vol.1 出会い
長瀬翔と二宮明奈が初めて出会った日のお話です。
二宮明奈は次の授業場所である実験室の扉を開けた。
大学に入学して1週間、農学部で理科が好きな明奈は新入生用の科学実験の講義を取ったのだ。
2限と3限の時間を使って行われるが、単位数は1限分しか取れないので人数が10名ほどの人気のない講義だ。
明奈は実験室に入り、手前の実験台の横のイスに座った。
「それでは、授業を始めます。」
2限の開始時間になり、教授がそう言うと同時に一人の男子学生が教室に入ってきた。
「すいません、ここ良いですか?」
「あっ、はい。」
明奈の隣の席が空いているのを真っ先に発見したその男子生徒は、急いでその場所に腰を下ろした。
明奈のその男子生徒に対する第一印象は、怪しい…だった。
というのも、その男子生徒は普通のマスクより一回り大きなマスクをしていたからだ。
(風邪か…でも、マスクの大きさもう一回り小さくても良いよな~)
そう思い、明奈はその男子生徒の顔をまじまじと見る。
黒に近い茶色の髪に白い肌…それよりも、マスクをしているためか無意識に目をよく見てしまう。
大きくて優しそうな目、そして、きれいな瞳だと思った。
明奈の心から怪しいという感情は消えていた。
「じゃあ、そことそことそこでグループになって…」
教授が近くにいる人を適当に集めて実験のためのグループを作り始める。
明奈は、その男子生徒と他の男女それぞれ1名ずつとグループになった。
そして、実験の説明が終わると、早速各自で行動するように言われ、自己紹介から始めることにした。
「僕の名前は長瀬翔です。よろしくお願いします。」
「私は二宮明奈です。こちらこそお願いします。」
男子生徒の名前は長瀬翔。翔は、男子特有の低い声ではなく、中性的で透き通るような声をしていた。
(目も声も優しそう…)
明奈はそう感じ、一瞬、自分が男性不信であることを忘れた。
実験は、もう一人の男子生徒がリーダーシップを取り、順調に進んだ。
薬品が反応するたびに明奈は「わぁ~」とか「おぉ~」と楽しそうな声を出す。
翔はそんな明奈を微笑ましく見つめていた。
途中昼休みを挟み、3限の時間の中ごろに実験が終わる。ここからは実験のまとめを作成する時間だ。
明奈はサクサクとプリントを埋めていく。
一方の翔は、小声で「あれ?あれ?」と独り言のように呟いていた。
「どうかしたんですか?」
明奈は困っている様子の翔を見てすぐに声をかけた。
「ああ、計算が合わなくて…」
「それなら、ここはこうで…」
明奈は分かりやすく翔の計算を修正した。
「ありがとうございます、二宮さん」
お礼を言う翔の声はやはり優しかった。
授業が終わると、明奈はずっと気になっていたことを翔に聞いた。
「あの、長瀬君…なんでそんな大きなマスクしてるの?」
「風邪ひいてるから…」
「いや、あの大きさが…」
「ああ、小学生の弟が風邪うつったら絶対ヤダから、大きいマスクにしろって聞かなくて…。最初は大きさなんて関係ないって思ったんだけど、何回も言われてるうちに、大きい方が効果があるような気がしてきて…。実際どうなのかな?」
「うーん、どうなんだろ…」
(いや、普通の大きさで十分でしょ…とは言わないでおこう)
ワクワクする実験、そして、翔への興味…明奈はこの授業が毎週楽しみになった。
(二宮さん、実験してるときめっちゃ楽しそうだった。おかけでこっちまで楽しい気分になったな…)
…そして、この時、翔も明奈のことが気になっていた。
これが2人が初めて出会った日。
はじめまして、睦月詩音です。
駄文で完全に自己満足の世界でやっておりますが、よろしくお願いします。
1話だけでも読んでくださった方、ありがとうございます。