第四章 ある《騎士》の追憶
自分の部屋――幸い、物が少ないこともあって、簡素なだけで汚くはない――に王女がいる、という非現実的な状況をなるべく考えないようにして、取ってきた薬草をすり鉢ですりながら、アゼルはユフィに話し始めた。
「僕が初めてエフィーリア様を見たのは、エフィーリア様が国王陛下の元に嫁いで来た日でした。当時、エフィーリア様は十五だったと聞きます。馬車で王城へと向かわれる王妃を見て、僕は一目で心を奪われたのを覚えています。王妃は、自分と同じ人間とは思えないほどに、美しく神々しくて、気品に満ちていました」
アゼルはエフィーリアと生き写しのユフィを前にして、まるで当時に戻ったかのような不思議な感覚になっていた。
「その後、結婚の儀を終えた王と王妃は、我々一般人の前にも姿を見せてくれました。豪奢な純白のドレスを纏った王妃は、どんな名画の中の美姫よりも、美しかった。その姿を見て、僕は心に誓ったんです。いつかこの方のお役に立ちたいと……結局、何もできなかったんですけどね」
アゼルが自虐的に笑った。そう、彼には何もできなかったのだ。
***
「よく来てくれましたわね」
気安く声を掛けてくれたエフィーリア王妃に、少年は黙したまま恭しく一礼した。何も殊更寡黙を気取ったわけではなく、単に緊張のあまり声が出なかっただけのことである。
「この城には年の近い者もいなくって。貴方とは是非友達になりたいと思っていたの」
「こ、光栄です、王妃様」
なんとか答えたものの、恥ずかしさのあまり王妃の顔も見られない。
「もう、堅いなぁ。貴方は凶悪な魔獣も易々と倒してしまう《魔剣の騎士》なのでしょ? か弱い女性を前に、何をそんなにおどおどする必要があるのですか?」
王妃が呆れたように言う。しかし、少年にとっては、魔獣の檻に放りこまれる方がまだ気楽だったであろう。
王の元に嫁いで二年、当時の可憐さをそのままに、女性としての色香までも身に付けた憧れの王妃は、純情な少年には目を合わせることも躊躇われるほどに、眩しかった。
この方のために剣を振るいたい……そう思って《近衛騎士》に志願し、その卓越した剣の腕から最年少で《近衛騎士》に叙され、《魔剣の騎士》の二つ名で呼ばれるようになった少年は、緊張のあまり、震えてさえいた。
「これでは、わたくしが化けものか何かのようではないですか、アゼリオン」
王妃に名を呼ばれ、少年は驚きのあまり飛び上るように顔を上げた。
「ようやく、わたくしを見てくれましたわね。アゼリオン……素敵な名前ですけど、ちょっと呼びにくいですわね。わたくしはあなたのことをアゼルと呼ぶことにしましょう。二人のときは、わたくしのこともエフィと呼んでくださって結構ですわ」
「そ、そんな、畏れ多いです……」
アゼルは赤面した。彼をアゼルという愛称で呼んだのは今は亡き彼の両親くらいのものだ。
「構いませんわ。どうせ王は、夜のわたくしにしか興味がないようですし。アゼルもお忙しいでしょうけど、よければまた遊びに来てくださいね」
エフィがアゼルに求めていたのは、恋人としての異性ではなく、同年代の友達だった。実際には、城にはエフィと同年代の少女たちも居るには居たが、彼女らはかしづくように見えてエフィを監視する侍女であり、決して友人にはなれなかったのだ。
エフィの美貌を、誰もが羨む美しさだと人は言う。しかし、その美しさが彼女に与えたものは、親子ほどにも年の離れた王との結婚生活だけであった。絢爛豪華な王城も、彼女を外界と隔離する美しい牢獄に過ぎなかった。
王妃と言えば確かに聞こえはいい。市井にいたのでは見ることもできないような上等の衣装も、高価な宝飾品もいくらでも身に纏うことができる。しかし、どんなに着飾られたところで、王の目を楽しませる以上の意味などないのだ。彼女が得たものは、権力者の慰み者としての地位だけであった。
