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11.解除コード

 中立ステーションには拘禁者用面会室がないので、窓のない白い小部屋が面会にあてられていた。警備兵から身体検査を受けたモニカは、腰の工具バッグを外して部屋隅のラックに置き、中央の小さなテーブルについた。目を落とすと表面に小さな傷があって、それをぼんやり眺めながら自分の目的を思い起こす。

 リヴから追尾システムの解除コードを聞き出すこと。

 サムから、またその背後にいるハナや軍から一番に求められ、自分も最重要だと思うものの、乱れる心はふわふわと頼りない。

 第一あのリヴ・ローワンが、容易に話すだろうか。

 二つある扉のもう一方が開いて、変わらず親指を拘束されたリヴが警備兵に付き添われて入ってきた。モニカを認めて片眉を上げ、椅子にゆったりと腰掛ける。

「さっき別れたばかりなのに、ずいぶん会ってないような気がするわね」

 うなずいたモニカを、目を細めて探ってくる。

「失望した?」

「今も……信じられません」

 リヴ、とモニカは身を乗り出した。

「ジッブス曹長の事故は前もって知っていたんですか?」

「ああ、さっきもさんざん訊かれたけれど、あなたもそう思う?」

 端正な頬に浮かんだ微かな震えを読みとり、モニカは首を振る。

「そうじゃなければと……いえ。いいえ! そうじゃないと思います」

 そうじゃない――モニカが言い切ると、リヴは目を閉じた。

「軍が私の告発材料を探してたのは知っていたわ。でも、販路には十分に注意していたから自信があった。この掃宙作戦でもね。けれど」

 モニカからトラップセンサーとジッブスの話を聞き、大きな不安に陥った。もし、この特徴的な機器の出処を掴まれていたら、彼の証言は大きな意味を持つ。事実そうだったが。

「どうしようかと思った。そんな時、あの不良品告知の警告文を見つけたのよ。型番は違ったけど仕様は間違いなかった」

 そこでリヴはテーブルに肘を突き、両手で額を押さえた。

「ルチアの扱った機雷に装備されていたのが、これ。これがあの子の事故の原因」

 ルチア――その名が吐息のように漏れた。

「で、賭けたの」

「賭け……?」

「不良製品でも全部が全部そうとは限らないでしょ」

 額を押さえた指の間から覗くアイス・グレイの光。その意味が心に落ちるに従い、モニカの奥歯が噛みしめられていく。

「何事もなければ無条件で告発を受け入れる」

しかしもし不良品ならば。

「ルチアが待つように言ってるって」

 あえいだモニカは首を振った。

「リヴ……ルチアはもう……いな」

「あのダストリストでスイングバイ軌道をとるダストを見つけたのは、ほんの偶然。あなたの話もあって、遊び心で遡って軌道計算した。そうしたら」

 ルチアの事故現場に一致した。しかも。

「起動コマンドを送ったら応えがきて……息が止まったわ。ねえ、こんな奇跡ってある?」

――ルチアは還ってくる

 モニカは震える唇を懸命に引き締めた。

「どうして追尾システムの解除コードを変えたの?」

「あの子の還りをだれにも邪魔されたくないでしょ」

「リヴ! あれはルチアじゃない、機雷なんだ! ルチアはもう還らない! 戦争は終わったの!」

 立ち上がったモニカは腕を伸ばして、リヴの拘束された両手を掴んだ。と、掴んだ手を逆に強く掴まれ、とっさに警備兵が電磁鞭を構える。

「くるな!」

 鋭く制止をかけたモニカが視線を戻すと、リヴは掴んだ手を引き寄せ、その手のひらにそっと口づけした。柔らかな感触の上に、ぽとりと重なる温かい湿り。

「お願い。解除コードを教えて、リヴ」

 モニカの懇願に白い顔が上がる。目元に微かな一筋。

 リヴはゆっくり腕を伸ばし、繋がれた親指をそのままに両手を広げた。細い指先がモニカの頬の線をたどる。

 と、今はルージュのない乾いた唇が薄く動いた。

「ルチアは……確かにあった(ルクス)は忘れないの」

 いきなり、その顔が光を放つ。見開くアイス・グレイの瞳が輝き、笑いに口が大きく歪んだ。

「モニカ、戦いを忘れちゃだめよ!」

 両手が素早く赤毛を掴み、引き寄せると同時にリヴが体を横にしてテーブルを越える。警備兵が電磁鞭を振り下ろすより速く、腕をモニカの首に回して盾とし、そのまま強い力で壁のラックへ寄った。詰め寄る警備兵へ、腕の拘束から解いたモニカの背を蹴って打ち当てる。二人が倒れる隙にラックに置かれた工具バッグを手にして開き、もう一人の警備兵の一撃をそれで防ぐと、リヴはドライバーの一本を口で引き抜いてバッグを投げつけた。

