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4.リヴ・ローワン

「モニカ・トレディ連合上等兵、下がってよろしい」

 三人並ぶ青い制服の一人が告げたので、モニカは椅子から立ち上がって敬礼した。

「失礼いたします」

 ドアを出、ようやく緊張が解けた口から長く息が漏れた。

 作業艇が掃宙区域から直接中立ステーションに着艇するや、クルー全員が拘束されて、一人ずつ査問される事態となっていた。ハナとジッブスの浮かない表情を見ると、サムが何かしでかしたらしい。モニカには見当もつかないが、連邦将校の短い質問から、帰還時に宇宙航行法の何かに抵触したようだ。下士官達の会話の中身を聞かれたものの、無資格者であることや早々にバンクに入ったため、わかりませんとしか答えられなかった。

 入れ違いにジッブスが中へ入る。それを見送ったところへ、警備兵からローワン少佐が呼んでいるとの伝言を受けたが、こちらは予想済みだ。早足で士官フロアへ向かう途中、ふと覗いたラウンジの空席ばかりが目立ち、輸送船の兵士達はまだ帰還していないようだった。

 士官室のドアが並ぶ一つに、連合軍のマークとローワン表記のプレート。インターフォンを鳴らすと入室許可がおりた。

「お帰りなさい、モニカ。お疲れさま」

 招かれた士官室は宇宙艦のそれに比べ一回り広く、備品家具の仕様も上等だ。促されたモニカが椅子に腰掛けると、ふわり体が沈んで少し慌てた。

「ふふ、戦時中のわが軍では考えられない待遇よね」

 上官自ら煎れてくれた陶器入りのコーヒーが目の前に置かれ、ソーサーに添えられた金のスプーンがきらりと光る。オフ時でもプラスチックのマグカップ専門のモニカは大いに恐縮して、おそるおそる手に取り、上目に相手を窺いながら熱い液体をすすった。

 リヴ・ローワンも優雅な手つきでカップを口元に持っていく。ルージュのルビー色が白い縁に触れ、なめらかな唇の動きに惹きつけられた。

「いい仕事をしたって報告を受けていたわ。最後にケチがついたのが残念だけど、まあ、こちらの失点でなし」

「あの、サムはどんな違反をしたんですか?」

「サム?」

 思わず訊いたモニカへ、アイス・グレイの瞳が鋭く見返す。

「あ……ゴトー軍曹は、その」

 探るような視線をとどめたまま、上官は軽く首をすくめた。

「地球及び火星での静止軌道内の接近は、A級宙航士しか認められてないのよ。当然、工兵下士官ではだめ」

 モニカの目に窓いっぱいの大洋の光景が思い浮かぶ――あれは。

「だいたい今時スイングバイなんて必要ないのに、なぜまたわざわざ」

 必要ない――それって。

「モニカ。ゴトー軍曹とのコンビはうまくいっているの? 噂は聞くけど、あなた、なんだか変よ」

「え、いえ。そんなことはないです」

 モニカは慌てて首を振りながらも、リヴの慧眼の前にはごまかしは効かないと反省した。

「今回のミッションではゴトー軍曹の技術の高さに、まだまだ自分は力不足だと身に染みました」

 以前はともかく、今はサム・ゴトーを尊敬していることは確かである。自分のミスによる緊急事態や処置等、その後のさまざまな事を話すことになったものの、彼への正しい評価のためなら躊躇はない。もちろん軽口部分は割愛しつつであるが。

 そう――と、話を聞き終え、目を閉じたリヴが大きく息をつく。指を当てた白磁のような額に浮かぶ微かな縦皺に、モニカは胸をつかれた。

「リ、リヴ。どうし」

「ああ、ごめんなさい。あなたが無事でよかったって」

 その言葉の裏にある想いに気づいて、モニカは膝の上に組んだ手に視線を落とした。ルチア・ジョスの事故も機雷によるもので、それを知った時に蒼白となったリヴの顔色は、今でも脳裏に焼きついている。少ない人手による事故調査は停戦によって中断され、詳しい原因は未だに究明されていない。

「でも、サム・ゴトーが解除してくれたのね」

 よかった――と気を取り直すように頭をあげたリヴは、コーヒーを飲み干すと、再び瞳を向けてきた。

「で、モニカ。この掃宙作戦が終わったらどうするの?」

 続くリヴの話は、火星の工科学校へ進学しないかとの誘いだった。卒業時の軍試験に受かれば技術将校になれるし、宇宙開発の現場でも重宝されるという。下士官の昇級試験は念頭にあったモニカだが、将校ともなると雲の上の話で、いきなり言われても実感できない。

