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番外編:偉人たちの休憩室

(スタジオの重厚な扉の向こうにある、出演者用の休憩室。内装は、本編の荘厳さとは打って変わって、温かみのある木材と柔らかな間接照明で満たされた、モダンで落ち着いた空間だ。壁の一面は巨大なガラス窓のようになっており、その向こうには静かな星々が輝いているように見えるが、よく見るとそれは超高精細な映像ディスプレイのようだ。中央には大きなソファが置かれ、テーブルにはそれぞれの時代や好みを反映した飲み物が用意されている。レオナルド・ダ・ヴィンチは興味深そうに自動でコーヒーを淹れる機械を観察し、アイザック・ニュートンは熱い紅茶を手に、少し離れた椅子で眉間に皺を寄せている。アルベルト・アインシュタインはリラックスした様子でソファに深く沈み込み、空海は静かにお茶をすすっている)


アインシュタイン:「いやはや、ニュートン先生は相変わらずお固い。もう少し肩の力を抜かないと、時空が歪んでしまいますよ?」


ニュートン:「貴様と馴れ合うつもりはない。それに、時空は神の法則の下にあり、貴様の冗談で歪むほど脆弱ではない」


ダ・ヴィンチ:(淹れたてのコーヒーを一口飲み、その香りに感嘆する)「ほう!豆を煎り、細かく挽き、熱い湯を注ぐ…。わたくしの知るものと同じ理屈だが、この機械はなんと手際の良いことか。素晴らしい!この仕組みも、後でスケッチさせてもらわねば…」


(ダ・ヴィンチが好奇心に満ちた目で部屋を見回していると、ふと、壁の巨大なディスプレイに映し出されている映像に気づく。それは、未来の世界の「ニュース」を流しているらしかった)


ダ・ヴィンチ:「おや、あれは何ですかな?動く絵物語か…?」


(ディスプレイには、信じられないほど筋肉が肥大した男性が、鏡の前でポーズを取っている映像が映し出される。しかし、その直後、男性は苦しげな表情で胸を押さえ、その場に倒れ込んでしまう。テロップには『過剰なトレーニングの危険性。ボディビルダー、大会直前に倒れる』と表示されている。続いて、映像は骨と皮のように痩せ細った若い女性の姿に切り替わる。彼女は力なく微笑んでいるが、その瞳には生気がない。テロップには『痩身こそ美しい?極端なダイエットが招く健康被害』とある)


ダ・ヴィンチ:(怪訝な顔で、その映像を食い入るように見つめる)「むう…。これは…一体何をしているのです?この男性の筋肉…特にこの上腕や胸の膨らみ方は、極めて不自然だ。人体の構造上、これほどの筋繊維の肥大は、関節の可動域を著しく狭め、本来の動きを阻害するはず。これでは、重いものを持ち上げることはできても、しなやかに剣を振るったり、絵筆を走らせたりすることは到底できそうにない。なぜ、自ら機能性を損なうようなことを…?」


(ダ・ヴィンチは、純粋な解剖学者としての疑問を口にする。その隣で映像を見ていたニュートンが、吐き捨てるように言った)


ニュートン:「愚の骨頂だな。見るに堪えん」


アインシュタイン:「おや、先生。あなたも興味が?てっきり、下世話なことには関心がないかと思っていましたが」


ニュートン:(アインシュタインを睨みつけ)「関心ではない。不快なのだ。神から賜った、健常なる身体を、自らの虚栄心や、移ろいやすい流行のために、意図的に毀損するとは!この者たちは、神への感謝というものを知らんのか!精神の堕落も甚だしい!」


ダ・ヴィンチ:「虚栄心、ですかな。確かに、この者たちの目的は、身体の『機能』を高めることではなく、ただ『見せる』ことにあるようですな。わたくしが描く人体は、あくまで自然な調和と機能美に基づいている。黄金比というものが、我々の身体には宿っているのです。だが、この映像の者たちは、その調和を自ら破壊している…。美しさとは、一体何なのか、分からなくなってしまいますな」


ニュートン:「美などではない!醜悪だ!規律を失った精神が、肉体に現れただけの話。このような情念の暴走は、厳しく罰せられるべきだ。神は、節制と規律を重んじる。己の欲望を律することのできない者に、神の恩寵などありはしない!」


(ニュートンは、まるで異端審問官のように、未来の若者たちを断罪する。その厳しすぎる言葉に、アインシュタインがやれやれと首を振りながら、割って入った)