アゼルは、そんな王妃が唯一見つけた、友人だった。エフィよりも若い、いや幼いというべきか、にも関わらず、王からの信頼も厚い王国最強の《騎士》。彼ならば、自分と対等とはいかないまでも仲良くなれるのではないか、そう思ったのだ。
それからというもの、アゼルは、激務の合間を縫って王妃と面会するようになった。幸い、王妃に限らず女性と喋るだけで理由もなく顔を赤くしてしまうような純情なアゼリオンは、剣の腕はともかくとしてまだ男とは見られておらず、彼と王女の仲を疑う者はいなかった。
逢瀬を重ねるにつれ、アゼルは少しずつエフィに打ち解けていった。エフィもまた、アゼルの土産話を何よりも楽しみにするようになり、心からアゼルを信頼するようになっていった。
しかし、アゼルのそんな幸せな日々は、突如終わりを告げた。エフィの懐妊が明らかになったのだ。出産までの間、エフィとの面会は一切できなくなった。
王にとっては初めての子であり、王国の存続を占う一大事なのであるから、万一のことがないよう、厳重な管理が行われたのも無理はなかった。
それから九月ほど、血塗れの味気ない生活を送っていたアゼルは、王妃の出産の報せを聞き、喜んだ。これでまたエフィに会える……逸る気持ちを抑えながら、アゼルは早速王に謁見し、祝辞を述べた。王は寛大にも、王妃と産まれたばかりの王女に直接祝福することを許してくれた。それは、何の不平不満も述べず黙々と王国の敵を屠ってきた《魔剣の騎士》に対する信頼の現れであった。
王妃と王女の休む私室に案内されたアゼルは、夢にまで見たエフィに再会した。
「お久しぶりですわね、アゼル」
アゼルを迎えたエフィは、以前と変わらず、いや、以前にも増して、美しかった。ただ、その美しさに、質的な変化があることにアゼルは気付いていた。
それは以前の、どこか甘えたようなあどけなさを残した美しさではなく、心の奥底に強さを秘めた美しさだった。その美しさを眩しく思いながらも、アゼルは心のどこかに穴があいたかのような寂しさを感じていた。
それは、この魔窟とも言える王城の中で、自分だけを唯一の味方とみてくれていた少女が、自分よりも大切なものを見つけたことに対する寂寥感であった。アゼルは、エフィの愛情を一身に受けるその赤子に、嫉妬のようなものを感じていたのだ。
アゼルはその寂しさを悟られないよう、型どおりの祝辞を述べて、王妃の元を辞そうとした。
その時であった。
耳障りな激しい音を立てて、部屋の窓が突き破られた。窓から現われたのは、黒く揺らめく異形の怪物だった。
「魔族、か!?」
アゼルは戦慄した。知識としては有していたが、魔族など、アゼルも実際に目にしたのは初めてだった。
魔族、それは異界から召喚される者の総称である。その姿は、召喚元の世界によってもまちまちであるが、この世界には自然に生息しないという点で魔獣とは異なる。つまり、魔族が現れるということは必ずそれを召喚した人間がいるということだ。
一体、誰が……考えるより先に、アゼルの身体は動いていた。
「堕天の軍靴よ、宿れ!」
剣を抜き放ちつつ、肉体を活性化させ、王女を抱く王妃を庇うように魔族の前に立ち塞がる。
「クククッ」
魔族が笑う。魔族の表情からは、狡猾な知性を有していることが窺われた。
「断罪の魔剣よ!」
手にした剣に魔力を通す。複雑な紋様の描かれたアゼルの愛剣が魔力を宿すことで燐光を帯び、斬れぬものとてない魔剣と化す。これがアゼルの二つ名《魔剣の騎士》の由来であった。
アゼルは真っ直ぐに、疾風のごとき速さで魔族に向かって突進し、勢いに任せて魔剣を振るった。斬り上げ、斬りおろし、魔族の身体はあっさりと3つに斬り刻まれた。
「!?」
斬ったアゼルの方が驚いた。弱すぎる。これでは魔獣の方がまだ強い。腑に落ちないものを感じながら、王妃の方を振り向く。
「危ない!」
アゼルが見たのは、王妃のすぐ後ろに迫り、鋭い爪を振り上げる魔族だった。
