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最終話 決着

これにて完結です。

 シルヴィアとの約束の時。

 マルスは一人先に待ち、壁に掛けられた肖像画を眺めていた。

「君のお母さんはある村長の娘だったそうだね」

 ドアが開く音が聞こえたマルスは唐突に語り始める。

「しかし、その村は戦争によって滅亡。村長も傭兵によって殺され、やむなく村民を率いて王都へ援助を申し込んだらしい」

 王都に滞在中、マルスは決して遊んでいたわけでない。

 己の興味のあること、すなわちシルヴィアの母について徹底的に調べていた。

「本当に、惚れ惚れするよ」

 マルスはクツクツクツと喉を鳴らす。

「門前払いにしようとした役人を一喝し、与えられたスラム地区を最も治安の良い区画へと変貌させ、挙句の果てには側室でなく、王の正室の座を射止めた」

 まさしく伝説。

 マルスは思う。

 もし、自分が彼女の立場なら同じことが出来るのかと。

 その答えは決まっている。

 不可能だと。

 神が己に付いていたとしても半分しか達成できないだろう。

「君のお母さんは巨人、まさしく太陽だ」

 ここでようやくマルスは振り向く。

「さて、君はそのお母さんの血を受け継いでいるのか。万年雪すら溶かす太陽の娘、その力の片鱗を僕に見せて欲しい」

 マルスの視線の先にいたのはシルヴィア=ローゼンハイム。

 純白のドレスにティアラ、ガラスの靴といった正装をその身に施し、煮えぎたる誇りを胸に宿して立っていた。


「「……」」

 互いに無言で席に着く。

 テーブルの上にはワインとチーズが乗せられていたが、双方とも手に付けない。

 ただ、この場の空気を味わっていた。

「……」

「素晴らしい肖像画だろう?」

 シルヴィアの視線が、ひっきりなしにマルスが眺め続けていた絵へと向かっているのを見て楽しんでいたマルスが自慢話を始める。

「ある中古絵画展で見つけたんだ。値は張ったけど後悔していない。何故なら金でこの絵を手に入れたのだから」

 マルスは目を閉じて胸に手を当て、その絵の入手経路を事細かに説明する。

 その大仰な身振り手振りにシルヴィアはふざけているのかと考えたが、よくよく考えればマルスは人を小馬鹿にするときはニヒルな言動をすることから違うと判断した。

「絵師は誰なのか?」

「残念ながら誰が描いているのか分かる痕跡はなかった。販売員曰く、絵師は己の存在などどうでも良い、ただこの人物の素晴らしさが残ればそれで良いと思い、名を残さなかった。いやあ、素晴らしいよね。芸術に徹した絵師も、そしてそうまで言わしめたこの人物も」