「保証人は私がなるけど、すぐ答えなくてもいいわ。後半のミッションが終わるまでに考えておいて」

「ありがとうございます、リヴ。なんだか夢みたいで」

「どんな時でも戦いを忘れちゃだめよ、モニカ」

 励ますリヴ・ローワンに、さきほどの憂いはもう消えていた。


 一般用星間通話エリアは、特別任務の兵士特典で無料の星間通信ができるため、ラウンジと同じく兵士達に人気のある区域だ。輸送船が帰着すればごった返すここも、まだ森閑としていたが、通話ボックス前に立つ目的の人物を見つけてモニカは声をかけた。

「ジッブス曹長、リヴがお呼びです」

「ああ、わかった」

 答えたものの、ジッブスはいくらか未練の一瞥をボックスに送ってから、モニカの通ってきた通路へ向かう。そこへボックス扉からハナ曹長が出てきて、モニカに気づくと目を瞬かせた。

「あら、ジッブスは?」

「リブに呼ばれて士官室へ」

 ああ、そうなの、とつぶやたハナは首を小さく振ると笑顔を向けた。

「なんとかムスコちゃんと話せたわ。ひねくれ文句ばかりだけど時間一杯つきあってくれて、早く帰って苦労した甲斐があったあ」

 明るい口調から、どうやらハナ自身には査問の影響はなかったらしい。

「その……サムは? 航行法違反とか罰は重いんですか?」

 モニカが声を落として訊くと、ハナはこともなげに手を振った。

「ああ、あれ。私がコース決定したから」

 は? との相手の疑問にうなずく。

「私、A級ライセンス持ち。で、問題なし」

「え、でも」

「査問会の勇み足」

「けれど、ジッブス曹長は」

「ジッブスとあなたは寝てて知らなかった。大団円。めでたし」

 ハナはそこで一つ手を打ち鳴らして両腕を広げ、狐につままれたようなモニカへ目配せした。

「サムなら、作業演習棟の方に行ったわよ」

 緑の瞳が大きく見開いた後、はにかんだ笑みに柔らいだ。

「ありがとうございます」


 作業演習棟への通路は使用時以外の照明は非常灯だけが点り、その分窓からの星々がよく見えた。といっても片側の大部分を占めるのは、円弧に輝く巨大な月。

 ほの暗い通路の先にサム・ゴトーの姿があった。

 窓の月に照らされて、手元のぼんやり光る何かを見下ろしている。声をかけようとしたモニカは、初めて見るその横顔に口を閉ざした。軽口をたたくこれまでとは想像もつかない、穏やかで優しげな表情。

 意識もせずに気配を殺し、背後に回ってそろりと近づいてみる。

 淡い光の中には小さな人影が二つ。3Dフォトカード。一人は男、もう一人は。

「わ、わわわ!」

 肩越しに振り向いたサムが悲鳴をあげ、驚いたモニカも数歩後ずさりした。

「び、びっくり……!」

「びっくりはこっちだ。なんだ、来たのなら声をかければいいのに」

 するりとカードをポケットに入れて、サムはいつものように口端を上げた。

「なになに、心配してきてくれたの? うれしいな。でも心配ご無用。僕の潔白は」

「ハナ曹長から聞きました。資格者の曹長がコース決定したって」

「うんそう。ハナはあれでエリート下士官なんだ」

 エリートの下士官とは矛盾ものだが、モニカの聞きたいことは他にある。

「でもなぜ、わざわざスイングバイコースをとったんですか? リヴは帰還に必要ないって言ってました」

「あ、ああ、うーん。それはハナが……」

 語尾を濁しながらサムが視線を窓の外へ逸らすと、モニカも彼の横に並んで月面を望んだ。

 数多のクレーターが広がる光景は、月裏の静止軌道にいる限り永遠に変わらない。しかしながらこれまで位置関係の認識だけだったものが、今ではあの白光の向こうに浮かぶ姿となって、はっきり心に描くことができた。

 あれから作業艇は刻々と地球に近づき、窓いっぱいの大洋をぐるりと追った。繊細に移り変わる青はモニカを捉えて離さず、聞こえるはずのない渦巻く雲の流れが耳に轟いた。その狭間に自分を呼ぶ声。あれは。

――モニカ

「でも、私はうれしかった。あの地球を間近に見れて」

 隣の横顔をちらりと見やる。

「サムが起こしてくれたから」

「パンチが飛んできたけどね」

 笑いを含んだ返答にモニカの頬が染まった。

「ああ、自分でも気をつけているんだけど」

「でも、そのお陰で『仲良し作戦』ができて僕はよかったな」

 背が高い――きっかけになった言葉が思い出された。

「ごめんなさい。あれはサムじゃなくて、本当に私が悪かったんだ」


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