アゼルの声でその存在に気付いた王妃は慌てて身を捻った。しかし、致命傷は避けたものの、腕を深く切り裂かれ、抱いていた赤子を落としてしまった。赤子が盛大に泣き声をあげる。
「まだいたのかよ」
舌打ちしながら、王妃に止めを刺そうとする魔族を斬り捨てる。
「いやあああああああ」
突然、王妃が悲鳴を上げた。慌てて見やると、3匹目の魔族が赤子を抱えているではないか。
「クククッ」
いやらしい笑みをこぼしながら、魔族は赤子を抱え、アゼルに背を向け窓へと駆ける。
アゼルは迷った。追うべきか、残るべきか。まだ新手が来ないとも限らないのだ。戦闘力こそ大したことがないものの、この魔族、移動の気配が無さ過ぎる。王妃の元に新手が来ても、気付ける自信がなかった。そんな状況で王妃を置いてここを離れるわけには……。
「お願い、アゼル、あの子を、わたくしの娘を助けて!」
「しかし、王妃が……」
「わたくしのことはいいから、早く!」
アゼルは、渋々頷いた。
決断してからは、アゼルの行動は素早かった。部屋の隅で縮こまっている侍女に、他の兵士たちを呼ぶよう指示し、アゼルは魔族を追った。
赤子を連れ去った魔族は、翼を羽ばたかせて夜空を飛んでいた。幸い、地を駆けるほどにはその飛行は速くない。
「黒鴉の翼よ、宿れ!」
魔力でできた漆黒の翼を纏い、空を駆けるアゼルが魔族を追う。
程無く追いつき、アゼルは魔剣で魔族を両断した。力を失った魔族の手が、赤子を放す。
「危ねっ」
赤子が空高くから落下して地面に叩きつけられる寸前、アゼルは着地と同時に抱きかかえた。
浮遊感が面白かったのか、赤子は無邪気に笑っていた。釣られて笑いかけたアゼルであったが、そんな場合ではなかった。アゼルを取り囲むように、無数の魔族が現れたからだ。
「ちょっとまずいな……この数じゃ一匹ずつ刻むのは時間がかかり過ぎる」
赤子を救いだした今、アゼルは一刻も早く王妃の元に戻りたかった。
アゼルは心のなかで相棒の守護妖精に謝ると、手にした魔剣を地面に突き立て、長大な呪文を高速で詠唱した。
「雷神の槍よ、貫け!」
襲い来る魔族たちがアゼルに触れるよりも一瞬早く、アゼルは持てる魔力の大半を言葉に乗せて、地に刺さった剣から特大の雷を放った。雷は地面を伝って回りの魔族たちを焼き尽くす。
グギャア、と聞きぐるしい断末魔を上げ、魔族たちは倒れ伏した。ただ一匹を除いて。
「お前が親玉か……」
息を切らせながら、アゼルはその魔族を見やった。その魔族は、姿形こそ大きく異ならないものの、今まで倒してきた魔族よりも明らかに格上だった。凶悪に伸びた手足の爪の先にまで力が満ちている様子がわかる。いや、寧ろ、今までの魔族は虚像で、これが本体なのかも知れない。
なんにせよ、こいつを倒さなければどうにもならないのは確かなようだ。最初にかけた肉体活性化の魔術は既に効果を失っている。そして、魔剣も、今や魔力を使い果たしその輝きを失っている。残りの魔力は、いずれかの魔術一回分、といったところか。
「鬼神の手甲よ、宿れ!」
最後の魔力を、アゼルは腕に宿した。一つは、腕に抱いた赤子を護れるように。そしてもう一つは……。
「グギィィィィ」
唸り声をあげて迫りくる魔族の頭部に、アゼルは力任せに剣を突き立てた。魔力で強化された腕力から繰り出される刺突は、速さも威力も凄まじいものだった。魔族の声がそのまま悲痛な叫びに変わる。
しかし、アゼルの剣も、澄んだ金属音と共に砕け散ってしまった。魔族の眉間に突き立てた剣は、その衝撃に耐えきれず、魔族を貫くことができなかったのだ。
腕ではなく剣に魔力を宿していれば、或いは魔族を貫くことができたかも知れない。しかし、魔術の力を借りずに、《騎士》としての力だけでこの魔族に攻撃を当てる自信が、アゼルにはなかったのだ。
頭部に受けた打撃によろけながらも、魔族はアゼルに向かってゆっくりと、その凶悪な爪を振り上げる。アゼルは庇うように赤子を抱きしめた。ざしゅ、っと肉を切り裂く嫌な音がした。
