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9.翳る光

 今回はほぼ予定通りに全作業艇が回収されて、輸送船は平穏な帰途についた。工兵達は帰還後に催される慰労パーティに心を弾ませ、モニカも展望室で気の早い工兵にダンスを申し込まれる。三人目を受けたところで、サムが不機嫌な顔で寄ってきた。

「もてるんだ、モニカ。でも僕でおしまいだよ」

「何人と踊ろうが私の勝手」

 モニカがついと顔を逸らすと、サムはわざわざぐるりと回って覗き込んでくる。

「絶好のコンビ相手にそれはないよ。僕、ダンスうまいから」

「だったら、リヴと踊ればいいじゃない」

「申し込んだら断られちゃって」

 こいつ! と、緑の瞳が半ば本気で燃え上がった。

「最後なんだしさ」

 その言葉が胸の中に冷たく落ちて、モニカの熱い怒りはたちまち収まる。

「そうね。いいよ」

「よかった。約束だ」

 笑みとともにいきなり青い両腕に抱きしめられ、モニカは息をついた。我ながらふがいないが、これが『惚れた弱み』なのかとぼんやり思う。

 中立ステーションに帰還し、連絡通路の手前でクルーごとの下船確認が始まる。ハナが手続きするのを見ながら、リヴが参加してもクルー長は変わらず曹長だったとモニカは気がついた。作業艇への慣れの差もあろうが、やはりA級宙航士の資格の信頼度は高いのかもしれない。

 手続きが終わり連絡通路のゲートが開いた。リヴが促したのでモニカは上官と肩を並べ、あとからハナとサムがついてくる。

A級資格(ライセンス)って難しいと思ってましたが、通信教育で取れるんですね。どこかに、いい教育プログラムありますか?」

「A級……宙航士の? 通信教育?」

 こちらを向いたアイス・グレイの瞳が、珍しくしばたいて苦笑した。

「A級資格は、地球か火星の航宙大学とか士官学校宙航士科を卒業した後、A級宙航士の元で三年の現場経験がないと取れないわよ」

 今度はモニカが目を丸くする。

「え、でも。ハナ曹長は」

 正面を向いたリヴ・ローワンの白皙の横顔が固まった。急に脚を止めたため、それに倣ったモニカはもう少しでつんのめりそうになる。

「リヴ?」

「リヴ・ローワン連合技術少佐」

 連絡通路の先から三人の将校が近づいてきた。二人は青、一人はレンガ色の制服。青い一人、先日二回の証人審問で顔に覚えのある大尉は、リヴ・ローワンの前まで来ると手持ちのタブレット画面を差し出した。

「不正貿易取引法違反容疑及び軍備流用罪容疑であなたを逮捕します」

 しばらくの沈黙の間、身動きする者は誰もいなかった。タブレットの文字に見入っていたリヴ・ローワンが、深い溜息をついてうなずく。レンガ色の一人が歩み出て彼女の手を取り、両の親指に拘束紐をはめ込んだところで、ようやくモニカは我に返った。

「何するんです!」

 踏み出しかけて、強く腕をつかまれ引き戻される。振り向くとサムが首を振っていた。そのサムに向けられるリヴの蒼白い笑み。

「ミッション中の監視は大変だったでしょう」

 次はハナへ。

「そちらも」

「いえ。仕事ですから」

 答えたハナに、モニカの混乱した視線が吸いついた。そしてモニカの腕をつかんだままのサム・ゴトー。足音がして通路の向こうへ背を向けたリヴが去っていく。その彼女の後ろ姿を、青い制服が阻んで敬礼した。

「お疲れでした、中佐」

「ご苦労様」

 返したのはハナだった。

 モニカの世界が転倒する。

――いったい何がおこったのか。

 

 連れてこられたのは士官フロアの一室だった。もちろん下士官たちの八人部屋に比べれば格段に豪華だが、見張りがいる点では営倉と同じだ。目の前のコーヒーはとうに冷めている。ソファに腰掛け、白い磁器の縁を見つめていたモニカが、ようやく口を開いた。

