エピローグ
アゼルの入院生活は騒がしいものだった。傷が塞がった後も暫くは、動く度に激痛が走るため安静が必要だったのだが、一足先に回復したルティが度々訪れては、暴れたり、夜這いをかけたりしたからだ。それでも、十日ほどの入院で、なんとか動けるようになったのは、騒がしい入院客を早く追い出したかった治癒術師の努力の成果だろう。
激やせに成功したリルルは、しかし順調に元の体型に戻りつつある。一度体内にできた魔力の貯蔵庫は、そう簡単にはなくなったりしないのだろう。リルル本人も、自分の体型にそこまで頓着していないようだ。
王妃シュリが王に劇物を与えて死に追いやるとと共に、魔族を召喚して王女を殺害しようとしたという事実は、アゼルの入院後すぐ王女ユフィーリアの名の下に公表された。同時に、前王妃が被害者となった十五年前の魔族事件の犯人が、当時侍女を務めていたシュリであったことも明かされたため、シュリの名は、人々の間で悪女の代名詞として語られることになった。そして、その後すぐに「国王の一人娘」ユフィーリアが、成人の儀を待たずに王位を継ぐことが公布されたが、そのことに疑問を差し挟む者はいなかった。
更に数日後、王女ユフィーリアの即位式が厳かに行われた。前王の暗殺という痛ましい事件の後ということもあり、華やかさよりは荘厳さが重視されたのだ。アゼルは群衆に混じってそれを見届けた。《近衛騎士》として、ユフィの側でこの歴史的な瞬間を見るという選択肢もないではなかった。即位式の前の日、漸く退院したアゼルは、王宮から、《近衛騎士》に復帰して、女王ユフィーリアを支えて欲しいとの要請を正式に受けたからだ。しかし、アゼルは散々悩んだ末それを辞退した。
シュリとの対決の際、アゼルはユフィに、真実を自分で選ぶよう助言した。そして、ユフィは、アゼルの娘であることよりも前王の娘であることを選んだ。しかし、結局のところ、ユフィがアゼルの娘であるかどうかはわからないのだ。ユフィが王の子であることを選んだ以上、父として彼女を愛することは不可能だ。
また、血の繋がりがわからない以上、父ではなく一人の男としてユフィを愛することも困難だろう。ナリスの仮説が正しいとすれば、その妖精が太っていないユフィの、《魔術師》としての素養は後天的なものであるが、それだけではアゼルとの血の繋がりを否定も肯定もできないのだ。
もちろん、ユフィが一人の女としてアゼルの愛を受け入れてくれるとも考えにくい。つまり、アゼルはユフィの傍にいる限り、複雑な心の裡を誰に明かすこともできず、ただ淡々と臣下の務めを果たさなければならないのだ。それはそれで愛情の一つの形であろうが、ユフィもいずれは結婚する。手を伸ばせば届く位置にいながら、愛する女性が他の誰かのものになるのを指をくわえて見ているしかないという立場に喜んで身を投じるほど、アゼルは被虐趣味ではなかった。
ユフィの即位によって、まだ暫くは王国内の混乱が続くだろうが、ルティを始め、シュリに地位を追われたかつての忠臣、能臣たちが次々に帰参していることもあり、状況は徐々によくなるだろう。アゼルの魔剣が必要になることもそうはないと思われた。
即位式を見届けたアゼルは、翌朝にはカルネへ発つつもりでいた。サーキュラ婦人から譲ってもらった剣も、返していくつもりだ。カルネではフィリスがアゼルを、もとい彼の回復薬を、首を長くして待っていることだろう。
旅支度を済ませ、休もうかという頃になって、アゼルの部屋の戸を叩く者があった。ルティかと思い、やや疲れを感じながら戸をあけると、そこに立っていたのは、今や王女ならぬ女王ユフィーリアであった。
「ユフィ!? いや、今は女王陛下と呼ぶべきかな」
「いえ、忍んできていますし、王宮の外ではユフィで構いません。入ってもよろしいですか」
頷いて、アゼルはユフィを部屋に招き入れた。ユフィが外套を脱ぐ。薄手の絹服に、ユフィの白い肌が映える。
「一体どうしたんですか。もう軽々と王宮を出ることが許される身分じゃないでしょう」
「はい。でも、アゼル殿が《近衛騎士》への復帰を辞退してカルネへ帰ると聞いて、思わず来てしまいました。アゼル殿には、傍で私を支えて欲しかったのに。気持ちは変わりませんか」
正直なところ、こうして再び間近にユフィの姿を見て、アゼルの心は大きく揺らいでいた。しかし、その一方で、アゼルにはユフィが本気で自分を引き留めようとしているようにも見えなかった。アゼルは少し寂しい気持ちで首を横に振った。
「そうですか。なら、仕方ありませんね」
アゼルの推測は正しかったようで、ユフィはあっさりと頷いた。
「しかし……それでも貴方が先日私に捧げてくれた《騎士》の誓いは無効ではないはず。 王国の《騎士》としては無理でも、これからも私個人の《騎士》として、私を助けてくれますよね?」
ユフィが悪戯っぽく微笑む。
「それは……」
予想していなかったユフィの言葉に、アゼルは言葉を濁した。
煮え切らない態度のアゼルに答えを迫るかのように、ユフィは甘えた表情でアゼルの首に腕を絡め、口づけした。アゼルの唇を甘く噛み、軽く舌を這わせる。 それは儀礼的なものでも、娘が父にするようなものでもなく、紛れもなく恋人のそれだった。
「ユ、ユフィ、一体、何を……」
アゼルは目に見えて狼狽した。
「貴方が言ったのですよ? 自分が誰の子かは自分で選べと。そして私は、前王の子であることを選びました。その私が貴方に接吻をして、何か問題がありますか?」
アゼルは何も反論できなかった。ユフィの顔には、蟲惑的な子悪魔の笑みが浮かんでいた。
この物語はこれでおしまいです。読んでくださった方、ありがとうございました。




