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薬師アゼルと過ぎし日の恋  作者: かわせみ
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第十一章 ある少女《騎士》の研究

 日が暮れるのを待って、三人は行動を開始した。ナーシェスは一旦は王宮の外で待機であるが、アゼルとルティは城壁を超えて王宮の中に入らなければならない。城門には当然衛兵がいる。流石にここは正々堂々とは通れなかった。


「考えてみたら、どうやって入るか考えてなかったわね……抜け道とか知ってるの?」


 遠目に衛兵を見ながらルティが小声で言う。


「お前が知らないのに、俺だって知るわけないだろ。あるとしても、《近衛騎士》程度には知らせてないんだろうな」


「じゃあ、どうやって入るのよ!?」


「ちょっと黙っててくれ」


 怒ったように言うルティを、アゼルは抱き上げた。


「え、な、何するのよ?」


 月明かりの下でもわかるほど頬を染めるルティを無視して、アゼルは呪を唱えた。


「黒鴉の翼よ、宿れ!」


 言葉とともに、魔力でできた強靭な翼がアゼルの背に宿る。アゼルはルティを抱えたまま跳躍した。魔力の翼を羽ばたかせながら、空を駆ける。当然、リルルが抗議したが答える余裕もなかった。


「すごい、こんな手があったのね」


 ルティが感心した様子でアゼルを見た。


 王都レムルの王宮の上空に、魔術で城壁を越えようとする者に対する備えがないことをアゼルは知っていた。もちろん、アゼルがいなくなったあとに対策を講じられている可能性もあったが、幸い、アゼルの予想通り、城の守りは昔のままだった。王宮全体を守るように対《魔術師》用の結界のようなものを張り続けるのは予算的にも労力的にも相当な負担である。《魔術師》は数が少なく、そもそも一対一の戦闘で《騎士》よりも強い《魔術師》は稀であるため、よほどの事情がない限りわざわざ対策したりはしないのが実情なのだ。


 兵舎の建物は王宮からは離れており、 牢屋は兵舎の地下にある。アゼルは人影の見えない兵舎の裏手に着地した。


「ここからは別行動だな」


 ルティを地に降ろしながらアゼルが言う。


「うん……アゼルも気を付けて」


 ルティはアゼルの頬に軽く口付けすると、アゼルの反応を待たずに建物の入口の方に走り去った。


 苦笑しながらしばらくルティの後ろ姿を見送っていたアゼルは、気をとりなおして兵舎の二階を見上げた。幾つかの部屋には灯りが点っている。ルティの言っていた南の角部屋にも人がいるようだ。アゼルは翼の効果が残っているうちに飛び上がり、部屋の出窓に腰かけた。


「リルル、仲間の気配を感じるか?」


「感じルル!」


 リルルが緊張した面持ちで答える。アゼルにも緊張がないわけではなかったが、このまま窓にへばりついている方が見つかる危険が高い。出窓に鍵がついていないことは一見して分かったため、アゼルは素早く窓を蹴り開けて部屋の中に進入した。


 蝋燭の火で仄かに照らされた室内にいたのは、着替え中だったのか、半裸の少女であった。少女の美しい肢体から慌てて目を反らそうとして泳いだアゼルの目が少女の目と合った。お互い声も出さぬまま気まずい雰囲気で見つめ合うこと暫し、瞬きした瞬間にアゼルの体は宙を舞い、次いで床に叩き付けられた。


「《近衛騎士》の部屋に忍び込むとは、不埒な上に身の程知らず、なのですね」


 冷静と余裕を装ってはいるが、声は明らかな怒気を含んでいる。痛みに堪えながらアゼルが転がり起きると、少女はいつのまにやら上着を羽織っており、しかもアゼルの眼前に剣を突きつけていた。とんでもない早業だ。少女がその気なら、殺されていただろう。アゼルは甘く見ていた。ナーシェスが並と評した《騎士》は、通常状態のアゼルではどう足掻いても勝てないほど強かったのだ。ただ、この一瞬の動きだけで少女の呼吸がやや乱れているのがアゼルには気になった。


「三つ数える間に、自分が何者なのかと、私の部屋に忍び込んだ理由を言うのですね。さもないと……」


「俺の名はアゼリオン。君が《羽兜の騎士》ナリスターシャだろ? 君に聞きたいことがあって来た」


 少女、ナリスターシャが続きをいう前に、アゼルは素直に話した。弁明の機会を与えられるのは、アゼルからすれば願ったりである。


「アゼリオン……あの、ですの!?」


「ああ、多分、その、だ。今はアゼルと名乗っているが」


 少女が自分の名を知っていてくれたことにアゼルは安堵した。わざわざ昔の名前を名乗って気を引こうとしたのに、名前を知られていないのでは悲しすぎる。


「では私もナリスでいいですの。そのアゼルさんが一体私に何を聞きにきたんですの?」


 愛称を名乗りながらも油断を見せずにナリスが質問する。


「王妃の企みについて教えてもらいたい」


「企み、ですの?」


「ああ。俺は王妃が、王位欲しさに王を弑したのではないかと疑っているんだ」


 正直なアゼルの問いに、ナリスは美しい柳眉を吊り上げた。


「その問いは、無意味だとは思いませんですの? 仮に私がその事実を知っているとすれば、可能性は2つ。王妃の片棒を担いでいるか、見てみぬ振りをしているか。どちらにしても、『知らない』と答えるしかないのですね。もちろん、本当にその事実を知らない場合も答えは同じですの」


