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薬師アゼルと過ぎし日の恋  作者: かわせみ
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第六章 ある勝利の宴

「それにしても、あなたは一体何者なのですか、薬師殿」


「そうよ。あれだけの強さを持っていながら私達がやられるまで見物してるなんて、性格が悪すぎるわ」


 ユフィとルティが口々に詰め寄る。


「さっきの魔竜の口振りからすれば、お前さん、十五年前のときも魔竜と戦ったんだろ。名前からしても、《魔剣の騎士》アゼリオンとしか考えられないんだが」


 ナーシェスがずばり真実を言い当てた。


「まあ、そういうことだ。別に悪気があって隠していたわけじゃないんだが……」


 諦めて、言い訳混じりにアゼルは認めた。


「そ、そんな……この変態薬師が、あのアゼリオン様だったなんて……」


 ルティは露骨に失望しているようだ。《魔剣の騎士》アゼリオンを美化し過ぎていたに違いない。


「かの高名なアゼリオン殿とは露知らず、失礼致しました」


 ユフィが丁寧に詫びる。


「いや、ユフィはこんな何処の馬の骨とも分からない薬師風情に必要以上に礼儀正しかったよ。失礼だったのは、寧ろどこかの狂暴な女《騎士》だな」


 アゼルが冗談めかして笑う。ルティが真っ赤になった。


「伝説に近い《魔剣の騎士》殿と会えて光栄だが、事態は決して好転してないぜ」


 浮かれたようなユフィとルティに水を差すように、ナーシェスが冷静に指摘する。確かに、魔竜には勝利したものの、結果的には王命としての魔竜討伐は失敗に終わっているのだ。このままユフィが王宮に戻って丸く収まるとは思えない。


「それでも、魔竜の言葉を聞いてしまっては最早魔竜を殺すわけにもいかない。一旦王宮に戻って事実を報告するしかないですね」


 少し溜め息混じりに、ユフィが表情を曇らせた。


「でも、王妃が魔族騒ぎの首謀者だった場合は?」


 ルティの言葉には、疑惑だけでなく一種の期待が込められている。どう考えても善人ではないあの王妃を、王宮から追い出す大義名分が欲しいのだ。


「もしそうなら、ユフィに魔族のことを知られれば、口封じを図るんじゃないかな。魔竜に加担しただの、魔族などという流言で人心を惑わせただの、幾らでも罪状はでっち上げられそうだ」


 アゼルは王妃とやらに面識はないはずだが、継子のユフィに単身で魔竜退治を命じるあたり、ユフィを亡き者にするためなら手段を選ばない気がするのだ。


「それでも、戻らないわけにはいきません。アゼリオン殿はどうされますか?」


「出来ればその名前では呼ばないでもらいたいな。既に棄てた名だし」


「すみません……」


 慌ててユフィが謝る。


「いや、こっちこそごめん。乗りかかった船だし、こんな薬師でよければお供するよ。久しぶりに王都に行くのも悪くないし、何より、十五年前の魔族事件に犯人がいるのなら突き止めたい気もあるしね」


「頼りにしてます。ルティは?」


「わ、私もお供するわ。変態薬師がユフィに変なことしないか心配だし」


 睨むようにじっとアゼルを見ていたルティが慌てて言う。相変わらずの変態扱いだが、アゼルには言い返す気力もなかった。


***


 カルネに戻った四人は、王都に発つ前にとりあえず《竜の塒亭》で一晩休むことにした。今夜はルティも自分の宿ではなくこちらに泊まることにしたらしい。


 夕食時、ルティとナーシェスは酒を飲み始めた。冷めやらない魔竜との戦いの興奮が、より酒を美味くしたのだろう、二人は瞬く間に杯を重ねていく。アゼルも酒は好きだが、今は飲んでいなかった。大して酒に強いわけではなかったし、騒がしく理性を失うほど飲むのは嫌いで、どちらかと言えば一人でゆっくりと味わって、少しずつ飲むことを好むのだ。ユフィもまだ酒の味は分からないようだ。


「ったく、あの陰険ババアめ、ユフィを目の敵にしやがって……何が魔竜退治だ、やりたきゃ自分でやれ」


「そうよ、元々は賤しい侍女の分際で、王妃を亡くして失意に暮れる王に取り入るやり口といい、寵愛を嵩に巧妙に政敵を排除していく狡猾さといい、とんでもない女狐だわ」


 アゼルとユフィは、酔って王妃の悪口で盛り上がり始めたナーシェスとルティから少し離れた。ユフィは二人の愚痴に苦笑しながらアゼルに語りかけた。


「アゼリ――、いや、アゼル殿、本当にありがとうございました」


「別に、大したことはしてないよ。昨日はこっちが魔獣から助けて貰ったし、おあいこさ」


「そんな、あの程度の魔獣が相手なら、私たちのしたことはそれこそ余計なお世話でした」


「いや、正直、ユフィの持つその剣がなければ、僕は精々、三流の《騎士》に過ぎないよ。あの魔獣に勝てたかどうかすら怪しいところさ」


 アゼルは肩を竦めた。


「そうだとしても、貴方が私の命の恩人であることに変わりはありません。今日だけでなく、私がまだ赤子だった魔族騒ぎの時も助けて頂いたと聞いています」


 ユフィが顔を赤らめながら力説する。ユフィにも伝説の《魔剣の騎士》、アゼリオンへの憧れがあるのだろう。そんな可愛らしい様子のユフィに、アゼルは強く惹かれると共に、苦いものを感じてもいた。その感謝の言葉を、彼女の母から聞ければどれだけ良かったことか……そんな思いがあるのだ。


