第一話 意外
今日は近々迫る球技大会に向けての練習を行っていた。
球技大会では男子はサッカー、バスケットボール、バレーボールの三つ。女子はバトミントン、ドッチボール、バレーボールの三つである。
俺が選手登録したのはサッカーとバスケットボール。バスケットボールにいたっては人数合わせの上、それで補欠である。まあ、バスケットボールはあんまり得意じゃないからいいんだけど。ドリブルなんてできないし。
「おーい、こっちにパスよこせー」
というわけで今日の体育は球技大会に出る競技に分かれ、それぞれの競技の練習を行っている。
ちなみに二つ以上試合に出る者は、球技大会で先に試合が行われる方から練習することになっている。ただし、補欠は出なくてもいいそうだ。
出たいならあとから出ろ、と担当教師は体育館とグラウンドを行き来しないといけないので(見張り、あるいは監督としていなければならないので)だるそうにしていた。
今日はほぼ自由に体育ができるので皆さんワイワイ楽しんでいる。
そんな中、俺は球技大会で出る競技であるサッカーをしていた。
「へーい」
武志が俺に向けてパスするかと思いきや、右方向にいた相手チームの選手にパスしてしまった。
「おっと、なぜかこっちにパスが来たぞ」
ボールを受け取った人が呆れながらに話す。
相手チームは隣のクラスの練習で構成されている。
体育は合同で行われるのだ。
「うわっ、バカ! 相手側にパスしてどうすんだよ!」
「ごめんごめん。手元、じゃなくて足元が狂った。俺、サッカー苦手なんだわー」
嘘つくな! お前は中学三年までサッカーやってたって最初の自己紹介のときに言ってただろうが!
つうか、俺にパスするとき俺の方じゃなくて相手チームの選手の方を見ながら打ってただろ! あさっての方向見てごまかそうった無駄だぞ!
「わざとだろ? わざとだよな? って、そこ! ニヤニヤすんな!」
相手チームのゴールキーパーがニヤニヤしながらこっちを見ていた。
俺たちのやりとりに笑ってしまったらしい。
「と言っている間にシュートが決められちゃってますけど?」
Bクラスの連中は俺たちAクラスの棒立ち守備を軽々とくぐり抜けてシュートを決めたようだ。
「うがーっ!」
なにこれ。これで三点目なんですけど。こっちのチームはまだ一点も入ってないんですけど。戦力に大きな違いがありすぎてこっちは涙目なんですけど。
「あーあ、来週の球技大会でBクラスと当たったら負けるな、こりゃ」
「だったら練習あるのみ! 取り返すぞ!」
と、意気込む俺。
こういう学校の行事は好きな方だ。
皆でワイワイ楽しくできるってのが面白い。
目指すは全競技優勝! ってのは願望であって、目標はどれか一つでも優勝する、だ。だから、経験者である武志を無理矢理サッカーの競技に出るように誘ったのだが……。
「だから、俺はサッカー苦手なんだって。これはマジだから。万年補欠だったから、俺」
武志は申し訳ない気持ちなど微塵も感じられないような口調で話した。
「……終わった」
俺の膝が地面に着くのと同時に、試合終了のホイッスルが鳴った。
今日のサッカーの練習はここまでである。ほんとに練習しないとマズイな、と泣く泣く思うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
体育が終わったらそのまま昼休みだ。
まだサッカーやバスケットボールをやっている連中もいるが、大半は教室に戻るか近くの木陰で休んでいる。
俺も少し休憩してから教室に戻ろう。
そう思って武志と一緒に近くの木陰で休んでいると、武志の彼女である佐倉さんが飲み物を持ってきて近づいてきた。
「はいこれ。ちゃんと水分補給しないとだめだよ?」
「わかってるよ。うん、美味しい。詩織が持ってきたからスゴく美味しい」
「もう、そんなので美味しくなるわけないじゃん」
なにこのカップル。俺の前で堂々といちゃつき始めたんですけど。
「あ、ごめんね。中谷くんの分は買ってきてないの」
別にそれが羨ましくて見てたわけじゃないんだけど……。佐倉さんに話しかけられて嬉しいからもうそれでいいや!
汗で濡れた髪が美しい。半袖短パン姿の佐倉さんも中々そそるものがあるな。
「そういえば、詩織ってあんなにバレーボール得意だったんだな。知らなかったよ」
「えへへ、ありがと。中学生のときにバレーボール部に入ってたんだよ、一年で辞めちゃったけどね」
照れながら佐倉さんは話す。
サッカーの練習が終わったあとに体育館に戻って休憩しながらバレーボールやバスケットボールを見ていたが、そのときに強烈なサーブやスマッシュを打ち出す者がいた。
それが佐倉さんってわかったときは俺を含めたクラスの男子も驚きの声を上げていた。
普段は女子と男子は別々で体育をやるからわからなかったが、はっきり言って意外過ぎる。
「顧問がスゴく厳しくて大変だったの。他にも何人か辞めちゃった人もいたし、ほんとにキツかったんだ」
「へー」
「武志くんも確かサッカー部に入ってたんだよね? 私、応援に行くから頑張ってよ!」
「……わかった。詩織のためにもぼちぼち頑張るよ」
武志は世界の終わりを見たような顔をしていたが、同情しようとは一切思わなかった。
身から出た錆というやつだ。観念して練習に励むことだな。
「中谷くんも頑張ってね!」
「精一杯頑張りますよ。まぁ、サッカー経験者の武志がいるから楽勝でしょうね。な? 武志」
「お、おう……あとで覚えてろよ」
「ん? 聞こえませんけど?」
はて? いったい何を覚えていればいいのかな?