「確かにそうかも知れないが、知っているなら心変わりを期待することはできるだろ?」


「それこそ愚問なのですね。よく知りもしない人間に聞かれたくらいでそんなに簡単に心変わりするなら、わざわざ王妃に荷担したり見てみぬ振りを決め込むことはしないのですね」


 確かに、正論だった。少なくとも、「知らない」以外の答えを期待できないことだけは明らかなようだ。アゼルは質問を変えた。


「じゃあ君は、王妃が王位を継いでも構わないと考えているのか?」


「私としては研究ができさえすれば主が誰かはあまり関係ないのですね。今私と王妃の間には、友好的中立に近い関係があるのです。どろどろしたお家騒動にはかかわり合いになりたくないというのが本音なのですね」


 とりつく島もない。だが、アゼルを見るナリスの目は、決して敵意に満ちているわけではない。どちらかと言えば、興味深げな様子である。しかし、これ以上ここにいても、有力な情報は得られないと思われた。


「じゃあ、おいとまさせてもらうよ。邪魔をして悪かった」


 アゼルはその場を辞そうとしたが、ナリスはアゼルに剣を突きつけたまま、首を横に振った。


「貴方とは一度お会いして話を聞きたいと思っていたんですの」


「話? 一体何の?」


「勿論、私の研究に関わる話ですの。私は妖精の生体について研究しているのですね」


「妖精の研究? 君は《騎士》なんだから、聞きたいことは自分の妖精に聞けばいいじゃないか」


 アゼルは怪訝な顔をした。アゼルはリルルと仲良く共生しているが、リルルについて何かを調べたことなどなかったからだ。


「私の妖精に聞いてわかることくらい当然既に聞いているのですね。私が興味を持っているのは、《魔剣の騎士》アゼリオンの妖精なのです。サーキュラに聞きました。貴方の妖精は太っている、と。何故だか考えたことがありますか」


 アゼルは首を横に振った。自分の運動能力が騎士として低いのはリルルが太っているせいではないかとは思っていたが、リルルがなぜ太っているかは考えたことがなかったのだ。


「私は、貴方が魔術を使えることに関係があるのではないかと思っているのですね」


「そんな、逆じゃないのか? 魔術で魔力が消費されれば、妖精は食うものが無くなるぞ」


 アゼルは異を唱えた。


 妖精は人間のような食事を採らず、外界、すなわち自分自身を取り巻く世界に含まれる魔力(外魔力と呼ばれる)を摂取して生きている。そして妖精にとって魔力は、養分であると共に、空気のようなものであるということは《騎士》ならおそらく誰でも知っていることである。空気のような、と言われるのは、お腹が空いたら食べればいい、というものではなく、常に摂取し続けなければならないものだからだ。何らかの理由で魔力の供給が途絶えれば、妖精は長くは生きられない。


 《魔術師》は魔力を使って魔術を行使するが、外魔力を自由に使えるわけではない。基本的に《魔術師》は内魔力、すなわち体内に蓄えた魔力を用いて魔術を行使する。《魔術師》は緩やかにではあるが、外魔力を自分の中に吸収し、蓄積することができるのだ。内魔力の補充程度なら、《魔術師》と妖精の外魔力の取り合いはそれほど深刻なものではない。ただ魔術に必要な魔力の全てを自分の体内に蓄えた魔力で賄うわけではなく、魔術を使う際には多少なりとも外魔力を消費する。つまり、魔術を使えばそれだけ外魔力の濃度が低くなり、妖精の魔力摂取に支障が出ることになる。それが、妖精が魔術を嫌がる理由だと、アゼルは理解していた。


「ええ、私もサーキュラから貴方の妖精の話を聞くまではそう思っていたのですね。《魔術師》の近くにいる妖精は、痩せ細りこそすれ、太るはずなどない、と。しかし、現実に貴方の妖精は太っているのですね。何故でしょうか」


「そんなこと俺が知るわけ……」


 先刻から太っている、という言葉を連呼されて、リルルはふくれ面をしている。アゼルは別にこの話題に興味などない。リルルを傷付ける前に話を辞めて立ち去りたいのだが、ナリスはそんなことお構いなしにどんどん話を続けた。


