◇◇◇


「……魔王様……」


 一人の、ボロを纏い、骸骨を被った呪術師はぽつりと呟いた。


 魔王は死んだ。

 勇者とその一行に敗北したのだ。


 骸骨の呪術師の名は『エンミ』

 長きに渡って魔王に仕えてきていた一人だった。


 今期の魔王も勇者の討伐は叶わなかった。

 

 エンミは骸骨を被るしかなかった己の怨念をついぞ晴らすことは出来なかった無念を嘆いた。


 魔王とは呪いであり、概念。

 『呪い』はなくならない。いつの時代でも悲劇は起こるのだ。時代毎に悲劇の中で世を(もっと)も呪った者が、魔王への扉を開くのだ。

 エンミは元々、人であった。時代の悲劇に翻弄され、己の素顔を封印する為に世を呪い『魔族』に成った。残念ながら『魔王』には至る事は出来なかった。


 だが、魔族に成ったエンミは魔王に長く仕えた。何代もの魔王に仕えてきた。

 己の目的の為に。復讐を成す為に。

 

 しかし最早、寿命だった。

 長く、とても長く『人』を憎んだ。

 色褪せない憎悪。悠久の中で、色褪せない事。それ自体が呪い。

 エンミは元々人であった。肉体は魔族に成った。が、精神は人のまま。『人』のままでなくては憎み続ける事が出来なかった。人の精神でなくては、「色褪せない憎悪」を留めておく為の呪いが掛けられなかったのだ。

 精神に形はない。だが、無限ではなかった。消耗し、残る自我は少し。

 それでも復讐する悲願があった。


 今代の魔王は優秀だった。歴代でも最強を名乗れる程に。

 でも、『勇者』に敗北した。


 『魔王』が呪いであるなら、『勇者』は祝福。


 憎むべきは勇者ではない。

 だが、精神が擦り減って自我の薄くなったエンミは勇者を憎んだ。


「勇者っ!! いつの時代も、勇者っ!! 私の復讐を邪魔をするっ!!」


 己は呪術師。呪う者。


 自ら生み出した、最大最高の呪術。


 その呪術の名前は『寄生蟲(きせいちゅう)』。


 この蟲は燃え盛るような強靭な意思を持ち、脳に寄生し、やがて成長し全てを喰らい殺す。

 この呪術ならば『祝福』すらを呪う事が可能。


 この呪術で『祝福』の概念を呪い、次代の勇者を呪う。

 勇者に与えられる祝福を呪うのだ。回避不能。

 次代の勇者が生まれるまで、まだ時間がかかる。

 おそらく後200年は産まれないだろう。


 その間に、蟲を『祝福』に潜ませ、結びつける。

 消すことが不可能なほどに。


 エンミは魔族の中でも最古の一人だった。

 だから『呪い』や『祝福』とはどういったものなのか、長年の狂気の研究である程度把握していた。

 概念でしかない事象を観測し、暴いた。

 

 世界最古の呪術師。


 しかし、『寄生蟲(きせいちゅう)』には大きな問題があった。

 残念ながら、この呪術はまだ不完全。

 肝心の蟲が意思を持つことが出来なかった。呪いに耐えられないのだ。


 強靭な意識を生み出すこと自体は可能なのだ。

 だが、『呪い』に耐えうるほどの意思を宿すことが出来ない。必ず狂う。

 ずっとその問題に悩まされてきた。最早、寿命が尽きるこの間際になって決意した。

 解決策は随分前からあった。その解決策を取らなかった理由は単純。

 己の命を引き換えにする必要があった。


 復讐を己の目で見届けたいと、エンミは願っていた。

 だからその選択肢をとる事が出来なかった。

 死を恐れてはいない。長く生きた。生に執着はなかったが、「己の目で復讐を見届ける」欲はあった。


「無念だが、仕方ない……」


 大呪術『寄生蟲(きせいちゅう)』。エンミ最期の呪いを次代の勇者に施す為の準備を進める。


 魔法陣の上に『蟲』の入った箱を置く。

 特殊な蟲だ。

 蟲毒法と様々な呪術を掛け合わせて生み出した特別な蟲。


 意識が生み出せないのならば、『蟲』に選ばせよう。

 強靭な意思を喰わせよう。

 『蟲』は寄生しなくては生きていけない。


 呪術と同時に行わなくてはならない。

 『蟲』を強靭な意思を持つ者の所に召喚。

 『蟲』に意思を宿させ、『祝福』に寄生させる。目覚めの時まで卵のままで。気付かれないようにそっと。『寄生蟲』が『祝福』に馴染んでしまうまでは気付かれるわけにはいかない。


 摩耗したエンミの精神ではそれらの行程に必要とする魔力を己が命で(あが)わなければならない。


 準備が整い、込める。

 己が持つ、全ての『呪い』を込める。


「さあ。世界よ。『呪い』あれ」


 それが、世界最古の呪術師の最期の言葉。最後の呪いだった。


 ◇◇◇


 (くら)い。


 暗いではない。昏い。

 何も視えない。


 何も聞こえない。


 ただ、暖かい。


 何が、どうなった? っと信弥(しんや)は思った。


 最後に踏み出した一歩。


 何かを踏み潰した感触。


 あの後、一体……。


 信弥(しんや)はそこまで考えて、意識が暗転した。


 心地よい温もりに包まれて、長い眠りについた。

次回『孵る』

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