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兎神社のみなしご狐 3

 岡崎といえば、平安神宮や京都市動物園などの観光地が集まっていることで有名な地域である。そんな観光客でにぎわうスポットから少し外れたビルの合間に、岡崎神社はこぢんまりとやや小さめな敷地を構えていた。


「あっ。見てください。提灯に兎の模様が描いてありますよ。かわいい」


 丸太町通に面した岡崎神社の参道の入り口に着くと、紬は鳥居の手前で思わず足を止め、数歩先を行く喬の背中に向かってそう話しかけた。


「そりゃ、ここでは兎が神の使いだからな。中に入っても兎だらけだぞ」


 しかし、喬は当たり前だと言わんばかりに答えて、提灯の写真を撮る紬に構わずスタスタと鳥居をくぐって行ってしまう。


「ちょっと! 置いていかないでくださいよ!」


 紬は抗議の声を上げながら、急ぎ足でその後を追いかけた。

 参道の両脇には木が茂っていて、市街地の真ん中とは思えないほど緑豊かである。少し中に入ると愛嬌のある狛兎に出迎えられ、紬は頬が緩むのを感じた。さらに進んで手水舎を見れば、黒い兎の像があり、境内の真ん中あたりにある舞台の赤い柵の上には小さな兎みくじの置物がずらりと並んでいる。喬が言った通り、神社の中は兎で溢れていた。


「ここは兎好きの人にはたまらない空間でしょうね」


 紬は招き兎が配された立派な拝殿を写真に収めながらほっこりした気分で言う。


「ああ。それに、卯年の初詣にも人気みたいだな」


 どうでもよさそうに答える喬。と、その時、不意に拝殿の向こうから見覚えのある人影が出てくるのが目に入ったので、紬は「あっ」と驚きの声を上げた。すると向こうもこちらに気がついたようで、すぐにパタパタと走り寄ってくる。


「あらあら、こんにちは。狐坂さんと新人陰陽師の賀茂さんも」


 にこやかに声をかけてきたのは、茶髪のショートヘアで、パステル調の普段着に身を包んだふくよかな中年女性だった。彼女の名前は莵道(とどう)美佳(みか)。宇治市在住の兎番で、一人で京都市とその周辺地域を担当しているベテラン目付け役である。紬はすでに彼女と数回仕事をしたことがあった。


「あっ。こんにちは! お久しぶりです! 見回り中ですか? いつもご苦労様です」

 

 紬は丁寧に挨拶を返してから、


「それにしても、莵道さんは狐坂さんと面識があったんですね」


と、内心びっくりしながら二人の目付け役を見比べて付け加える。喬はきまりが悪そうに頭をかきながら答えた。


「まあね。知り合ったのはついこの前だけど」

「彼がこの神社で妖狐の子を追いかけ回しているところにばったり出くわしてね。どうしたものかなって、相談してたのよ~」


 莵道ものんびりした口調で補足してくれた。

 ――なるほど。陰陽師協会に依頼を出すのは狐坂さんが一人で決めたことではなかったのかと、紬は合点する。あるいは、莵道さんの手前、問題を放置することができそうにないから、早めにこちらを巻き込んでおこうと、狐坂さんは考えたのかもしれない。


「えーっと、私、まだ詳しい状況を伺っていないんですけど、その妖狐の子はここの妖兎とトラブルを起こしているんですか?」


 紬が確認すると、莵道は眉を八の字にして首を縦に振った。


「そうなのよー。やんちゃないたずらっ子でね。この神社に集まっている兎のあやかしたちにしょっちゅうちょっかいをかけるもんだから、みんな怖がって隠れちゃって」

「あらら……」


 紬は境内を見回して、そういえば妖兎にはまだ会っていないなと思う。喬は大きくため息をついて続けた。


「おまけに、厄介なのは、その妖狐が親もきょうだいもいないみなしごってところさ。この世に生を受けることができなかった狐の魂が妖怪化すると、まれにこういうことが起こったりするんだ」

「みなしご……? それって、その子がずっと独りぼっちだったってことですか?」

「ああ。妖怪は食事を必要としないから、未熟な子供でも、誰からの世話も受けずに存在し続けることができる。ただ、それで精神が健全に成長できるかはまた別の問題だ……」


 紬の質問に、喬は沈んだ面持ちで答えた。と、今度は紬の隣に浮かんだ千綾が毛を逆立てて彼を非難する。


「おい。てめー、狐番のくせに、なんでその子の面倒を見てやらなかったんだよ!?」


 喬はムッと眉根に皺を寄せて言い返した。


「そりゃ、もっと早くに気がついていたらもちろん保護してやったさ。近所の妖狐に親代わりをお願いすることもできただろう。でも、僕だって京都市内全域をくまなく巡回できてるわけじゃない。妖狐が少ない市街地はどうしても確認が手薄になるし、完全に孤立して隠れ潜んでいる妖狐の子供を見つけるのは至難の業なんだ」

「どれだけ頑張っても限界はあるから、こればっかりは仕方がないことなのよ~。彼を責めないであげてちょうだいね」


 莵道に優しく諭され、千綾はしゅんと耳を伏せて「うう……。分かったよ」とうつむく。紬はここまでのやりとりの内容をタブレット端末に素早くメモしながら質問を重ねた。

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