「私の妖精に聞いたところによれば、外魔力の量は場所によってまちまちで、豊富な場所もあれば乏しい場所もあるということなのですね。妖精たちは外魔力の少ない場所にいるのは辛いそうですが、外魔力の多い場所にいるのは別に平気だというのです。彼女たちは、摂取する魔力の量を制御できるようですの。では、こんな仮説はどうでしょうか。妖精たちは魔力摂取量の抑制方法を後天的に身につけるのではないか、という仮説ですの。妖精は、生まれたとき、つまり、生まれたての人間に憑いたときには魔力の摂取量を制御できない。生まれて一定期間は、初期の成長のために、その場にある魔力を摂取できるだけ摂取する。そして、その時期が終わってある程度成長した後は、摂取量の制御方法を覚えて必要な量だけ魔力を摂取する」


「つまり、摂取量を調整できない、生後間もない時期に大量の魔力を摂取した妖精が太る、ということか」


 ナリスは頷いた。


「魔術の素質には先天性のものと後天性のものがありますの。体内に魔力の貯蔵庫を持つ者、それは妖精にとっては近くに食糧庫があるようなものですが、そんな先天的に魔術の素養を持つ者に憑いた妖精がいるとすれば、魔力の摂取を抑制する術を覚える前に魔力を大量に体に蓄えてしまい、結果として太ってしまうのではないでしょうか。先天的な《魔術師》に妖精が憑くこと自体想定し辛く、あったとしても稀有なことでしょうから、仮説の域を出ないのですが」


「すごいな。納得してしまったよ。少なくとも、俺に関して言えば当たっているんじゃないかな。俺は先天的な《魔術師》のはずだ。俺の生まれは職人の家庭で、幼児期に体に魔力を通すような経験はしていないはずだからな」


 ナリスは満足気に頷いた。


「それにしてもこんなことを研究してどうするんだ? 君の妖精は別に太ってはいないんだろ?」


 ナリスの仮説に納得しながらも、アゼルは疑問を口にした。


「太ってなんかいないですの。ですから当然、妖精の肥満の仕組みを解明したいわけではないのですね。この程度の仮説はまだまだ研究の序の口で、私の目標は、妖精に関わる全ての謎を解き明かすことなんですの!」


 勝ち気に胸を反らすナリスに何かを言う気にもなれず、じゃあこれで、と軽く手を挙げて、部屋を出ようとしたアゼルに、ナリスが声をかけた。


「こちらの話に付き合っていただいたお礼に、忠告して差し上げますのですね。王妃やそれ以上にあの星見は、悪事の証拠を残しているとは考えにくいですの。ですから、余計な血を流したくないというのでしたら、王女が王位に就くのを諦めるしかないのですね。そうでなければ、貴方の探しているような証拠が見つかろうと見つかるまいと、流れる血の量は変わらないのですね 」


 アゼルはナリスの言わんとするところをすぐに理解した。ユフィを王位につけるのであれば、同じく王位を狙う王妃とは決して相容れないのだ。アゼルは勘違いしていた。証拠を見つけることができれば王妃を殺す必要はないと思っていたのだが、仮に弑虐や遺言偽造の証拠が見つかったとしても王妃は死罪を免れないのだ。証拠が見つからなくてもユフィを王位につけようとするなら、武力に訴えるか、証拠を偽造して王妃を死罪とするか。いずれにせよ、王妃を生かしておく意味がないだろう。


「仮に証拠が見つかっても、王妃を生かしてはおけないのだから、証拠の有無など気にせずさっさと殺してしまえ、ということか」


「別にそこまでは言っていませんですの。あくまで一般論なのですね」


 淡々とナリスが言う。アゼルは苦笑して、今度こそ部屋を出た。


「《羽兜の騎士》、か。確かになかなか個性的な女性だったな。ナーシェスの奴が苦手と言ったのがわかる。リルルも災難だったな。あまり気にするなよ」


 沈んだ様子のリルルに、アゼルは声をかけた。リルルには辛い話題であっただろうと、慰めようとしたのだが、リルルは別のことを考えていたようだ。


「あの子の妖精、病気みたいルル」


 少し悲しそうに、リルルが言う。


「病気? 一体、どんな病気なんだ?」


「わからないけど、痩せほそって、衰弱してたルル」


「そうか、それでナリスは……」


 ナリスが直ぐに息を切らしたのはそれが理由なのだろう。また、奇行とも言える彼女の言動の理由も理解できた。かと言って今現在アゼルにはナリスのためにできることも思いつかない。軽く頭を振って、アゼルはナリスのことを頭から追い出した。その時だった。急にリルルがびっくりして耳をふさいだ。


「笛がなったルル! この下ルル!」


「思ったよりも早いな」


 ルティと別れて、まだ半刻程度である。王妃が動きを見せたというよりは、ルティが進んで厄介事を起こしたのではないか。そんなことを考えながら、アゼルは地下へと向かった。

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