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吉田山の泥棒狐 2

(よしよし。順調順調!)


 紬は狐番を首尾よく確保できたことに満足しながら、マンションの前に車を停め、喬がロードバイクを置いてくるのを意気揚々と待った。

 喬が車に乗り込んできたのは、それから約十分後のことである。


「で、今日はどこに連れて行こうっての?」


 喬は助手席にどっかと座って腕組みをすると、不機嫌そうにいきなり尋ねてきた。紬はタブレット端末の画面を彼に見せて朗らかに答える。


「はい。これから向かうのは、『吉田山(よしだやま)』の山中です。近所ですし、狐坂さんはもちろんご存じですよね?」

「あー。吉田山ね。ってことは、またあいつらか……。はいはい。依頼内容は見なくても分かったよ」


 喬は手をひらひらと振って気だるげにため息をついた。


「なら、話が早いですね」


 紬はニヤッと笑う。御器谷先輩の見立て通り、これは今年も妖狐が起こしているトラブルで間違いなさそうだ。


「じゃあ、パパッと片付けちゃいましょう! 出発します!」


 そんな威勢のよい言葉とともに、紬は車を軽快に発進させた。



 

 吉田山は市街地にぽっかりと浮かんだ離れ小島のような丘陵である。その一帯は吉田神社の境内で、歴史的には神楽岡(かぐらおか)と呼ばれていたらしい。


「はい! 着きました!」


 吉田神社の駐車場に降り立った紬は、赤い鳥居とその奥に生い茂る木々を望み、やる気に満ちた表情を浮かべた。一方、隣の喬は露骨にげんなりとしている。


「あーあ。またこのくそ広い山を歩くのかよ……。すでに足が棒になってるっていうのに」

「お疲れ様です。次からは電話での日程調整に応じてくださいねー」


 紬はにべもなく答えて、千綾と一緒に喬の背中を押した。

 そして、鳥居をくぐって階段を上っていくと、本宮や社務所がある広場に出る。さっきまで町の中にいたとは思えないほど深い緑に包まれた空間だ。紬は記念に写真を一枚撮りながら言った。


「ここは節分祭が有名ですよねー。祭りの日は人でいっぱいだったのを覚えています」

「あー。そうだね。でも、用があるのはあっちの方だろ?」


 対する喬はどうでもよさそうに山の上を顎でしゃくってまっすぐそちらへ向かう。紬は彼の後を追いかけながらキョロキョロと辺りを見回し、広場の端に鹿の像が安置されていることに気がついた。


「へー。ここには鹿の神使がいるんだ」


 紬が呟くと、喬はフンと鼻を鳴らして言った。


「そりゃ、吉田神社は奈良の春日大社の系列なんだから、神鹿くらいいるでしょ」

「え、そうだったんですか?」


 目を丸くする紬に向かって、喬は呆れ顔を向ける。


「おいおい。いくらなんでも予習不足じゃないのか?」

「あはは……。お恥ずかしい。今回は急な依頼だったので、情報を事前に仕入れる暇がなかったんです。だから、狐坂さんにはガイドをお願いしますね」

「はあ……。ガイドするのは別にいいけどさ。あんた、ちょっと張り切って働きすぎなんじゃないの? 陰陽師協会ってそんなにブラックな職場なのか?」

「いやいや、陰陽師協会が悪いんじゃなくて、私が率先して依頼を引き受けてるんです。あ、見てください! この道の先には、菓祖(かそ)神社っていう、お菓子の神様を祀った神社があるみたいですよ!」

「寄り道はしないぞ。必要以上に歩かされるのはごめんだ。――それにしても、あんたって、つくづくおかしな陰陽師だよな。大豊神社の時もそうだったし、どうしてそこまで頑張ってるんだよ?」

「いやあ、どうしてでしょうね? どこかの目付け役がサボってばかりだからですかね?」

「あー。ごめん。悪かったよ……」


 そんな軽口を叩き合いながら、二人は石畳の坂道を上っていく。しかし実は、最後の喬の質問に対する答えを、紬はとっさにはぐらかしていた。


(どうしてそこまで頑張ってるんだよ……か)


 喬の言葉を心の中で繰り返し、紬はスーツの胸ポケットにスッと手を当てた。




 やがて石畳は山道に変わり、ちょっとしたハイキングの様相を呈してくる。

 ぶつくさと不平を漏らす喬の先導で坂道を上りきると、にわかに視界が開け、遊具や公衆トイレを備えた大きな公園に出た。平日の昼間だからか、ベンチの前でストレッチをしているおばあさんが数人いるだけで、とても閑散としている。


「ここだろ? 現場は」


 喬は足を止め、公園の方を親指で指して尋ねてきた。紬はタブレット端末で依頼の詳細を再確認して頷く。


「……そうですね。この公園の隅で妖狐が問題を起こしているようです」

「じゃあ、公園の向こうの竹中(たけなか)稲荷神社周辺を縄張りにしている妖狐たちの仕業で確定だな。はあ……。いつも来るたびに言い聞かせてるのに、仕方のないやつらだよ、まったく……」


 喬は嘆息し、慣れた足取りでスタスタと公園を横切りはじめた。そして、木々に囲まれた石碑の裏に回り込むと、うんざりした顔で地面を指さす。彼に追いつき、そちらを見た紬は目を丸くした。


「わっ。これ全部、付喪神ですか!?」

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