第六話 プライバシー
翌日の月曜日。
昨日は妹と一緒に一日中勉強して疲れた。まさか午後も勉強するとは思ってなかった。
妹のことだから午後はどっかに遊びに行こうとするんじゃないかと疑っていたのだが、妹は午後も勉強していた。
おかげで教える方のこっちも疲れた。一つ一つの問題にかけている時間が多かったから、待ち時間が長くてヒマだったのだ。
そして、今日は月曜日。
学級閉鎖が終わって皆が登校してくる日である。
もちろん、月曜日から学校に行く予定だった美咲も今日来るはずなのだが、まだ学校には来てなかった。
ま、来てないのは当たり前なんだけど。まだ七時半だし、美咲どころか教室には俺を含めて三人しかいない。
今日も早く起き過ぎた。健康にはいいんだろうけどやっぱり慣れない時間帯に起きるのは眠い。机の上で寝られたらいいんだけど、寝心地が悪いから眠るに眠れない。
あーヒマだ。誰か早く来てくれないかなー。だが、夏木だけは勘弁だ! あのホモ野郎といたらいつ食われるかわからん! どうせ来るなら佐倉さんがいい。
でも、武志と二人で仲良く来たらそれはそれでげんなりする。朝からなんてもんを見せてくれるんだ……、ってなりそうだ。
ってことはやっぱり、一番話しやすい美咲に来てほしいな! 美咲来い! 早く来い!
「よっ! 今日は早いんだな」
俺の念を受け取ったの美咲ではなく、武志でも佐倉さんでもホモ野郎夏木でもなかった。クラスメイトの優也だった。
そういえば、優也はいつも早く学校に来るんだったな。すっかり忘れた。存在も忘れてた。それは本人に言っても許してくれるかな? ま、言わない方が吉ってことくらいわかってるけどね。
「おはよう。最近早く起きるようになったから早く学校に来たんだ。今日は五時に目が覚めた、眠い……」
「年寄りかよ、お前は」
「そういうお前は何時に起きたんだよ?」
こんな時間帯に学校に来るんだから結構お前も早く起きてんじゃないのか? と思って口にした。
「六時半」
「なんつーか、コメントしづらい時間帯だな。お前の家ってどこだっけ? そんな遠くないよな?」
「家から学校まで自転車で十分くらいかかるところだよ」
支度に三十分、朝食に三十分、学校に来るのに十分。
勝手に時間配分したがこんなもんだと思う。
朝食の時間が多い気がするが何も飯を食うだけが朝食の時間っていうわけでもない。後片付けに歯磨きも合わせればそんな時間配分になりそうだ。俺だって皿洗いくらいするし。
「そういえば、お前の彼女はどうなったんだ? 学校来るのか?」
「彼女って、誰?」
誰かと間違えてないか? 彼女がいるのは武志だぞ。くそ、憎たらしい。あとで挨拶されても無視してやる!
「えっ? なにその反応……まさか付き合ってなかったのか?」
「いや、だからなんの話だよ?」
こっちはチンプンカンプンなんだが。
「務ってさ、意外と鈍感なんだな」
「いや、ちょっと待て。まさかとは思うが……夏木のことじゃないよな?」
決してホモ野郎のことじゃないよな? と内心すごく焦っていた。
ホモ野郎と付き合ってるなんて噂が流れたら一巻の終わりである。普通の学校生活が送れることはないだろう。
「いや、夏木は普通に学校来てただろうが。山本さんのことだよ」
美咲のことか。確かにあいつはインフルエンザで休んでいた。
「なんだ、美咲のことかよ。それなら大丈夫だろ。月曜には学校来るって言ってたし」
言っていたのは美咲の母親だけどね。
「なんか先生に山本さんのことで頼まれてたらしいじゃん、務」
「え? なんで知ってんだよ?」
「いや、詳しくは俺も知らないよ。でも、そのトーンで話すってことはあまり触れてほしくないことなんだろ?」
「……で、誰にそれを聞いたんだよ?」
先生にはこのことは内緒にしておけって言われてから誰にも喋らないようにしていたんだが、まさか俺がうっかり話しちゃったか?
先生は先生だ。そういう生徒の個人情報をむやみやたらに漏らすはずがない。工藤先生ならなおさらだ。
「隣のクラスのやつがその話を聞いていたみたいだぞ。最初は別のやつから聞いたんだけどな、あとからその話をもう一回本人から聞いたけど」
「そいつは他の人にも喋ってんのか?」
「多分、他の人にも話してんじゃないか?」
「そいつは詳しいこと知ってんのか?」
「あんまり聞き取れなかったみたいだから山本さんが何かの理由で休んでるってことくらいしかわかんなかった、って聞いていた本人が言ってた。噂では夏木に振られて休んでいるってことになってるけど、どうせ違うんだろ?」
「察しろ」
「へいへい」
要するに職員室で俺が工藤先生と話していたときに偶然そこに居合わせた他の生徒がその話を聞いてたってことか。で、その生徒がさらにまた他の人に喋ったと。
なんて口のチャックがゆるゆるなやつだ。今度、無理矢理ふさいでこようか。ふっ、無闇に他人のプライバシーに関わったらダメなんだぜ。それも不登校かもしれなかった人のプライバシーを人に話すなんて非常識にもほどがある。
詳しい話はわからなかったみたいだけど、今度廊下で会ったらわざと肩をぶつけてやる。肩パンだ!