「そうだな、私はこの人物の足元にも及ばないだろう」

「そうだね。今の君はこの人物の威光によって輝いているだけ。いわば太陽に照らされた月のような存在だ」

 珍しくマルスは辛辣な口調で同意する。

「僕としてはそろそろ君自身が輝いてほしい。そう、この肖像画の人物、君のお母さんよりもずっとね」

 壁に掛けられていたのはシルヴィアの母。

 奇しくも今のシルヴィアと同じ装い、白いドレスにティアラ、ガラスの靴。

 金髪碧眼も彫りの深い顔立ちも全てが同じ。

 まるで十、二十年後のシルヴィアが額縁に納まっているようだった。

 しかし、百人中百人が口を揃え、二人は似ても似つかないと評するだろう。

 彼らの共通点はただ一転、その瞳。

 シルヴィアの母は柔和な笑みを浮かべながらも、その目には灼熱を宿していた。


「嫌がらせなことこの上ないな」

 シルヴィアは憎々しげに言葉を紡ぐ。

 シルヴィアは今日、生涯をかけて臨んだ。

 なのにそれを出迎えたのはシルヴィアの母。

 神の悪戯により、来ている服装全てが同一という奇跡が待ち受けていた。

「うん? 動揺した?」

 してやったりといった表情でマルスは身を乗り出して笑う。

「断っておくけど、狙ってやったわけじゃないよ。君が着てくる服なんて神かシルヴィア自身にしか分からないし」

 そのマルスの言葉は信じても良いだろう。

「……ふう、はあ……」

 二、三度シルヴィアは深呼吸する。

 己の激情を抑えるためか、これからやることを整理するためか、それとも両方か。

「……」

 そんなシルヴィアをマルスは茶化すことなく、黒玉色の瞳でずっと見つめていた。

「お願いがあって来た」

 シルヴィアはそう口火を切る。

「……」

 マルスはその内容について見当が付いているが、口を挟まない。

 本人が良いと言うまで言わせるのが彼の矜持である。

「ルスト王国を救ってほしい。このままでは十二神器の保持者によってルスト王国民が虐殺されてしまう」

 シルヴィアの投じた一石は、巨大な渦潮と化した。

 穏便に終わらせることはあり得ない、必ずガウェイン皇国かルスト王国の血が流れる。

 流れる血を最小限に抑えたいというのがシルヴィアの願いだった。

「十二神器の保持者――バロック=ウェスタン。奴を葬れば全てが丸く収まる」

 此度、ガウェイン皇国が侵略してきた最大の原因。

 バロックが消え去り、そしてシルヴィアが停戦を宣言すれば流れる血の量は大幅に減るというのがシルヴィアの見方だった。

「その見識、間違ってはいない」

 背もたれに体を預けたマルスは返答を始める。

「ルスト王国にとって、シルヴィアにとってその回答は最高だろう。しかし、僕にとっては最悪だ。同じ保持者と戦い、命を危険に晒してまで得るモノは何? まさかルスト王国民の笑顔なんて変なことを言わないよね?」

