第二話 放課後
「よーし! 張り切っていくぞー!」
大声で叫んで気合いを入れ直し、もう一回練習だ! と意気込んでいたが、俺以外の誰も立つ気はないのか地面に寝そべっている。汗もだらだら流し、息も絶え絶えだ。
「まさか、こんなに体力があるとはな……」
武史はゆっくり立ち上がるが、膝に手を当ててくる苦しそうに息をしている。
へっ! 元サッカー部のくせに体力がねーな。さてはそれが原因で補欠だったのか? いくら上手くてもすぐにへばるようじゃ補欠のままだよな。まぁ、サッカー部がどんな感じでレギュラーを選んでるかは知らんけどそんなもんだろ。
「楽しいからな! こうやって皆で何かを目指して頑張るってのは。楽しいといつもより疲れないんだよ」
頭がスーッとして気分がいい。集中力も高められている。
「だからって、それはおかしい……」
寝転がっているクラスメイトがヘナヘナなツッコミを入れてくる。ツッコミを入れる気力も残ってないようだ。
「まぁ、だんだん暗くなってきたし、帰るか?」
俺はまだまだイケるが他のメンバーがダウンしてては練習はできない。今日はもうお開きにした方がいいみたいだ。
「ちょっと待って……休んでから」
武志はまた地面に転がって休み始めた。
武志たちは荷物を持って来ているからそのまま休んだあとに帰れるが、俺はそうじゃないから一度教室に戻らないといけない。俺も持ってくればよかったと後悔した。
「へーい。じゃあ、俺はサッカー部にボール返しに行くわ」
と言ってもすぐそこにいるけど。
ボールは一つしか借りれなかったが今日はよく練習した方だと思う。この調子で頑張って、球技大会で一回戦……いや、優勝する!
「これ、返すよ!」
俺は意気込んでサッカー部の連中がいる方向にボールを蹴る。
「あ……」
全然違う方向に蹴ってしまった。
「お前、どこにボール返すつもりなんだよ……」
武志のツッコミはもっともだった。
ほんとにな。取ってこよ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ボールもサッカー部に返し終わり、教室に戻ってきた俺はよいしょと椅子に座る。ふー……、と溜息を吐く同時に今までの疲れが襲ってきた。汗がだくだくと滝のように流れ、机に倒れた。
楽しいのが過ぎると一気にお休みモードになる。旅行中は楽しいけど帰ってきたあとは熟睡、ってな感じなんだよなー。
今は誰も教室にいないからよかったけど美咲がいたらスゲー心配してくる。なんともないのにオロオロし出す。本当に余計なお世話ってくらいに心配してくれる、いい幼馴染みだ。
「務、まだいたんだ……よかった」
しばらくの間、机に倒れていたら美咲が近づいてきた。慌てて起きるが汗はさっきよりはかいていない。ほっと溜息を吐く。しかし、美咲と一緒に来たやつを見たら俺は完全に凍りついた。
背はそんなに高くもないが顔つきは童顔で幼く見え、性格も大人しめで女子によく可愛がられている男。そして、男のくせに俺を好いているという同性愛者疑惑が上がっている男。
夏木飛鳥がそこにはいた。しかも、俺を見るなり恥ずかしそうに美咲の後ろに隠れたぞ。
「美咲、なんでまだいるんだ?」
もう遅いから帰ったと思ってた。というか、今日はサッカーの練習から先に帰ってろ、みたいなことを俺は言った気がするが……まあいいか。気にするようなことでもないな。今はお前の後ろにいるやつの方が気になるわ。
「私も練習してたの。先生に頼んでみたらバトミントン部からラケットと羽根を借りてきてくれたんだ」
球技大会が近いから一般の生徒にも借りれるようにしているんだな。俺はサッカー部に知り合いがいたからすぐに借りれたけど。
「美咲ってバトミントンだっけ?」
「うん。結構上手いんだよ? 私」
「どうでもいい」
子供の頃に一緒にやっていた気がする。
