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10.ルチアの帰還

 モニカは赤毛の頭を強く振った。軍のため法を犯しながら、その軍に見捨てられただけで、リヴは十分報いをうけていると思う。ジッブスに対する嫌疑も証拠はないし、それどころか心底あの事故を嘆いていた。だからこそコントロールセンターで、あのアイス・グレイの目元は潤んで光ったのではないか。だいたい、自分の質問にはすべて答えるとはいえ、サム・ゴトーの言葉が真実であるとの保証はない。なにより捜査のため自分に近づいたという事実そのものが、すべてを疑わせるのに十分だ。

 腹立たしさがぶり返してにらみつけるモニカへ、顎を引いて上目遣いのサムがそろりと伺う。

「もう質問がないなら、こちらから訊きたいことがあるんだけど」

 モニカの喉奥がおかしそうに震えた。

「ギブアンドテイクなんだ」

「答えても答えなくても君の自由」

 やおらソファから立ち上がったモニカは、サムの目の前で腰に手を当て胸を反らせた。

「サム・ゴトー。ずいぶん分の悪い取引きじゃない。なに? 私をだました負い目? でも、うそつきでペテン師の言葉のどこを信用しろって?」

 ああ、うーん、とサムがうなる。

「日頃の行いがまずかったかな」

「日頃の行いですますんだ」

 呆れて緑の瞳がしばたいた。だが一方で、リヴへのサムのあの眼差しは好意ではなかったと、呑気に喜んでいる自身がいる。

 モニカは自嘲した。この期におよんで、やはり忘れられないのだ。あの光が。自分を目覚めさせたあの青い光が。

 あの光をもたらしたサム・ゴトーが。

「いいよ」

 モニカはうなずいた。

「そのかわり最後の質問をするから、サム、笑って」

「え」

 こう、と両手の人差し指を突きだして、サムの口端を持ち上げる。笑みはそのまま顔に張り付き、指を離したモニカはそこから目を離さず、ポケットから3Dフォトカードを取り出した。

「落とし物。ミッション前に渡すつもりだったけど、遅れてごめん」

 両眉を上げたサムが手を差し出すも、カードを持つ手は動かない。

「これ、なにが写っているの?」

 サムの視線がしばらくカードに落ちる。一瞬消えそうになった笑みが再び口端に上り、答えが返った。

「家族」

「みんな元気?」

 ああ、と、今度は即座にうなずく。映像の中と同じ満面の笑顔。

 その頬をモニカはいきなり両手で挟み、素早く引き寄せた。

 熱く重なる唇。

 手から落ちたフォトカードが、足下で小さな音を立てた。


 サムの質問は二点あった。

 一つは作業艇でのリヴ・ローワンの言動について、何か変わったことはと訊かれ、モニカはガールズトークの最後の気になる言葉を告げた。

「ルチアが還ってくる? 君が言っていたルチア・ジョス?」

「どういう意味かはわからないんだけど」

 もう一つは呼び出されたコントロールセンターでの彼女についてだが、こちらはちょっと思い当たらない。首をひねるモニカへ、サムがつけ加えた。

「実はあの時間、正体不明のコマンドがコントロールセンターから発信されたんだ。解析した結果どうやら機雷の起動コマンドらしくて、彼女との関係が疑われている」

 機雷ーーその言葉はすでに出た名前とつながっている。

 機雷事故で還らないルチア・ジョス。事故の報に蒼白になったリヴ・ローワン。

 モニカは眉を寄せた。もしかしたら自分は、何か大きな勘違いをしているのかもしれない。

 あのアイス・グレイの目元が光った理由。その瞳が見つめていたもの――ディスプレイ画面。

「サム……あの時、リヴは画面のダストリストを見ながら涙を浮かべてた。てっきりジッブス曹長のことかと思っていたけど、あれがもし」

 ルチアのためだったら――

 モニカの言葉を聞くや、部屋の端末にとりついたサムは、急いでディスプレイに連合側の機雷敷設記録を呼び出した。

「モニカ、ルチアの事故の詳しい日時は」

 もちろん自分の誕生日は忘れない。サムがうなる。

「ないな」

「たぶん、これ完了済みの記録なんだと思う。あれは事故のため中止されたから」

「事故座標は?」

 これも事故後の探索に当たったのでよく覚えている。今度は画面をダストリストに変え、座標数値を入力して検索。しばらくしてサムはコントロールセンターを呼び出した。

「今から送る時刻と方位から入った通信で、発信元不明な記録をこちらに送ってくれ」

 画面向こうの青い制服は了解と応えて、少しの間がある。

 今やモニカにもサムのしようとしていることがわかった。しかし、そんなことがあるのだろうか。

 ルチアが還ってくるなどという奇跡が。

「きた」

 それは短く単純な印だ。しかしサムが隣に表した送信記録を並べると、その意味は一目瞭然だった。モニカは息をのむ。

「これ……機雷の起動コマンドに対する応答?」

「うん、リヴ・ローワンの呼びかけに応えたんだ。そして」

 ディスプレイが地球周辺の衛星軌道図に切り替わり、いくもの光線の一本が赤く示された。

「現在スイングバイ軌道に乗って地球に接近中のダストがある。おそらく、これが応答した機雷。ダストリストに載っているのは、機雷周辺の浮遊物質が感知されたからと思う。最接近は約四千キロメートル、あと3時間で静止軌道内に入る」

 たいがいの浮遊物質はダストリストに載っている限り、宇宙船や人工衛星はこの進路を予測して回避できる。だが回避距離が短ければ。

「機雷の追尾システムにひっかかっておしまいだ」

 キイボードを打ち続けるサムの手元を見つめながら、モニカはごくりと喉を鳴らした。

 機雷はスラスターを噴射させ、それまでの軌道を外れて獲物に襲いかかるだろう。それが静止衛星軌道内であったなら。

「ケスラーインフレーション……?」

 衛星密集軌道で一度破壊が生じると、破片が次々他の人工衛星を襲う玉突き現象が起き、最後は大量のデブリが地球全体を覆ってしまう。そうなれば地球のインフラは破壊され、周辺の宇宙航行も困難となり、太陽系生活圏へも深刻な影響を与える。このために、A級宙航士以外による静止軌道内の進入が厳しく規制されているのだ。

「今、追尾システムの解除コードを送らせた。すぐに処理作業に出かける」

「私も行く!」

 扉へ向かうサムの腕をモニカが引き戻す。

「だめだ。危ない」

「今更だよ、サム」

 モニカは苦笑した。そもそも機雷掃宙は、今の自分に与えられているミッションだ。そこでサムの黒い眉が寄るのに気がついた。

 困っている、あのサム・ゴトーが!

 これまでさんざん彼に振り回されてきたモニカには、場違いとは知りながら、どうにも小気味がよい。

「だいたい私とサムはコンビでしょ」

 相手の口癖を逆手に取ったところへ、サムの端末が鳴った。困惑の眼差しをモニカに向けたまま、サムが端末にはいと応答する。

「え」

 一瞬の驚きを浮かべた顔がすっと表情を失った。低いうなずきが間をおいて続き、その中で一度だけ、しかし、と入ったが、結局通信は先ほどと同じくアイアイ、ハナの言葉で終わった。

「連合側から提出された機雷の解除コードが、すべて効かない。どうやらリヴ・ローワンがコードを書き換えたらしい」

 そして、と、サム・ゴトーは見開かれる緑の瞳をまっすぐ捉えた。

「黙秘を続けているリヴ・ローワンが、モニカ・トレディに面会を希望しているそうだ」



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