 十二神器の保持者と戦うなどマルスにとって最悪この上ない。

 しかも己にとって関係の薄い人や国のため。

 やる意味が分からなかった。

「確かにマルスにとっては得るモノは少ない。しかし、マルスの一部だと有り余る光栄だ」

「うん?」

 シルヴィアの言い回しが分からず首を傾げるマルス。

 そんな彼にシルヴィアは近づき、そして膝をついた。

「我、シルヴィア=ローゼンハイムはマルス=ファルシオンに全てを捧げる。髪一本、血一滴に渡るまで全てマルスの物になると誓おう」

 それは契約の証。

 己の全て、すなわち意志も権利も全てマルスに委ねるという意志表示である。

「君は神から与えられた意志と言葉を放棄するのかい?」

 そんなことを誓われたのはマルスにとっても初めてなのだろう。

 心なしか震えている。

「神は意志と言葉を誰かに手渡す自由も与えている」

 そんなマルスにシルヴィアは間髪入れず責め立てる。

 お願いしているのはシルヴィアだが、追い詰められているのはマルスだった。

「僕がこのナイフでその首を描ききれと命令すれば従うかい?」

「ああ」

 シルヴィアには迷いがない。

 自然な手つきでナイフを手に取り、己の首元に充てる。

「……それが君の覚悟か」

 頸動脈にナイフを当てたシルヴィアを見下ろしたマルスは大きく嘆息する。

「分かったよ……それが君の意志というなら受け取ろう」

 マルスはクツクツクツと笑う。

「代価はきちんと払う。近日中にバロックの首を君に届けてみせよう。だから立ち上がれ、シルヴィア」

 マルスはシルヴィアの名を呼び捨てにし、そしてドレスに付いた埃を払う。

 その光景を、絵に収められたシルヴィアの母が見守っていた。


「我等の王国を取り戻せ!」

 運命の日。

 イリーナの扇動によってガウェイン皇国に反感を持っていた市民・兵士が決起。

 その混乱は瞬く間に王都中に伝播し、どの場所も手の付けられない有様となった。

「ふうん。あの近衛騎士は扇動と軍事の才能を持っているのか」

 イリーナの指揮する兵とガウェイン皇国の駐屯兵が争っているのをマルスは離れた場所で、正確には民家の屋根の上で眺めていた。

 マルスは一般兵と戦わない。

 あくまで十二神器の保持者とのみ。

 その条件にイリーナは渋面を作ったが、シルヴィアが反対しなかったので、立場上従うしかなかった。

「けど、それには理由があるんだよねえ」

 一般兵と戦わないのは勿論わけがある。

 その理由は、もう少し経てば明らかなるがゆえにマルスは沈黙を貫き、イリーナの不評を買った。

「うん、そろそろ動き出したかな?」

 城がある方向が大人しくなる。

 それは安心感からくる静けさ。

 十中八九、十二神器の保持者が登場している。

「さてと。その顔を拝ませてもらおうか」

 マルスは屈伸して体を解す。

 来るべき死闘を控え、マルスは手に持つ十二神器――トールハンマーを背から取り出した。

 威厳のためなのか、十二神器の保持者を乗せているであろう馬車の周囲は兵で固めている。

 圧倒的な力を持つ保持者に護衛は不要なのにも拘らず用意したのは単に見栄のためか。

「どちらにせよ、上は空いているから問題ないのだけどね」

 如何に四方を固めようとも上と下は防ぎようがない。

 マルスはその例に倣い、屋根から飛び降りて一気に馬車へ迫った。


 ガラガラガラガラ! ドーン!