「その気色悪い敬語口調やめろって言ってんだよ! 放課後、みっちりしぼってやるからな! 覚悟しろよ!」
そう言って武志は教室に戻っていった。
やられる側のセリフじゃないのか? って思ったが、元から放課後は練習するつもりだ。
サッカー部に知り合いがいるからそいつに頼んでボールを貸してもらうつもりだ。教えてもらうのもいいかもな。
というか、いつも俺は武志にいじられているけど、こうやっていじり返すのも中々気持ちいいな!
こちら側に佐倉さんがいるからこそできる行為だ。佐倉さんに感謝しないとな。
「私たちも戻ろうか。美咲ちゃんも教室で待ってると思うよ?」
「まぁ、美咲のためにも教室に戻ってやるか。言われたから戻るわけじゃないんだからな!」
決して佐倉さんに言われたから戻るわけじゃないぞ。美咲のために戻ってやるのだ。
俺、なんつーツンデレだよ。
「ふっ、なにそれ。ほんとに中谷くんって面白いね。将来はお笑いで頂点でも目指すの?」
こんなので目指せるほどお笑い界は甘くはないとは思うけど、佐倉さんに面白いって言われたのはほんとに嬉しい!
「二人で組むなら……武志は」
「基本は武志がボケで中谷くんがツッコミ。時々ボケとツッコミを逆になる、って感じだよね、役割は」
俺の言葉を遮って佐倉さんは言う。
結構佐倉さんもノリノリで俺と武志の役割を考えているのか、分析力がスゴイ。俺たちのことよく見てるなーと思う。
「佐倉さんも俺たちの役割よくわかってるね!」
「えへへ、伊達に武志の彼女やってませんからねー。意外と私の方が武志のこと知ってるかもよ?」
「それには頷けないなー。俺の方が武志といる歴は長いけど?」
武志とは四月からずっと仲がいい。
ちなみに、美咲は幼馴染みだからずっと仲が良く、優也とは一学期の席替えのときに隣同士になって仲が良くなった。
佐倉さんとははっきり言って仲が良くなったのは最近だ。武志と付き合っているという情報を得るまでは片思いの相手で、お互い話という話はしたことがなかった。
「でも、武志は私と付き合ってること中谷くんには内緒にしてたんでしょ? 私より仲がいいなら中谷くんに付き合ってること言ってるはずだよね?」
ギクッ!
中々痛いところを突いてくるな、佐倉さんは。
確かに佐倉さんの言う通りだ。俺よりも佐倉さんとの方が大事だったから俺には佐倉さんと付き合ってることを教えてくれなかったんだと思う。
それに武志と佐倉さんが付き合ってることを知れたのは、佐倉さんがそれを話してくれたからだ。
佐倉さんが嬉しそうに武志と付き合った経緯を話してくれたのは、きっと武志があまりそのことを俺に話すのをためらっていたからじゃないのかとも思っている。あくまで憶測の域ではあるが。
「あーあ、やっぱり女子には口では勝てないわ。そんなすぐに俺は反論の言葉なんて出ないよ。今だって結構考えてから話してるし」
美咲や妹と口喧嘩しようもんならこっちが有利であってもあいつらはどんどん反論してきて、最後には俺が悪かったみたいになることなんてしょっちゅうある。女子って怖い。
「確かにねー。中谷くんってあまり人の話をうんうん頷いて話さないし、あんまり話を聞いてないのかなーって思ってたけど違うんだ?」
そういえば……そうだな。頷くことなんてあんまりない。美咲にもなんかそれ関係で言われたことがある。
「『ちゃんと人の話は聞け!』って何度も言われたことがある。でも、それすら頷かないよ、俺は。だって俺は聞いてるし……ってどうしたの? 佐倉さん」
佐倉さんがこっちを真剣に見てくるものだから話しづらくなった。そんな重い話でないはずだけど、なんか気に障るようなこと言ったか? 俺。
「なんか中谷くんって私が思ってる人物像と全然違う。もっと子供っぽい人だと思ってたんだけどなー。美咲ちゃんは色々苦労してる理由がわかった気がする」
「俺って子供っぽいって思われてんのか!?」
失礼な! 俺はもう高校生だぞ! 一人でトイレ行けるし、一人で起きられる。これのどこが子供っぽいって言うのだ! なんかスゲー悲しいよ! そういうこと言われたら。
「ははは、それが子供っぽいの。ほら、教室戻ろ? あんまり中谷くんと二人でいたら浮気してるって思われちゃうよ」
そんな噂が出たらバッサリ斬ってやる。
今、佐倉さんと話していたけど、なんか友達と話している感覚だ。決して片思いの感覚じゃない。
なんか佐倉さんに対する思いがそうでもなかったんだって実感した気がする。
「って、早く戻って着替えないと時間ない!」
結構話し込んでしまって時間があんまりない。戻ったらすぐに着替えないと弁当食う時間がない! 腹減ったまま午後の授業はしたくないぞ!
「ほんと子供っぽい」
「そんなこと言ってないで佐倉さんも早く戻らないと弁当食えないよ!」
俺の様子はいたって普通のはずだったが佐倉さんは俺の様子を見て笑っていた。
「私は武志と付き合って正解かな。こんなコロコロ気分が変わる人じゃ疲れちゃうよ」
ああ! ほんとに時間ない! 佐倉さんには悪いけど俺一人で先に行かせてもらおう! 話は終わったみたいだし、別にいいよな。
そう思った俺は午後の授業を乗り越えるために必要な弁当を食らうため、全力で走り抜けるのだった。