しかし、裂かれたのはアゼルでも赤子でもなく、魔族であった。どこよりか飛来した槍が、精確に魔族の首を斬り飛ばしたのだ。
「どうした、その程度の相手に。 《魔剣の騎士》もまだまだよな」
笑いながら言うその姿はまだ見えなかったが、槍を見ればそれが誰かは明らかであった。銀の中でも特に高価な、魔力を帯びた燐銀鉱から削り出された槍。それを扱うのは《銀槍の騎士》リュードだ。《聖鎧の騎士》タロスと共に、永きに亘って王都を守り続けてきた壮年の熟練《騎士》である。
「おっさん。悪い、助かった」
リュードが傍まで来るのを待たず、アゼルは走りだした。赤子を抱え、必死で駆ける。《騎士》としては遅い自分の足がもどかしかった。
武器も、魔力も残っていないのに、魔族と遭遇したらどうするのか……不安が頭をよぎるが、アゼルは走るのを止められなかった。
しかし、その心配は杞憂に終わった。王妃の寝室までの道に魔族の姿はなく……王妃も、既に殺されてしまった後であったから。
肩口から無残に斬り裂かれ、血の海に横たわる王妃を見て、アゼルは泣いた。胸の中の赤子よりも激しく泣きじゃくった。
彼が理性を取り戻して泣きやむまで、王妃の居室に現れる者はなかった。
その後、王城は大きな騒ぎとなった。魔族の侵入を許したばかりか、王妃を殺害されたのであるから、当然である。
王妃を失った国王の失意と悲しみは大きなものであったが、王は王女を救ったアゼルを、讃えこそすれ、責めなかった。王妃よりも王女を、すなわち次の王を優先することは、臣下としても当然のことであったし、何よりも王は、王妃を失って悲しいのは、アゼルも同じであることを解していたからである。
しかし、アゼルは王妃を救えなかった自分を許せなかった。王や他の《騎士》たちの説得にもかかわらず、彼は折れた剣を再び取ることはなく、王宮を離れた。
アゼルが王妃を亡くした悲しみから立ち直るには、長い年月を必要とした。
***
「どうしたんですか、アゼル殿?」
知らぬ間に追憶に耽っていたアゼルを、ユフィの声が現実に引き戻した。
「ごめん、エフィーリア様の美しさを思い出して、ぼーっとしてしまったみたいだね」
追憶の全てを語ることを、アゼルは避けた。
あの時自分が救った赤子がこんなに大きくなっているとは、アゼルには驚きだった。自分が歳を取ってしまったのも無理ないことだろう。
アゼルには、ユフィに自分が彼女の命の恩人であることを告げる気はなかった。彼女の覚えていないことを恩着せがましく語るのも憚られたし、今日は逆に助けられているのであるから。
「ユフィ、無事か!?」
突然、扉が勢いよく開いて、ナーシェスが入ってきた。アゼルの部屋に連れ込まれたユフィの身を案じたのだろう。
「おいおい、人を強姦魔か何かのように言うなよ」
「三十路近くになっても独り身の男なんざ、女に飢えた性犯罪者予備軍みたいなもんだろが。あの給仕女が言っていたぞ。嫌がっているのに、お前が抱き付いてくると」
ユフィが驚いてアゼルを見る。ほんとうなら軽蔑する、と視線が語っている。
「ちょっと待て、誤解だ。フィリスのあざといやり口はお前だってついさっき経験しただろう。俺が無理矢理抱きついたことにされているなら、お前はもう既成事実があったことにされているぞ」
「……そうだな、お前さんがそんなことするはずないな」
確かに、あの娘なら部屋に入っただけで既成事実と言いかねない。ぞっとして、ナーシェスはアゼルに同意した。ユフィに誤解される愚だけは犯したくないナーシェスだった。
ナーシェスを何とか黙らせ、アゼルは愛用の短剣を取り出した。煎じた薬草に、魔力を付与するためだ。
「その短剣は、わたしの剣に似ていますね」
ユフィが剣を抜いて見せた。
「その剣は……」
アゼルも驚いた。先刻はよく見えなかったが、ユフィの剣にはアゼルの短剣と同じ紋様が刻まれていたのだ。それはつまり、アゼルがまだ《魔剣の騎士》と呼ばれていた頃に愛用していた剣と同じ紋様ということである。