 雷鳴が響き、馬車とその周囲の兵に電撃が流れる。

 トールハンマーが発生させた雷撃。

 指向性の、集中させた一撃ゆえに馬車は原型を留めていなかったが、馬車馬と兵は痺れ程度で済んだ。

「さて、僕としてはこれで済めば嬉しいのだけどねえ」

 パリパリと周囲が帯電している中、マルスはそう希望を口にする、が。

「いってえな、目が覚めたぜ」

「やっぱり十二神器の保持者に不意打ちは効かないか」

 けし屑となった馬車の残骸から大柄な男が這い出てきたのを見たマルスは溜息を洩らした。

「これをやったのはお前か?」

 立ち上がった男はマルスを睨み付ける。

 年齢は四十代。

灰色の髪を短く刈り込み、目は猛獣のように鋭い。

巨大な体躯を持っているが、中年男性よろしく腹が少し出ているが、全体的に筋肉質の衣装を与える。

「初めまして。バロック=ウェスタン。僕の名はマルス=ファルシオンです」

 マルスは優雅にその名を口にする。

 十二神器の保持者。

 ルスト王国を滅ぼした張本人がマルスの目の前に立っていた。


「マルス……もしかすると噂の十二神器の保持者ってえのはお前か?」

 一瞬ポカンとしていたバロックだが、マルスの自己紹介にある記憶がよみがえった。

「そうだね。王女を攫い、王都に潜伏していた十二神器の保持者は僕だよ」

「クハハ、これはいいや」

 バロックは膝を叩いて笑い。

「ようやく俺と同類に会えたわけか」

 同じ十二神器の保持者と出会えたことを喜んだ。

「始めに礼を言っておこう、反十二神器同盟のお偉いさんをやっつてくれ。おかげで胸がスッとしたぜ」

「うん? 何故その同盟が出てくるんだい?」

「あいつらは、折角手に入れた巫女を殺したんだ」

 バロックは吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

「その美貌、その性格、そしてその肢体。どれを取っても一級品。あんな素晴らしい女など世界広しといえどもそうはいねえだろう」

「噂ではバロックが殺したことになっているけど」

「それは嘘だ、俺は殺しちゃいねえ。同盟の息のかかった輩に巫女は毒殺され、その咎を全て俺に押し付けやがるよう宣伝しやがった」

 濡れ衣を着せられる。

 それはどんな立場の人間であれ、腸が煮えくり返ること間違いなしの行為であった。

「最悪だぜ、反十二神器同盟」

「その気持ちは十分すぎる程にわかるよねえ」

 意外なことにマルスは同意する。

「ん? もしかしてお前のその同盟に痛い目を見たのか?」

「ああ、あの出来事は僕の中でも最大の失敗だ」

 マルスは苦り切った顔で吐き捨てる。

 彼自身が語らないゆえ詳細は知れないが、少なくとも今のマルスの形成において決定的な要因を与えたことは間違いなかった。

「クハハ、嬉しいねえ。十二神器だけでなく考えも俺と同じなんて」

 バロックはひとしきり笑った後、真面目な顔をして。

「なあ、マルス。俺と組まねえか?」

 そんな提案をマルスにした。

「俺もお前も反十二神器同盟が許せないという共通点がある。だったらそこで妥協しねえか?」

 バロックとしても同じ保持者であるマルスと進んで戦う理由がない。

 ゆえにそうマルスに問うのは至極当然である。

「が、条件があるけどな」

 後付けとばかりにバロックは続ける。

「絶世の美姫と謳われるシルヴィア=ローゼンハイムを俺に寄越せ。その代わりに俺はこのルスト王国から手を引く」

 巫女を手に入れ、ルスト王国も含めた国々から美女を囲い込むほどの女好きのバロック。

 それも当然の言葉である。

「噂によると殺された巫女の妹も側室に入れているそうだけど?」

「ああ、そうだ。その姉は死んじまったが妹も負けず劣らずの別嬪さんだ。俺は女が大好きだ。いい女を抱いて上手い酒を飲めれば俺は満足だ」

 クハハハハハ。

 とバロックは笑う。

 野獣根性丸出しの笑みをマルスは神妙な顔で眺めている。

「バロック。聞くけど、もし巫女が生きており、そして彼女を寄越せと言われたらどうする?」

「そんなもん呑めるわけがねえだろ。あれは俺のモノだ。誰にも渡さねえ」

「うん、そうだね。僕も同意見だ。だからシルヴィアは渡せない、もし欲しければ力づくで奪ってもらおう」

 マルスはトールハンマーを構える。

 今のが最後の問いかけ。

 バロックの答え如何によって戦闘が始まる。

「クハハハハハハハハハ! いいねえマルス! 一人の女を取り合っての決闘は大好物だよ! 国や正義なんかよりよっぽど燃える!」

 シルヴィアという一人の王女を巡って二人が殺し合う。

 その状況にバロックはいたく気に入ったようだ。

 一際大きい高笑いの後、腰に手をやる。

「十二神器の一つ。双剣――カインとアベル」

 一つ一つはショートソード並みの短さ。

 刀身は軽く反っているせいかさらに短く見える。

 しかし、やはり十二神器なだけがある。

 今の技術では再現不可能な装飾がなされており、飾り一つとっても一流の芸術品だった。

「さあ、やり合おうぜマルス!」

 その言葉を吐くと同時に、バロックは強化された身体の力によって一足でマルスの間合いに詰め寄った。


 バロックの獲物が軽装備の兵を標的にしているのなら、マルスの獲物は騎馬に乗った重騎士を馬ごとなぎ倒す代物。

 当然リーチはマルスに分がある。

「近づくな、うっとおしい」

 マルスの戦略は中距離からの攻撃。

 バロックが攻撃できる範囲に近づけさせないことである。

「クハハ、そんなつれないこと言うなよ」

 マルスの金槌の嵐を掻い潜って接近しようとするのはバロック。

 その身軽な特性を生かし、マルスの攻撃範囲ギリギリにおり、隙あらば近づこうとした。

 どちらが有利なのかは神にしか分からない。

 空振りしている回数はマルスの方が多いが、その分当たれば終わる。

 巨大な鉄塊を紙一重で避けるという所行はバロックの精神を大きく削っていた。

「ぐ、うう……」

 均衡状態が続くと思われたが、しばらくすると崩れ始める。

 バロックの足が鈍り始め、当初の様な軽業師の軽快な動きが影を潜めてきた。

「っ!」

 バロックが一息吐いた瞬間、偶然の一撃が彼の肩に襲い掛かる。

 ガアン!!