俺は下手くそだからいっつも負けていた。その度に美咲が嬉しそうに喜ぶもんだからやめるもんにもやめれなかったんだ。
「ひどっ!」
「で、夏木を連れていったのか?」
「うん! 暇そうにしていたからね!」
「えっ!? 違うよ! 帰ろうとしたところを山本さんが無理矢理止めたんじゃないか!」
いらないことをしてくれたな! と念を美咲に送るが全く効果なし。美咲には念は届かないみたいだ。
「そうだっけ? そうだったかも」
美咲の言葉に夏木は不服そうな顔をしていた。
「ふーん、それで夏木とやっていたというわけ」
でも、夏木って基本的に運動ができないんじゃなかったはずだ。いっつも体育は見学か審判役だし、走る姿なんて見たことはない。余程の運動音痴みたいである。
「ううん、別の人とやったの。夏木には審判役になってもらったよ」
「二人でしかやらないんだから僕はいらないんじゃないかって言ったのに……」
確かにバトミントンは二人でやるんだから審判なんて自分たちで適当にやればいいとは思う。夏木と同じ意見というのは不服だが。
「じゃあ、僕は帰るからね」
「うん。また明日ね、バイバイ。ほら、務も挨拶!」
お前は俺の母親か! そんなツッコミが瞬時に浮かんだ。
「はいはい、さようなら」
とっとと帰りやがれ! ホモは家に帰って大人しく寝てろ! そしてそのホモという病気を治せ! 断じて俺はお前のことは好きではないんだからな!
そういう気持ちを視線に込めながら夏木を見送る。
夏木が出ていくと、美咲は怒ったような顔つきで声を大きくする。
「もうっ、夏木も球技大会に出られなくて寂しいんだから、そういう態度はよくないよ?」
「うん、そうだね」
だからなんだという話だ。俺はあいつに好かれているかもしれないのだ。ここで好感度を下げずにいつ下げるんだよ。
美咲には悪いが夏木に対する俺の態度は見逃してほしい。今度プリン奢るからさ。
美咲は俺の態度に呆れたのか溜息を吐いた。
「……務って夏木のこと嫌いなの?」
「いや、夏木が俺のことを嫌ってほしいんだよ、俺は。美咲だってあの噂くらい聞いているだろ?」
夏木がホモであるという噂とその夏木が俺のことを恋愛対象として見ているという噂。
美咲にだってその噂は届いているはずだ。
「噂は噂。本当かどうかなんてわからないじゃない」
美咲の噂もデタラメだったし、夏木の噂も嘘かもしれない。だが、夏木がよく俺のことをチラチラ見てくるから本当の可能性が高いし、その噂を夏木は否定も肯定もしないから余計に本当かもしれないと思ってしまうのだ。
「……美咲はどうしてそこまで夏木をかばってんだよ? もしかしたら俺もそういうやつだって見られているかもしれないんだぞ?」
俺は普通の嗜好をしてないかもしれないが、異常と言えるほど狂ってるわけじゃない。俺は普通に女の子が好きだ。
それなのにあいつのせいで俺は変な見られるかもしれない。幸いにも、このクラスではそういうやつはいないが他のクラスではわからない。俺もそういうやつだと思われているかもしれない。
「それは大丈夫だよ。皆、務がそうならないって思ってる」
俺はその言葉にものすごい苛立ちを感じ、相手が美咲だってことを忘れて声を荒げる。
「どうしてそう言い切れるんだよ!? 俺はな、嫌なんだよ。はっきり言ってそういう嗜好が理解できないし、気持ち悪いってしか思えない」
美咲が俺の怒りに黙って聞いている。俺はそれが余計腹立たしかった。
「お前だって好きでもない相手を好きで、その上告白して振られて不登校になったって噂が流れて嫌じゃなかったのかよ!? 俺は嫌だった! 美咲がそんな理由で不登校になるなんて嫌だって思った」
美咲はこれでも黙っていた。自分は大人だから怒らない、とでも言われているような気分だった。
「……もういい、帰る」
俺たちは幼馴染みで、誰よりも仲がいいと思っていた。でも、そんな関係はいつまでも続かないんだ。そう感じられずにはいられなかった。