「アゼル殿は何故、英雄の名を棄てて、薬師をしているのですか? 薬師が悪い職業だとは思いませんが、王宮を離れても、アゼル殿の《騎士》力を借りたい方は幾らでもいるでしょうに」


 話が触れられたくないところに近付いて、流石にアゼルも居心地の悪さを感じはじめていた。


「《魔剣の騎士》アゼリオンっていうのは、ユフィが考えているような英雄なんかじゃない。命を懸けて護ろうと心に誓った人を護れなかった、間抜けな《騎士》の名前なんです」


 声を落として自嘲気味に、アゼルは言った。ユフィも理解したようだ。その護りたかった人というのがユフィの母だったと言うことを。


「すみません。私なんかを助けたばかりに、母が……」


 アゼルの自嘲は、ユフィをも傷付けてしまったようだ。ユフィも、心の何処かで、母を犠牲に生き残ってしまった自分を責めていたのだろう。


「そ、それは違う! 僕はエフィーリア様の命令を受けて貴女を魔族から取り戻したんです。エフィーリア様がご自分の命よりも貴女の命を大切に思われていただけで、ユフィがエフィーリア様を犠牲にしたわけでは決してありません。エフィーリア様の死は、ひとえに、エフィーリア様が殺される前に貴女を助けて戻ることのできなかった、間抜けな《騎士》の責任です」


 アゼルが慌てて弁解する。その言葉で自責の念が晴れたわけではないだろうが、アゼルの気持ちがうれしかったのだろう、ユフィは少し微笑んだ。アゼルも釣られて微笑む。


「ちょっと、なに鼻の下のばしてるのよ! ユフィに手を出したらころすわよ、この変態!」


 アゼルは不意に後ろから強く頭をはたかれた。無論、ルティである。


「頼むからいきなり後ろから殴るのはやめてくれ。お前の怪力で殴られたら本気で洒落にならないぞ」


 痛みに頭を押さえながらアゼルが抗議する。


「わかった。次からはちゃんと、断った上で前からなぐるわ。ほら、なぐるわよ!」


 ルティが正面からアゼルを殴ろうとする。ルティは完全に酔っているが、動きがふらついているようには見えない。本気で殴りかかられたら、正面からでも通常状態のアゼルがそれに対抗するのは難しいだろう。


「ちょっと、ルティ、やめなさい!」


 慌ててユフィが、後ろからルティに抱きついて取り押さえた。


「何よ、ユフィ、あなたのためを思ってやっているのに、その変態の肩を持つの!?」


 ルティがユフィを振りほどこうと足掻く。ユフィの力ではルティを抑えるのは難しいが、ユフィは必死でルティにしがみついた。


「ナシェ、何してるの? ルティを抑えるの手伝ってよ!」


 ユフィがナーシェスに助けを求めたが反応はなかった。ナーシェスは既に酔い潰れ、テーブルに突っ伏して寝ていたのだ。


「離せ! 離してよ! 離してください……はぅ」


 声高に喚き散らしたルティが急に大人しくなった。急激に動いたせいで、酒が完全に回って気を失ったのだ。


「やっと静かになりましたね」


 ユフィが苦笑する。


「まったく、こんなになるまで飲むなよな。ありがとう、ユフィは僕の命の恩人だよ」


 アゼルもおどけて言う。二人は笑い合うと、それぞれナーシェスとルティを部屋へと運びこんだ。


***


 その夜、アゼルはなかなか寝付けなかった。久しぶりに《騎士》として戦って気が昂っているのかも知れない。ひょっとして、自分はまた《近衛騎士》に復帰するのだろうか。ユフィのために剣を振るう……考えると、少し体が熱くなる。


「魔術は、いやルル!」


 そんなアゼルの心を感じ取って、リルルが抗議する。


「でも、魔術を使わないと、僕は《騎士》としてまともに動けないんだぞ。そもそも、 リルルがぽっちゃりしてるせいじゃないのか?」


「そ、そんなことないル。リルルは普通だルル!」


 リルルは慌てて否定したが、その焦りようはいかにも怪しい。しかし、妖精とは言え、女性の体型をあげつらうのは気がとがめたので、アゼルはそれ以上は追及しなかった。


「まあ、悪いとは思うが、戦いの時くらい我慢しておくれ」


 アゼルの頼みにリルルが渋々頷いた時、アゼルの部屋の戸を叩く音がした。こんな夜更けに誰が……訝りながらアゼルは戸の向こうに答えた。


「はい。どなたですか?」


 ひょっとして、ユフィか? そんな期待かあったのだが……。


「夜中にごめん。起きてた?」


 声の主はルティであった。


「ああ。どうした?」


「少し話があって。開けてくれる?」


 またいきなり殴りかかられるのではという懸念もあったが、声の感じからは酔いは醒めているようだ。アゼルは戸を開けた。そこには薄手の夜着に身を包んだルティが立っていた。普段の軽鎧姿の時と異なる、年頃の女性らしい色香に、アゼルは思わず見惚れてしまった。