 その大きな一撃にバロックの肩当は無残にも破壊され、その本人も馬車の残骸の中へと突っ込んだ。

「スタミナ切れかな?」

 無傷のマルスは鼻を鳴らし、トールハンマーを肩に担ぐ。

「十二神器を手にして大分鈍ったんじゃないの? 駄目だなあ、体は全ての資本だよ。女や酒に惑わされたら保持者失格だね」

 マルスの聞いたところによると、ルスト王国を滅ぼしたバロックは夜な夜な酒池肉林を繰り返し、不衛生の極みだったという。

 元は山賊の頭領らしく引き締まった体をしていたが、現在は腹が出ており、マルスと比べると瞬発的な膂力はともかく持久力の面では大きく劣っていた。

「クハハ、言ってくれるねえ」

 マルスの辛辣な言葉にバロックは怒るどころかその通りだと笑う。

「俺は確かに鈍った。が、それも良い。何故なら俺にはこれがあるから、な!」

 バロックは左手に持ったアベルを右手のカインへ付ける。

「喰らえ! カイン! アベルを取り込み、その真の力を発揮しろ!」

 バロックの叫びが響くと同時にアベルは震え始め、瞬く間に縮小・消滅していった。

 そして残されたカイン。

 グニャグニャと変形して色が変わっていく。

 それが一段落した時、目の前にあったのは長剣ほどの長さになった黒剣――カインだった。

「『殺し』の現在を背負ったカイン! その力を見せつけてやれ!」

 バロックはカインを振り上げてそう叫ぶ。

 カインの刀身からどす黒い瘴気が噴出し、刃の形となってマルスへと向かった。

「っ」

 その刃は異様に速く、マルスは辛うじて避ける。

 そして、掠った個所は黒く変色し、それが徐々に広がっていった。

「触れない方が良いぜ、それ」

 バロックはカインをだらりと下げ、声高に笑う。

「この剣に触れた代物はあらゆる機能を『殺す』――掠った衣服はもう使いもんにならねえよ」

 バロックの言う通り、触れた衣服はぼろぼろと崩れ、マルスの肩を露出させた。

「万物を殺すカインだが同じ十二神器はどう! かな!」

 再び戦闘が始まった。

 真の力を解放したせいか、身体能力は以前より上がっている。

 加えて刃を飛ばすカマイタチ。

 誰がどう贔屓目に見てもマルスが不利だった。

「……」

 防戦一方に回ったマルス。

 衣服のあらゆる箇所が殺され、肌にもついてしまっている。

 しかし、それでも致命傷を許さないのはマルスに一日の長があるためか。

「お前、すげえな」

 思わずバロックも感心するほど。

 マルスは唯一殺されないトールハンマーを器用に扱い、決定的一撃を避けていた。

「ここまで耐え切ったのはお前が初めてだぜ。もう一度聞くが俺と組まねえか、シルヴィア王女を差し出せば俺は何も言わねえよ」

 剣先を地面につけた状態でバロックはそう繰り返した。

「……相変わらずシルヴィアに拘るんだな」

 肩で大きく呼吸したマルスは苦しみながら言い放つ。

「僕もついさっきまでは一も二もなく承諾していただろう。何の縁もない王女一人でこうして命の危険に晒す必要はなくなるんだけどね」

「つまり今は違うと?」

「そう、彼女は神から与えられた意志と言葉全てを僕に委ねた。それほどまでの覚悟を示されちゃあ、応えないと人間失格だね」

 マルスにとって意志と言葉は何人たりとも邪魔できない神聖な代物。

 それを差し出すという行為は、マルスは出来ず。

 己にできないことをやってのけたシルヴィアをマルスは心から尊敬していた。

「へえ、それはますます興味がわいてきたな」

 当然というか、バロックは俄然やる気になる。

「お前さんの心を奪ったシルヴィアとやらが欲しいぜ」

 バロックの興味は目前の戦闘よりこの後。

 つまり彼の中では終わった気になっていた。

「……シルヴィアは断じて諦めないんだな?」

「ああ、そうだ。お前を殺してでも奪うぜ」

 バロックの言葉にマルスの空気が変わる。

「――やれやれ、僕も真の力を解放しないといけないか」

 しかし、すでに勝利を確信し、油断しきったバロックの耳にその呟きは届かない。

 ――それがバロックの敗北に繋がった。

「トールハンマーの持ち主は雷神トール。その力の一端を見せてやろう」

 そう言うや否やだった。

 辺りを眩ませる閃光、爆雷、そして電磁波。

 光が消えた瞬間、バロックの手に持っていたカインは真っ二つに折れていた。

「な……あ?」

 間抜けな音がバロックの口から洩れる。

 相当距離が離れていたはずなのに、気が付けばマルスがすぐそこにおり、しかも彼の持つトールハンマーがカインに振り下ろされた状態だった。

「雷は何人たりとも察知できない。気が付いた時には全てが終わっている」

 雷の後に残されるは音のみ。

 すなわち『やった』という過去が残される。

 その事象を体現させるのがトールハンマーの真の力だった。

「なあああああああ!!」

 しばらく経ち、正気に戻ったバロックの絶叫が響き渡った。

