兎神社のみなしご狐 1
「人間と妖怪が仲良くするなんて無理だっ! あきらめろっ!」
そう怒鳴った父親の言葉を思い出す。
「紬は生まれつき霊感が強すぎるせいで、人間と妖怪の区別がついていないんでしょ!? あなたは人間なんだから、妖怪と遊ぶのはやめなさいって、何度言ったら分かるの!?」
母親は時々ヒステリックになった。
紬にとって、実家はけっして居心地の良い場所ではなかった。賀茂家の直系として重いほどの期待を背負わされ、自らの望みとは無関係に陰陽師の訓練を受けさせられていたのだから無理もないだろう。
実家から逃げ出したくなった時、紬は決まって伯母の詩織のもとを訪れた。詩織は紬の唯一の理解者であり、妖怪との平和的な付き合い方を教えてくれた先生でもあった。
「私はいつだって、紬ちゃんを応援しているよ」
詩織伯母さんが優しい言葉とともに、手製の御守りをプレゼントしてくれた思い出が脳裏によみがえる。
――時刻は午前七時。梅雨空の下、紬は胸ポケットに亡き伯母の温もりを感じながら、駆け足で吉田山公園に続く道を急いでいた。
(もっとだ……! もっともっと強くならないと!)
紬の心は使命感に燃えていた。ほどなくして、前に土蜘蛛と戦った現場に到着すると、紬は当時のことを思い出しながら、今やすっかり日課になっているイメージトレーニングをはじめる。
紬が眼前にそびえる土色の巨体をありありと思い浮かべ、霊符を指に挟んで意識を集中すると、それにボウッと青白い燐光が灯った。
「せーっ!!」
そして次の瞬間、気合いとともに青白い幻の炎を前方に放つ。どんな強大な妖怪をも焼き尽くし、祓うことができる紬の得意技だ。
(よし! いいぞ! 必要なのは圧倒的スピードと圧倒的火力!!)
紬は満足げに微笑んで拳を握りしめる。あまりにひねりのない単純な戦法だが、これこそ、紬が悩みに悩んで導き出した結論であった。
紬は基本的に妖怪を祓わないため、実戦経験を積むのが難しく、敵との高度な駆け引きを体得する機会に恵まれていない。それならば、できることはただ一つ。敵に駆け引きをする暇さえ与えず、一方的な大技で押し切るのみである。
「まだまだーっ!!」
紬は続けざまに第二、第三の炎を放った。これが現実の炎なら、辺り一面が火の海になっているところである。紬は腰に両手を当てて「ふふん」と胸をそらせた。
「どうだっ! これなら、たとえどんな大妖怪が来ようがひとたまりもないでしょ」
「ひゅーっ。ますます炎の威力が上がってるねえ……」
千綾が紬の隣に浮かんで、恐れをなしたように耳を伏せながら言う。紬は気をよくして、それからさらに一時間ほど自主練を続けた。
「ふう……。今日のところはこのくらいにしとこう……」
その後、さすがに疲れを覚えた紬はベンチに腰かけ、水筒から冷たいお茶をのどに流し込んで一息ついた。まだ夏本番には早いが、昼間は体を動かすとさすがに火照ってくる。紬は額の汗を拭ってから、休憩がてらに依頼の一覧を確認するため、タブレット端末を膝の上にのせて起動した。
「動物の怪に関連した新着依頼は一件か……。内容の詳細は……。え?」
紬は驚いて目を瞬く。そこには信じられない依頼主の名前が記載されていた。
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