狐番の秘密 2
京都市左京区北白川。
如意ケ嶽の大文字をバックに、小汚いマンションが朝日を浴びている。
紬は来客用駐車場に停めた車のドアを閉めると、表情を引き締めて、通いなれた眼前の建物を見上げた。その隣には、黒い猫又と若い妖狐がふわふわと浮いている。
「ここがキツネバンの巣~?」
と尋ねてきたのは妖狐の岡丸だ。
「そう。九尾になった岡丸を私と一緒に助けてくれた狐坂さんの家だよ」
紬は答えながら、二匹を従えてマンションに足を向ける。しかし、岡丸は不思議そうに首を傾げ、小さく唸って言った。
「九尾になったおいらを……? う~ん……。誰だっけ? おいら、あんまり覚えてないや……」
「ああ、そっか。岡丸は元に戻った後、ずっと寝てたから、狐坂さんと一緒にいた記憶がないんだね」
紬は事件の日のことを思い出して答える。あれからすでに半月が経っていたが、実は事件後、紬は喬とまだ一回も会っていなかった。ゆえに、岡丸が喬の顔と名前を一致させられないのは当然のことである。
「うん……。でも、それなら、おいらはその人間にお礼を言わなきゃね」
という岡丸の言葉に、紬は階段を上りながら頷いた。
「そうだね。そのためにも、狐坂さんには部屋の外に出てきてもらわないと……」
紬の目は険しい光を帯びている。
陰陽師協会に新たな妖狐絡みの依頼が舞い込んだのは一昨日のことだ。しかし、紬は喬に電話を無視され続けているせいで、まだ彼に協力を要請できていなかった。あの事件の後、事情聴取から逃げたことを私に咎められると思っているのかもれないが、業務連絡は取れるようにしておいてもらわなくては困る。
「フン。相変わらず迷惑な野郎だぜ」
紬の気持ちを代弁するかのように、千綾が鼻を鳴らして呟いた。岡丸は目を丸くして紬と千綾の表情を見比べながら再び口を開く。
「えーっと……。もしかして、キツネバンって嫌な人間なの?」
「まあ、そうだね……」
紬は喬の部屋に向かって廊下を歩きながら正直に肯定した。
「狐坂さんはだらしないし、へそ曲がりだし、面倒くさがりだし……」
「ええー……」
紬が喬の特徴を思いつくままに列挙すると、岡丸は耳を伏せて驚きの表情を浮かべる。だが、折しも喬の部屋の前に着いたところで、紬は大きくため息をつき、苦笑交じりに一言だけ付け加えた。
「――でも、彼は、誰よりも妖狐のことを想っている人だよ」
そして、扉の前に立った紬は呼び鈴に手を伸ばす。
狐坂さんの秘密を知ったからといって、私の仕事はこれまでと変わらない。私は妖怪が起こすトラブルの解決に全力を尽くし、狐坂さんは自分のやり方で、妖狐の幸せを守ろうと努める。それが陰陽師と目付け役である私たちにとって、理想的な関係なのだろう。
(そりゃっ!)
紬は心の中で掛け声を上げて呼び鈴のボタンを押し、喬が起きて玄関に出てくるのを辛抱強く待った。そして、やっと内側から扉が開いた隙に、紬は彼の腕をガシッと捕まえて言う。
「狐坂さん! 新しい依頼です!」
そこには、「しまった!」という表情を浮かべる、怠惰だが妖狐のためには努力を惜しまない、ひねくれものの狐番の姿があった。
いたずら妖狐の目付け役 完