「落ち着けよ、バロック。十二神器に欠損などありえない」

 マルスの言葉通り、残された柄の部分が震え、瞬く間に修復していった。

「おお、さすが十二神器だ」

 この現象はバロックも初めて知ったのだろう、嬉しそうに元に戻った十二神器を振り回す。

「――が、それには当然代価が必要だ」

「なあ?」

 ガクリと、ごく自然な動作でバロックは膝をつく。

「何だ、これ? 力が入らねえ」

 今、己に起こっている現象を理解できないバロックは辺りを見回した。

「力の代償だ」

 唯一知っているマルスは説明を始める。

「十二神器は使用者に莫大な力を与えるが、際限なしに与えるわけじゃない。当然見合った活力が必要となる」

 極論を言えば十二神器は一般人でも扱える。

 しかし、そのための活力が莫大なため、一振りもしないうちに干上がってしまう。

 十二神器を扱えるのは神の気まぐれによって生み出された、生まれながらにして規格外の活力を持つ者のみであった。

「しかもその保持者も活力が無限大にあるわけじゃない。当然使いすぎれば干上がる、そして十二神器の真の力を解放するとなると普通の状態とは比較にならないぐらい消耗する」

「だからお前は防戦に回っていたのか?」

「その通り、真の力を解放するということは決死の状態。それを凌げば勝ちだからね」

「……」

「そして止めに十二神器の破壊だ。ガス切れ状態なら力を発揮できないだけだが、破壊されたとなると十二神器自体の防衛機構が起こり、宿主を殺してでも修復しようとする。で、それが今の状態」

 バロックはもはや何も言わない。

 いや、言えないと言うべきか。

 カインは宿主であるバロックの活力を根こそぎ奪い取り、それこそ髪が真っ白になり肉体は萎び、歯が全て抜けてもなお吸収しようとする。

 最後は骨と皮だけの状態となったバロック、すでに息絶えている。

 その死骸の隣に無傷となった十二神器、カインとアベルが突き刺さっていた。




 その後、ルスト王国の国王以下重臣は解放され、ガウェイン皇国の兵も本国へ帰還したことにより、主権は完全に戻る。

 ただ、それでめでたしめでたしというわけにいかず、マルスとの約束通り、シルヴィアは正式に彼の領土へ赴いた。

 シルヴィアのことを気に入ったマルスは彼女を名代へと抜擢し、多少の制約はあるものの、その領土内において最高決定権を持った。


 そして、時は流れ。


「ミディア! マルスは何処にいる!?」

 城内にてシルヴィアの怒声が響き渡る。

 年を経たシルヴィアはますますその美貌に磨きがかかり、マルスの領土だけでなく世界に三指に入る美姫として名を馳せていた。

「ひゃう!? も、申し訳ありません。ご主人様はつい先ほど旅だったそうで」

 何処からともなくミディアが現れてそう報告する。

 ミディアも姿形こそ幼さが抜け、一女性として相応しい美しいが、その性根は昔から変わらず、怯えた小市民然。

 シルヴィアはミディアに対して怒ったわけでもないのに頭を抱えて震えていた。

「あ! い! つ! めぇ~!」

 ミディアの報告にシルヴィアは地団太を踏んで怒りを表現する。

「我が国の女王が参られるのだぞ! 前回も前々回もいなかったせいで私がどれだけ言い訳に苦慮したか!」

 マルスの自由奔放さは国内で有名。

 十二神器の保持者ゆえ大目に見られているが、それらの鬱憤が全てシルヴィアに来ていた。

「あの…僭越ですが。十二神器の保持者たるご主人様の言動を咎めるのは間違っているかと――ごめんなさいごめんなさい」

「あ?」

 シルヴィアの眼光を受けたミディアは蹲り、何も言わなくなった。

「ミディア! 今すぐマルスを追い! 一刻も早く連れ戻して来い!」

「え! 今からですか?」

 シルヴィアの命令にミディアは顔を上げる。

「あの、本当に申し訳ありませんが。私の娘、アディアとの約束が――」

「私も娘のマリアとの約束を不意にしなければならないのだぞ?」

「いえ、何でもないです。すぐに用意して出発します」

 ミディアに拒絶の権利はない。

 そのことを思い出したミディアは、泣きべそをかきながらいそいそとその場を去って行った。

「そして……イリーナに伝えろ! 近日中に訪れる女王に危害を加えようとする愚か者の侵入を許すなと!」

 シルヴィアは従者を呼び出してはテキパキと指示を出していく。

 彼女の支持は要領を得ており分かり易い。

 昔はともかく、現在では彼女に逆らう者はマルス以外いなかった。

「ああ、もう忙しい忙しい」

 シルヴィアはあちこちと駆け回っていく。

 その光景を遥か高い場所にある絵。

 シルヴィアの母の絵が見守っていた。


ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。

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