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一話 数Bは理解不能

 地球の地軸が傾いていることに関して、わたしは心から喜びを感じている。もし今の角度で地球が自転していなかったら、春の麗しさも夏の切なさも秋の美しさも冬の輝きも感じることはできなかったのであろう。それぞれの季節にはそれぞれの美点があり、わたしはそれらのすべてが好きだ。しかし、だ。しかしながら、梅雨という季節だけはどうしても好きにはなれない。じめじめとした湿気が不快であるし雨が降り続けて退屈であるし、洗濯物が乾きにくいのも非常にめんどうである。北海道は梅雨がないらしいので、本気で移り住みたいと考えたことさえあるほどだ。もちろん、南国、九州から日本の北端に移り住むには様々な弊害があるので断念した。よくよく考えれば冬は5度くらいで布団から出られなくなるわたしが氷点下が当然の白い世界で生きていけるともおもえない。そんなわけでわたしは窓の外のしとしと小雨の降り続ける景色をぼんやりと眺めていた、最大限に嫌悪感を湛えた瞳をむけて。微分について熱弁する中年の男性教諭を気だるそうな目で見つめる他の生徒達よりは幾分か有意義に視神経を活用しているはずである。

 窓の外には白亜の校舎がみえていた。なんでも国だか県だか知らないがどこからか文化財指定されているらしいこの建物は築百年以上の歴史と埃のつもったものであり、そのことに関して教師陣やOBは鼻高々に語るのであるが、そんなことは一般生徒からしてみればどうでもいいことであり、使いにくく古臭い建物という評価以外はもたらされないのである。頬杖をついていた右手を伸ばし、目だたぬように小さく伸びをして、意味もなく小さく嘆息した。教室前方に設置されている埃まみれのスピーカーから不協和音が鳴りだしたのはわたしのため息が前の席の男子生徒のうなじをくすぐるのとほとんど同時であった。教室に響くハウリング音に、メガネをかけた頭髪のうすい中年教師も、机に突っ伏して夢の世界を小旅行していた隣の席の山本も、いつも真面目にノートをとっているくせに成績は悪い学級委員も、教室にいるほぼ全員がスピーカーにまんまるにした目をむけた、もちろんわたしも。特大音量のハウリング音は大きくなったり小さくなったりを繰り返し、しばらくするとザー、という機械音に切り替わった。クラスメイト達がお互いに顔を見合わせ、こそこそと、つまらない授業をうちやぶった突然の英雄的異音の正体について憶測を飛ばし始めるころに、スピーカーは歌い始めた。

 ――ドブネズミと一般的に呼ばれるのは別名チャイロネズミ、クマネズミの一種の大型のネズミだ。平均的日本人の美的感覚からすれば到底、かわいらしい容姿とは呼べない小動物である。しかし、スピーカー、いやスピーカーから流れる声の主はそのドブネズミを美しいと称え、写真には映らない美しさがあるのだと熱唱した。

 スピーカーの主が歌っているメロディは教室にいる誰もが聞いたことのある、80年代に大ヒットしたパンクバンドの代表曲である。しかし普段聞いているCDから流れる声とは随分と声質が異なる。甲本ヒロトではない誰かがリンダリンダをうたっていた。

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