3.地球青(アースブルー)
宇宙機雷は各種センサーに、追尾システムと起爆装置が、それぞれ接続されている。センサーが捉えた目標物を追尾システムで突っ込むのが基本だが、これに感応しない目標物は、接近したところを別のセンサーによって起爆装置が作動する。
機雷の無効化は外部からのコード入力で追尾システムを解除した後、起爆装置とセンサーの接続解除と取り外しを直接の手作業で行う。しかしセンサーは応答コマンドで休止状態になっているだけなので、取り扱いを誤ると起爆装置が作動する危険性があった。
それでもたいした事故もなく、ハナとジッブス、モニカとサムのチームはそれぞれ予定の数をこなしていき、やがて前期ミッションの終了も間近に迫ってきた。
サムの一挙手一投足は、メインスクリーンで子細漏らさず記録しているからな、と、いつものジッブスの言葉に送られ、モニカとサムは作業艇をでると、星をちりばめた空間に浮かぶ黒い塊に向かった。
「ったく、毎回保護者の目がきついなあ」
同じ見張られるのならアイス・グレイがいいのに、とサムが無駄口を叩く横で、モニカは取りついた機雷を見回した。事前の資料にはない形状だが、コマンドの返信は間違いなく連合側のものだ。
開閉蓋を開いて、これまで通りモニカのメイン作業はさくさくと進む。必要な器具は求める前にサムから渡され、作業の手が迷う時には、差し出される器具や一言がその先を示唆してくれる。一方サム自身はラウンジの評価以上の見事な技量で、実際、作業演習の優勝は彼主導によるものだ。兵卒ながらリヴ・ローワンの推薦を受け、どの下士官にも引けを取らない腕と自負あるモニカにとって、これは癪に障ることだった。さらに『リヴ学校』に対するサムの言葉にも、なにかと心がざわついた。
あ――と、モニカの手が止まる。
「どうした?」
「重力センサーがちょっと見ない型で。かなり旧そうなんですが」
「型番は?」
「……削られています」
時折、非合法に持ち込まれる部品がある。安全性の問題から両軍はこれらを厳しく取り締まっているが、慢性的な機器不足の中、作戦本部の命令を完遂するには流入はどうしても止められない。
「替わろうか?」
「いえ、大丈夫」
半ば意地もあったが、基本構造は同じなので、多少時間はかかっても特に難しいとは思われなかった。肩越しに覗くサムの視線を意識しながら、一つ一つ慎重に接続を切っていったのだが――
え――
取り付けた検査器に突然アラートが点滅した。ヘルメット内にこだまする警報に頭が真っ白になり、手が硬直する。耳元でジッブスのどら声が響いた。
〈モニカ! サム! 待避しろ!〉
「どいて!」
突き飛ばされたモニカの体が、たよりなく宙に浮いて機雷から離れた。伸びる固定索の根元で機体にとりつく宇宙服は――ようやく頭が動き出し、つぶやきが口から漏れる。
「サ、サ、ム……逃げ、逃げない、と」
〈モニカ、早く離れろ! スラスター噴射!〉
ハナの強い言葉にモニカは急いで固定索をはずし、腰のスラスターレバーをまさぐった。トーンの上がる警報音が追いつめてくる。だれのものかわからない荒い息が交錯する。
と、唐突な静寂。
「ビンゴ」
警報の止んだしじまを、サムの明るい声が突き抜けた。
起爆装置を解除された機雷は作業艇からの操作によって姿勢変更の後、スラスターを全力噴射させて太陽に向かって落ちていく。その間、強力に発信される識別信号はダストウォッチャーのダストリストに登録されて、宇宙を航行する宇宙船は遭遇を回避できるという寸法だ。
メインスクリーンに映るは、はるか後方へ離れていくスラスターの輝き。
「前期ミッション終了!」
「やったー、ばんざーい!」
クルー長でもあるハナの宣言に、サムが膨らませたビニール袋をクラッカーよろしくパンと破裂させた。
「はいはい、ご秘蔵のブルーチーズとシャルドネジュースを開けちゃうわ。モニカ、元気だしなさい」
ハナからパックを渡されたモニカはうなずいたものの、両肩は沈んだままだった。
「すみません。私が軍曹に替わらなかったばかりに」
