星になった魔術師
未踏破地域の奥の奥
あちらこちらで泥がぐつぐつと煮えたぎる
硫黄の匂いが鼻をつく
地獄のような山の天辺に生えた魔術師の塔は
実に久々に来客を迎えていた
数多の罠を乗り越え
遺跡荒らしは、ようやく塔の最上階にある研究室に到達した
成果は予想以上だった
完全に手付かずの研究室に
研究資料や高度な研究器具がごろごろ転がっている
宝の山だ
その上、自身も魔術師である遺跡荒らしは
大昔の魔術師の研究成果を見るのが好きで遺跡荒らしをやっている部分もある
金銭的にも嗜好的にもおいしい
素晴らしい
遺跡荒らしは満面の笑みを浮かべ、とりあえず近くにあった妙に大きな箱に座ると
箱の上に無造作に載せられていた資料から読み始める
どうやら日記のようだ
保存状態も良い。素晴らしい。帰ったら情報屋に一杯奢ってやらなければ
どうやらここの魔術師は空を突破する方法を研究していたらしい
大地が物を引っ張る力と
大地の回転速度のせいで並みの飛行の魔術では、空を突破できないらしい
どれだけ空に向かって飛ぼうとも速度が足らないと
楕円の軌道を描くだけで、突破には至らないそうな
この辺りは専門でない遺跡荒らしには良く分からなかった
そこで、この魔術師は術式の改良よりも
大容量の魔力を一気に術式へ走らせ速度を得るという方法を選んだ
その為には常時大きな魔力を発する地形に、魔力を溜め込む為の大きな施設が必要だ
考えた末、噴火していない火山を選んだ
次の噴火までどのくらいかかるのかが分かっていれば
それまで活性化した大地の魔力を溜め込める
遺跡荒らしはなんだか嫌な予感がしてきた
該当する地形を見つけ、施設を建て、最上階を住居と研究室にしておいた
魔力が溜まるまで２００年掛かる
生きている間に、施設が空を越える所は見れないだろうが
隠居後に道楽の研究を続ける場所としては最適だろう
ついでに、何時までに魔力が溜まるか分かる時計を作って置こう
時折、眺めてにやにやできる
顔を真っ青にした遺跡荒らしが時計を探す
あった
針は５本、一番長いのが年、次に長いのが月、真ん中が日、二番目に短いのが時、一番短いのが分
だとすると、あと１５分ほどで、全ての針が上を向く
ちなみに、この塔を上るのに、６時間ほど掛かった
かなりの数の罠を無効化しておいたが
それでも全く罠が残っていないとは考えづらい
というか、罠が無くても１５分じゃ降りきれない？
遺跡荒らしは悲鳴を上げた
悲鳴を上げながら、日記と終末時計を懐に入れ
一瞬考え込むと
猛然と金になりそうな資料と器具を背負い袋に詰め始めた
何か考えがあった訳ではなく、ただ単純に欲に負けたのだ
遺跡荒らしは意地汚かった
塔を下る工程はまさに地獄だった
加速の術式を３重起動して
まだ結構な数の罠が残っている塔を駆け下るのは
正気の沙汰ではない
特に後半は嫌な感じに塔が振動を始めた為
誇張抜きで５秒に１回は死にかけた
塔の扉を蹴り開けて、外にまろびでる頃には
地獄の亡者も思わず同情しかねんという形相になっていた
その形相が、膨大な魔力の変換を感じてぐるりと振り向く
塔の周囲に幾重にも立体型の魔方陣が展開している
どうも塔が空に飛び立つらしい
規模から考えて反動でここら一体が吹き飛ぶ
ちなみに、塔は活火山の上にある
遺跡荒らしは物も言わずに
加速の術式を多重展開し疾走を再開した
塔は飛び立った
反動で地形が変わり、火山が噴火した
噴煙よりも早く塔は天を駆ける
人間の視界では点にも見えぬほど高空に至ると
塔は魔力を使い切った下半分を切り離し、さらに加速
同じだけの距離を行くと、最上階以外を切り離しさらに加速
大地の回転速度を越え、大地が塔を引き寄せる力を振り切ると
空を突破し、何処とも知れぬ空の向こう側へと飛んでいった
遺跡荒らしは、溶岩だの、土石流だのを根性で振り切りなんとか五体満足で生き残った
大の字になって
何処までも上っていく塔を眺めながら
ふと疑問に思う
あれだけの施設を作り上げた、魔術師はどうなったんだろうか
研究室の大きな箱を思い出す
納得した
街に帰って、情報屋を見つけると、とりあえず一発ぶん殴った後で酒を奢ってやった
乾杯の文句は
「星になった魔術師に」
情報屋は、まだ痛むのか顎を押さえながら
何言ってんの、この女、と言う顔をした
遺跡荒らしは、なんだか愉快になって笑った