「どうしてここに、あなたがいるの?」

「コンビだから」

 少し離れた棚にもたれていたサム・ゴトー――『見張り』が答えると、モニカは鼻で笑った。

「今度は私を監視? 私に近づいたのはリヴを探るため?」

 ああ、と、サムは当たり前のように返した。

「君は少佐のお気に入りだからね」

「リヴはなんで捕まったの?」

「リヴ・ローワンの資材調達力は驚異的だった。不正に隠匿した軍費や資材を横流しする変わりに、非合法の武器商人達から必要な機材を受け取っていた」

 モニカは口を曲げた。

「それで作戦が遂行できたんだからいいじゃない」

「犯罪は犯罪さ」

「戦争は終わったんでしょ」

「戦争が終わったからね」

 それって――かすれるモニカの声にサムがうなずく。

「連合軍はリヴ・ローワンを捨てたんだ」

「そんな!」

 モニカは弾かれるように立ち上がり、両の拳を力いっぱい握った。

「だってだって、リヴは軍のために一生懸命働いて、がんばって、ついこの間までずっとずっとずっと、なのにそれを忘れちゃうなんて」

――忘れる

 その言葉が喉をつまらせた――みんな忘れる。

「……リヴは知ってた?」

「たぶん。少なくとも後期ミッションの前には」

 作業艇でのリヴ・ローワンを思い起こして、モニカの眉間が熱くなる。しかし今は泣けない。特にこのサム・ゴトーの前では。決して。

「サム達が探ってたのは何?」

「直接の目的は不正取引の証拠だね。具体的には、あのトラップセンサー。特徴的な機器なので全く運がよかった」

 連邦側から不正に流出した機器のごく少数は、中途までの販路が判明しており、それが連合側にあれば動かぬ証拠となる。

 モニカは小さな吐息を漏らした。

「私があそこでどじを踏まなきゃ、サムも気づかなかったんだね」

「記録画像があるから同じだよ。もっとも吹っ飛んだら終わりだったけど。いろいろな意味で」

「リヴは……気がつかなかったのかな」

「気がついた。でも遅かった」

 だから、と言いかけてサムは口をつぐんだ。微かに逸らされた黒い瞳をモニカが追う。

「どうしたの?」

 長い沈黙が流れた後、ようやくサム・ゴトーは続けた。

「証拠隠滅に走った」

「聞くと答えてくれるんだ。無理しなくていいのに」

 モニカの軽笑にサムは首を振る。

「ハナから君の質問にはすべて答えろと言われていてね」

「ハナ?」

連邦(ユニオン)軍工兵資材管理部調査課ハナ・スタンバック中佐」

 道理でA級宙航士の資格持ちのはずだ。

「サムは? サムもA級資格(ライセンス)持ってるよね」

「連邦軍の工兵隊軍曹サム・ゴトー。今は」

 今は?――モニカは眉を寄せた。サムの視線は逸れたままだが、顔からは表情が消えている。それがモニカの心に得体の知れない影を投げかけた。

 このまま自分が聞けば、サムは答えるだろう。でも、それは。

「……リヴの証拠隠滅って何?」

 一瞬空気が緩んだような気がした。それでもすぐには答えないサムの態度は、別の不吉な影を示唆している。さまよった黒い瞳が、最後にモニカへとどまった。

「ジッブスへの殺人未遂容疑がかかっているんだ。トラップセンサーについての彼の記憶が、自分の不利だと気づいたのではないかとね」

 連合側に渡った機器が、リヴ・ローワンを経由したとの情報証言を消そうとしたが、もちろんジッブス自身はその価値を知らない。

「おそらくジッブスに訓練を勧め、機器に細工をというのが当局の」

「もういい!」

 モニカはサムの言葉を遮り、震える体をソファに落とした。両手で顔を覆い小さくあえぐ。

――十年前の新兵の頃、中古で一回見たきりの超レア

 あの時、サムの手際のすごさをリヴに話した時、たぶん曹長の言葉も口にした。この自分が。

「私が、話したせい?」

 大股で歩み寄ったサムの手が、丸く小さくなった背へ伸びる。が、急に上体をおこしたモニカは、それを肩ではねのけた。

「大丈夫! さ、わらないで」

 コール音が鳴る。ゆっくりと腕を動かし、サムはポケットから取り出した端末を耳に当てた。

 はい、はい、と短い応答が続いてしばらくの後、「アイアイ、ハナ」と終えたサムが向き直る。

「モニカ、ジッブスの事故機器に細工の痕跡はなかった。ただ型番が偽造だったので調査した結果、連邦軍下請け工場で不良多数で製造中止になった製品だと判明したんだ。それが数ヶ月前、保管倉庫から大量に盗まれていた」

 モニカの怪訝な顔にサムはうなずいた。

「ここへは、連合側から今回の作戦訓練のために持ち込まれた機器でね。たぶんリヴ・ローワンは、不良品をモグリの業者につかまされたんだな。先日やっと製造元から警告文がでたらしい」

「不良品て……どんな?」

「真空で通電するとショートする」

「じゃあ、リヴは曹長に関しては濡れ衣ってこと?」

「不良品と知らなかったのなら」

 モニカの記憶の中で、なにかがうごめく。数ヶ月前に盗まれ連合軍に入ってきた機雷機材の不良品。事故を起こした模擬機雷。

 機雷の事故――ルチア・ジョス。解明されていない事故原因。

 帰還すれば逮捕されると知っていたリヴ・ローワン。

――ルチアは還ってくるから

 リヴの言葉。あれは、どんな意味があるのだろう。



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