「おい、なんか顔が犯罪者になってんぞ」
「元からだ。気にするな」
妹と美咲、武志には散々言われた。
俺は悪巧みが不得意らしい。理由はすぐに顔に出るからだ。人前でなければその限りではないが。
「完全に気にするところだから、それ。普通さ、犯罪者みたいな顔してるって言われたらそんなわけないって答えるもんだから」
「いやだって、俺は自分で自分の顔がどうなってるか確認できないし、鏡もないし」
「それでも普通は否定すんの。お前さ、将来犯罪者になりそうな人一位に選ばれたらスゲー悲しいよ?」
「俺三位だった!」
「すでに選定済みだった!?」
「あと、恋人ができそうな人では一位だった! スゲーだろ?」
クラスでいちのカッコイイやつを二位に置いての一位だぞ。つまり、俺には二位にはない何かを持っているってことなんだよ。ははっ、イケメンに勝ってたんだよ! いまさら気づいたけど。まぁ、今さら気づいたところでどうこうできないけどな。
「……ほんとにバカだな、お前」
「うっせぇ。過去の栄光にすがりたいお年頃なんだよ」
武志は佐倉さんと付き合ってるし、目の前にいる優也はバスケ部に所属していて結構活躍している。
そういう俺は彼女なしで部活動も入ってない。休みの日はダラダラして一日過ごすし、ほんとに俺って負け犬だな……。しまいにはホモ野郎に好かれるし、俺の人生(まだ十六年しか生きてないけど)散々だよ!
「おはよう。なに話してるの?」
美咲が来た!
数日前に会ったばかりだというのにスゲー久しぶりに会った気がする。多分、普通は毎日会ってるもんだからそんな気がするだけだと思う。
「おはよう、美咲。インフルエンザはもう大丈夫なのか?」
「まあね。務こそ大丈夫なの?」
「なんともない。普通だよ」
逆に病気になりたいくらい元気だよ。さっきまで落ち込み気味だったけど、やはり美咲がいると安心するわ。
「そうなんだ、それは良かったね」
美咲が笑った!
とても一週間以上も学校に来てなかったとは思えないくらい元気がいいみたいで安心した。
と、視線を優也に向けるとニヤニヤしていた。
ヤバイ、美咲と話してたら優也のことすっかり忘れてた。たかが数十秒話してないだけなのに、目に入っていたはずなのに存在を忘れられるなんて……なんかよくわかんねーけどスゲーな!
「いやなんかさ、山本さんも苦労してんだなーって思った」
聞いてもないのに優也がニヤニヤした理由を話し始めた。
「どういうこと?」
「幼馴染みも大変だなーってこと」
「な、なんのこと?」
美咲の様子がおかしくなった!
目に見えて慌てているのがわかる。目が泳いでいたし、声も少し裏返っていた。
ああっ! 俺の方を見てきたから目線を合わせてやったのにすぐにそらされた!? なんかショック!
「あれあれー? 何をそんなに慌てる必要があるのかなー?」
「ううっ……」
ここぞとばかりに優也は美咲を責める。
いいぞ! もっとやれ! 弱っている女の子を見ると母性本能があふれてくるぜ! よしよししてあげたくなる。してあげたくなるだけでしないけどな。
なんか美咲が目で助けて光線を送ってきた。
だが断る! へっ! と笑って返してやった。
美咲は一層弱っていた。
「そんなんだからあんな噂が流れるんだよ、山本さん」
「え?」
「山本さんが夏木に告白したって話。それで振られたってことになってるけど?」
そういえば、そんな噂があったな。すっかり忘れてた。優也の存在と同じくらいに。
美咲が休んだときにその噂をちらほらと教室内でささやかれていた。続けて美咲が休んでいたもんだから余計にその噂は広まったし、美咲が休んだのもそれで落ち込んだからってなっていた。
「私、別に夏木のことそんなふうには思ってないんだけど。それに告白なんてしてないよ……」
なんと! あれはデマだったのか。
「でも、夏木と二人でいたって耳にしたけど? 美咲は夏木と一緒にいたんじゃないのか?」
「確かに夏木とは二人っきりでいたけど特に何かあったわけじゃないよ。務はその話を信じてんだね……」
ってことは、誰かが夏木と美咲が二人でいたところを見て早とちりした。それで、告白現場を見かけたという噂に尾ひれがついて、美咲が夏木に告白して振られたっていう噂に成り代わったわけか。
災難だなぁ、夏木も美咲も。ま、これからは美咲が学校にいるから変な噂も流れないはずだから大丈夫だろう。
夏木は知らね。あいつの噂なら他にも出回っているからそのうち消えんだろ。
「おはよー」
とうとう彼女持ちがやって来やがった! 流石に八時を過ぎると段々人が来るな。くそが! 彼女持ちはズル休みでもして家でイチャイチャしてやがれってそれもなんだかムカつく! 武志と佐倉さんがイチャイチャしている姿を想像しただけで気分が害する。爆発しろ! 武志だけ。
「おい務。そろそろ警察署に行った方がいいんじゃないのか?」
「務、犯罪者みたいな顔してるよ」
「やっぱりお前は犯罪者だったか」
「うがーっ! うるせぇ! 俺は犯罪者じゃない!」
武志、美咲、優也の三人に罵倒された! もしここに妹がいても犯罪者って言われるんだろなー……って、クスクス笑われた!? なんで優也も笑ってんだよ! さっき犯罪者って言われたら否定しろって言ってたじゃないか!
朝から憂鬱な気分に滅入った俺は、ぐにゃりと机に倒れたのだった。