「ひょっとして、サーキュラ婦人の作ですか」
「はい。サーキュラ婦人をご存知なんですね」
「僕の魔力付与の師匠です」
サーキュラ夫人は王国でも最高に近い腕を持つ魔力付与師である。特に、武器や防具への魔力付与では並ぶものがないほどであり、《近衛騎士》御用達でもあった。
アゼルの剣は、《騎士》にして《魔術師》という稀有な存在であるアゼルのために、サーキュラ婦人が誂えてくれた特注品であった。魔力を扱えない者に、彼女がこの剣を持たせるとは思えないのだが……。
「ユフィは魔術を使えるのですか」
アゼルが疑問を口にした。
「素養はあるようですね。守護妖精が嫌がるので勉強はしていませんが。サーキュラ婦人はわたしの素養に気付いて、いつか役に立つからとこの剣を譲ってくれたのです」
アゼルの予想は当たった。この時、アゼルの脳裏にある可能性が浮かんだが、ありえない、と彼はその考えを一蹴した。
「さて、完成しました。何本要りますか? かなり深い傷でも、素早く治癒しますが、一度服用すると一刻は時間をあけないと効き目が落ちます」
「できればあるだけお願いします」
「わかりました。じゃあ、全部で六本です。助けてもらいましたし、お代はいりませんよ」
「そ、それは悪いです! ちゃんと払いますから」
「じゃあ、普段の価格の二割だけ、フィリスに渡してください。助けてもらえたのも、まあ彼女のお陰ですし」
死にかけたのも彼女のせいだということには敢えて触れずに言う。
「では、今はご厚意に甘えます。目的を果たしたら、ちゃんとお礼はしますから」
ユフィは素直に礼を言った。《近衛騎士》として働くようになってから、庶民的にはそれなりの給金が出るようになり、それまで経験のなかった買い物も自分でするようになったユフィだったが、それは王族としてはささやか過ぎる額だった。王女とは言え、王妃が彼女に金銭を与えるはずもなく、実のところ彼女の自由になる金銭は多くない。魔竜退治に腕のいい《騎士》を雇うつもりなら、持ち金はいくらあっても足りないくらいだった。
「それにしても、二人ほどの腕で、どうしてそんなに薬が要るんですか。もう魔獣も倒してしまったというのに」
「魔獣は予定外だったんです。わたしたちは魔竜を狩りにきたんですから」
「魔竜!? 冗談でしょ。二人で魔竜を狩るなんて、無茶にもほどがある……」
アゼルは思わず声を上げてしまった。アゼルには魔竜と対峙した経験があったのだ。《近衛騎士》七人がかりで魔竜を撃退した経験が。
その時でさえ、魔竜に止めを刺すまでには至らず、長期戦の末退けたに過ぎなかったのだ。いくら二人が腕利きの《騎士》とは言え、魔竜を狩るなど狂気の沙汰であった。
「俺たちだって魔竜を倒せると思ってるわけじゃないさ。王命だから仕方ないだろ」
ナーシェスが溜息を吐く。
「王がそんな命令を? らしくないな……」
国王ファルスは自らも《聖剣の騎士》と呼ばれる練達の《騎士》であり、魔竜の怖さも十分に分かっているはずだ。長く病床にあるとの噂は聞いているが、成人前の愛娘に魔竜退治など命じるとは考えにくい。
「エフィーリア様の件といい、知ったような口を利くな」
薬師風情が、と嘲るようにナーシェスがアゼルを睨む。
「まあ、聡明な方だと聞いているからな。平民は為政者のことを馴れ馴れしく語るものだ。そう目くじらを立てないでくれ」
肩をすくめたアゼルに、ユフィが頷いた。
「そんなことより、アゼル殿は腕のいい《騎士》に心当たりはありませんか。仰るとおり、二人では勝てる見込みもほぼありませんので」
アゼルには一人、心当たりがあった。あまり会いたい人物ではなかったが、ユフィに頼まれては断るわけにもいかない。
「いないでもないですね……案内しますよ」
素直に答えながらもアゼルは近いうちに起こるであろう身の不幸を思い、溜息を吐いた。