「あ、いや。僕こそ早く見抜けなくて、すまん」
サムは自分のパックのストローを引き出すと、モニカの手元のものと交換した。
「マイナー仕様の、ちょっと解除トラップの入った曲者なんだ」
「おう、それ。お前さん、その年でよく知っていたな」
近寄ってきたジッブスがサムの肩を小突く。
「ありゃ俺が十年前の新兵の頃、中古で一回見たきりの超レアだぞ」
「ジッブス、見かけにごまかされちゃだめよ。これでサムは結構なおっさんなんだから」
無遠慮に笑うハナへ、サムが口をとがらす。
「子持ちのオバチャンには言われたかないですよ。だいたい下士官の年齢なんてどっこいどっこいでしょ」
「いい度胸ね、サム・ゴトー。上司をオバチャン呼ばわりとは上官侮辱ざ」
そこで通信機から呑気な受信音が鳴って、スクリーンに映し出される連絡文。一読したハナが悲嘆の声を上げた。
「なに、輸送船のお迎えが遅れるの?」
予定では、ミッション終了後五時間以内に輸送船が作業艇を回収にくるはずだったが、途中ダストリスト外のメテオロイドに遭遇、この回避にコースが大幅に変わったため、作業艇の回収順が変更になってしまったのだ。
「どん尻だな。っつうことは、ええ、二十時間後?」
「ちょっ、まっ! ムスコちゃんの誕生日通信に間に合わない!」
コース確認をしたジッブスのシートへ、がっくりとハナがしがみつく。
「思春期の男の子にシングルマザーがどれほど気を使っているか、ううう」
「位置によっちゃ直帰でも可とかありますよ」
ブルーチーズの最後の一口をもぐもぐさせコンソールに向かうサムを、モニカはぼんやり見ながら内心歎息した。作業艇内で、B級宙航士ライセンスは自分以外が持っている工兵下士官資格だ。機器の処理能力はあっても、経験と実務能力ははるかに及ばないと思い知らされ、ますます気持ちが落ち込んでいく。
下士官達が帰還コースを話し合ううちに就寝時間となり、先に寝るよう促されたモニカは、操縦室横にあるユニットの個人用バンクに体を固定した。枕元にある小窓の防護シャッターを開けると、狭いながら暗く果てしない彼方が望まれた。深淵に散らばる星々。
その静けさがかえって耳元に響く警報音を思い出させ、記憶の中の恐怖が滲み出してくる。
――サムがいなかったら
『仲良し作戦』がなければ彼と気軽に作業ができると思っていたが、その実、自分の競争心がストレスの原因だと気づく。認めざるを得ないほどの高い技術力。そしてチームの危機を救うほどの冷静さ。
改めて助かったのだと安堵が胸の深くへしみこみ、還ることのなかった者が心によぎった。
ルチア――
つぶやいて、小窓の向こうの空間に吸い出される。手の届かない無数の光に囲まれ、すべてに拒絶されてひたすらさまよう。どこへ行くのか、行き着く先はあるのか――せっかく戦争が終わったのに。
「……カ、モニカ」
ささやきに目を覚ました。すぐ前には覆い被さる黒い影。
悲鳴より先にモニカが拳を突き出すが、それを手のひらで受け止めて顔を近づけてくる。
「僕だ、モニカ。ちょっと来てごらん」
「サ、サム?」
他のバンクにハナとジッブスが休む姿が見え、サムが当直に当たっているらしい。照明が落ちた操縦室には、星のように計器の光が四方を囲む。もちろん正面に細長く切られた窓にも、本物があるのだが。
「え」
その中央にひときわ大きく浮かぶ青い半球を見るや、モニカは口を半開きにさせた
「ちきゅ、う……う? え」
スクリーンではないので、この作業艇から直で視認している現物であることに間違いない。しかも行きの輸送船からの大きさとは段違いで、大洋の様々な青とダイナミックな雲のうねり、豊穣な緑がはっきり見て取れる。次第に近づいているのか、やがて照り返す光が操縦室中に満ちてきた。
「ね、帰りに見られるって言ったろ」
窓辺に立つサムの顔一杯に笑みが広がり、その白い作業衣が窓からの色を映して青く染まる。
――地球青
虚空に広がる腕。
「ああ、サム! やったわね!」
背後のハナの叫びは、モニカの耳に入らなかった。