「ちょ、ちょっと、ぼうっと突っ立ってないで早く部屋に入れてよ」


 そんなアゼルを、ルティが急かす。夜着姿を見られているからか、ルティの口調はいつものキツさではなく、寧ろ軽い恥じらいを含んでいた。


「あ、ああ」


 そんな珍しいルティの様子に戸惑いながら、アゼルはルティを部屋に招き入れた。


「ふーん、変態の癖に部屋は割と片付いているのね」


 アゼルの部屋には回復薬を精製する作業台くらいしか私物がなく、散らかりようがないのだ。


「こんな夜更けにまで喧嘩を売りに来たのか」


 アゼルが苦々しく言うと、ルティは慌てて首を振った。


「ご、ごめん、そういうつもりじゃなかったの」


 素直に謝られて、寧ろアゼルは驚いた。


「じゃあ、どういうつもりなんだ?」


「それは、その……」


 ルティは口ごもった。アゼルには、何の要件か想像もつかなかった。


「あの、今まで、ごめんなさい。貴方があのアゼリオン様だと知らないで、その、いっぱい失礼な態度とってしまって……」


 それはルティなりに誠意を込めた謝罪だったのだろうが、アゼルは謝る方向が違うと感じていた。


「君が《魔剣の騎士》をどう思っているのかは知らないけど、相手が《騎士》だから失礼な態度をとってはいけないとか、ただの薬師だったら失礼な態度でいいとか、そういう考えはあまり好きじゃないな」


「うぅ、ごめんなさい」


 ルティはご主人様に叱られた犬のように項垂れた。


「いや、別に責めているわけじゃないよ。君の態度は、風呂場でかち合ったという不慮の事故のせいだし、そこまで失礼な態度を取られたわけでもない。過去に少し名の知れた《騎士》だったからといって、しがない薬師という今の僕の価値が変わるわけでもないんだから、今までと態度を変える必要もないよ。暴力はやめて欲しいけどね」


 努めて説教臭くならないように苦心しながら、アゼルは少しおどけて言った。ルティの顔がぱっと明るくなる。


「は、はい! あの、アゼリオン様……」


 返事はよかったが、今までどおりに接してほしいというアゼルの希望をあまり理解してはくれなかったようだ。アゼルは頭を抱えた。


「アゼルでいいし、様もやめてくれないかな」


「じゃあ、アゼル……アゼルは、ユフィのことが好きなの?」


 単刀直入な問いに、アゼルは返答に窮した。ユフィに敬愛していた前王妃を重ね、惹かれているのは否定しようもない事実である。しかし、未だに成人してもいない幼い少女を、一人の女性として本気で好きかと問われると、主に常識的な部分で躊躇われるのだ。少なくとも、口の悪いルティ相手に、少女愛好(ロリコン)との謗りを覚悟してまでその問いを肯定するほどに好きなのか、アゼル自身にも疑問だった。


「分からないよ。惹かれているのは確かだけど、ユフィを知ってからまだ日も浅いし」


 無難に返答を留保するのが精一杯だった。


「そっか……じゃあ、あたしのことは、どう思ってる?」


 頬を赤く染めて尋ねるルティは、アゼルが今までルティに抱いていた印象を書き換えるのに充分なほど、可愛かった。そして幸か不幸かアゼルは、そのルティの態度が何を意味するのか分からないほど鈍感でも、純情でもなかった。


「それは……」


 だからこそ、アゼルはこの問いに対しても返答に窮した。アゼルにとってユフィは、仮に年齢差を考慮しないとしても、どう考えても高嶺の花だ。それに比べてルティは、落ちぶれた《騎士》という意味でもアゼルに近い存在であり、更には、ユフィへの純粋な憧れと量りにかけても釣り合いそうなほど、物質的に魅力的だった。


「わかってるよ、ほんとはユフィのことが好きなんだって。お父さんに聞いて知っているもの。《魔剣の騎士》アゼリオンがどれたけ前王妃を大切に思っていたかも、ユフィがどれだけ前王妃に似ているのかも。そりゃ、あたしとユフィとじゃ勝負にもならないかも知れないけど……でも、ダメだよ。ユフィは王女なんだから手を出しちゃダメ。あたしで我慢しなさい」


 恥じらいを帯びたか細い声と、薄手の夜着から覗く艶かしい柔肌とがアゼルを誘う。それでも、アゼルはルティに手を伸ばすことを躊躇した。ルティはそんなアゼルの様子に少しだけ悲しい表情を見せて、自分からアゼルにしなだれかかった。


「な、なにを……」


「今だけでいいから、あたしのことを考えて」


 そういうと、ルティは密着されて動けないアゼルを寝台に押し倒した。

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