「リヴ! やめて!」

 リブの手に移ったドライバーの先が一瞬相手に向けられ、モニカの叫びとともにくるりと半転する。電磁鞭が横から襲う。

「リヴ!」

 喉を突いたリヴ・ローワンの体が床に落ちた。


 駆けつけたサムと職員達によってリヴは応急処置を施され、救護班に運ばれていった。血溜まりをぼんやり見下ろすモニカへ、サムが工具バッグを差し出す。

「抜かれた一本は証拠物件として持って行かれたけど」

「あ、うん……ありがとう」

 工具バッグを腰につけるモニカの横で、ハナがため息をついて首を振った。

「才色兼備に加えて武闘派なんて、ほんとカミサマは不公平」

「ハナ、作業艇の用意は?」

「いつでも出せるよ。すぐ行って」

 サムとハナの会話へモニカが割って入る。

「私も行きます! たぶん解除コードは」

「ルチアの名と認識番号だね。今しがた解除されたと連絡があった。君はここにいるんだ」

 では、と敬礼をし、モニカを置いて出て行こうとしたサムの後頭部が、鈍い音をたてた。さすがに手を抜く加減がわかって卒倒には至らなかったが、座り込んだサムは頭を抱えてうなった。モニカが鼻息荒く言い放つ。

「私も行くって言ってるでしょう!」

「そうよ、サム・ゴトー。一緒に行きなさい」

 見下ろすハナへ、サムの恨めしげな涙目が向けられる。

「ハナ……なんだって、あんたまで」

 私はね――ハナ・スタンバック中佐は丸っこい体で仁王立ちになった。

「恋する乙女は応援する主義なの」


「君みたいな手の早いのが、今まで営倉入りにならなかったのが不思議だ」

「サムみたいな不躾なのは、今までいなかったもん」

 中立ステーションを発進した作業艇は、月の裏側を抜け地球に向かっていた。操縦席のスクリーンには、目標物と周辺の人工衛星を示す光点が点滅している。抜かりなく操縦桿を操りながら、サムの文句がモニカの隣座席でぶつぶつと続く。

「こんなにぽかぽかされたら、脳の血管が切れちゃうだろ」

「そうなったら、治療費込みで一生面倒見てあげるよ」

 言ってから、モニカは、あっと気づいた。

「うん……ごめん。奥さんにしたら、そうもいかないね」

「え? あ。ああ」

 サムがちらりと視線をよこした。

「あのフォトカード見たの?」

「う、うん。リヴから頼まれて、すぐ渡そうとしたけど。その。まさか開くとは思わなくて。それで」

 ふうん、と返すサムをモニカはそっと窺った。

「可愛い赤ちゃんだね」

「ありがとう」

「サムに……似てないんだ」

「母親があれで僕の片親も金髪だったからね。似てなくてよかった」

 それが冗談なのか本意なのかモニカにはわからないが、とにかくあの子がサムの子であるのは間違いないらしい。ハナを子持ちのオバチャン呼ばわりしながら、自分はしっかり子持ちのオッサンじゃないかと思う一方で、乙女の恋はどんどん追いつめられていく。

――いや、とっくに詰んでいるんだけど

 諦めの覚悟はあのキスで固まった。けれど、きっと忘れないとの確信の狭間で、胸がせつなく締めつけられる。今はもうリヴには頼れないのに。

 モニカはスクリーンの点滅に目を向けた。あれがルチアのはずがない。おそらく、暴発した機雷以前に敷設され誘爆を免れた一機で、起動したからには不良品の搭載もなかったのだろう。

――不良製品でも全部が全部そうとは限らないでしょ

 確かにそう、でも――モニカは目をきつく閉じた。

 ジッブス曹長は品物ではない。

 ルチアへの涙を流しながら、リヴ・ローワンはそんな簡単なことも忘れていた。ひたすらルチアの帰還を待ち望んだ先に、あのアイス・グレイの瞳は何を見ようとしていたのか。

 大きく息をついたモニカは、腰の工具バッグをまさぐった。慣れた形の中で、あの白い喉に突き立ったドライバーだけがない。今更ながらに震えがくる。リヴは助かっただろうか。

 そこで温かく包まれる右手に気づいた。目を開ければ、サム・ゴトーの伸ばした手が重ねられている。

「彼女のために残った方がよかっただろ?」

 横顔の言葉をかけられ、ああそうかと思う。乙女の力で押し切られたが、サムはリヴの側にいてあげろと伝えたかったのだ。

 手の温もりが腕を上り、モニカは首を振った。

「リヴは戦えって言ってたし、今の私の戦いは機雷相手だし」

 と、甲高い受信音が響いて、探査パネルに赤点が現れた。機雷が応答コマンドに反応して位置信号を発信し始めたのだ。今まで漫然とした周囲のダスト情報だけだったが、これで正確な位置を追える。

 サムが操縦レバーを引き込み、スクリーンが外部カメラに切り替わった。パネルの赤点が徐々に近づき、間もなく視認できるかと思った矢先。

「なにこれ」

 モニカは目を疑った。作業艇は減速しているのに、近づく赤点の動きが速まっている。舌打ちしたサムがいきなり進路を変えたので、艇内に大きなGがかかり、モニカは座席に押しつけられた。

「サム、どう」

「追尾システムだ! リヴ・ローワンの解除コードは二重だったんだ!」

 パネルの赤点はそれまでの軌道を外れた。



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