アインシュタイン:「まあまあ、ニュートン先生。そう一方的に断罪するものでもありませんよ。私には、この現象、物理学的に見ても非常に興味深く思えます」


ニュートン:「物理学だと?この堕落のどこに、そんな高尚なものがあるというのだ」


アインシュタイン:「ある一点に、過剰なエネルギーを投入しすぎると、全体のシステムが不安定になり、調和が崩れて、やがては崩壊に至る。これは、星の成り立ちや、原子の振る舞いにもどこか似ています。この男性は、筋肉という一点にエネルギーを集中させすぎた。こちらの女性は、体重を減らすという一点に、エネルギーを注がなさすぎた。どちらも、全体のバランス…恒常性ホメオスタシスとでも言いますかな、それを見失った結果なのでしょう」


(アインシュタインは、コーヒーカップを手に取り、少し悲しそうな目で映像を見つめる)


アインシュタイン:「ですが、私が本当に興味があるのは、その先です。『なぜ、彼らはそうまでして、バランスを崩さなければならなかったのか?』ということですよ。きっと、彼らをそうさせるだけの、何か強い力が働いているはずです。社会からの圧力、あるいは、他者からの承認を求める渇望、自分自身への深いコンプレックス…。彼らを責めるのは簡単です。ですが、その背景にある『見えざる重力』のようなものを考えずして、この問題の本質は理解できないのではないでしょうか。もしかしたら、彼らは、我々には見えない何かと、必死に戦っているのかもしれませんよ」


(アインシュタインの言葉は、ニュートンの「個人の堕落」という視点を、より大きな「社会や心理の問題」へと広げた。三人の天才が、それぞれの視点で議論を交わしているのを、空海は静かにお茶をすすりながら、穏やかな表情で聞いていた。その視線に気づいたダ・ヴィンチが、彼に問いかける)


ダ・ヴィンチ:「空海殿は、この者たちのことを、どう思われますかな?あなたの教えでは、厳しい修行もなさると聞きますが…」


空海:(ゆっくりと茶碗を置き、静かに口を開く)「…お見受けしたところ、この方々は、立派な舟をお持ちのようですな」


アインシュタイン:「舟、ですか?」


空海:「さようにございます。わたくしたちにとって、この肉体というものは、迷いの海であるこの世(此岸)から、悟りの世界(彼岸)へと渡るために、仏様からお借りしている、大切な大切な『舟』なのでございます。そして同時に、彼岸へ渡るための修行をするための、かけがえのない『道具(法具)』でもあります」


(空海は、ディスプレイの映像に、慈しむような、しかし少しだけ憂いを帯びた視線を向ける)


空海:「この方々は、その舟を、金や銀で飾り立て、見た目を立派にすることに、夢中になっておられるように、わたくしには見えます。舟が立派になれば、他の誰かが褒めてくれるやもしれませぬ。しかし、舟を飾り立てることそのものが目的になってしまい、肝心の、渡るべき『岸』がどちらにあるのかを、見失ってしまっている。オールを漕ぐことも忘れ、ただただ港で自分の舟を磨き続けている…そのような儚さを感じまする」


ニュートン:「ふん。やはり、目的を見失った愚か者ということではないか」


空海:(ニュートンの言葉を、穏やかに受け止め)「わたくしどもも、悟りを得て金剛不壊の身体、つまり仏様そのものの身体になることを目指し、時には厳しい修行もいたします。断食もすれば、山中を駆け巡ることもある。しかし、それはあくまで、舟を彼岸へと渡すため。舟そのものを飾り立てるためでは、決してございませぬ。目的と手段が、逆になってしまっている。これは、人の心が『執着』というものに囚われた時に、よく起こることでございますな」


アインシュタイン:「執着、ですか…。確かに、彼らは『痩せている自分』や『筋肉質な自分』という、特定の『状態』に強く執着しているように見えますね」


空海:「どちらかに、極端に偏りすぎているのです。仏教では、そのように極端に偏ることを戒め、『中道ちゅうどう』を説きます。有るに非ず、無きに非ず。苦しめるに非ず、楽をさせるに非ず。その真ん中の道こそが、最も穏やかで、物事の真の姿を見ることができる道なのです。この方々の心も、そして身体も、その穏やかな真ん中の道から、少し外れてしまっているのかもしれませぬな」


(空海の言葉に、休憩室は再び静寂に包まれる。本編の壮大な議論とは違う、より身近なテーマであったが、結局、天才たちの思考は、同じような結論へと収束していくようだった)


ダ・ヴィンチ:(深く頷き)「なるほど…。やはり、何事も『調和』こそが、美しさの基本ですな。行き過ぎも、足らなすぎも、その調和を壊してしまう」


ニュートン:(少しだけ表情を和らげ)「…ふん。何事も、神の定めたもうた『節度』が肝要だということだ。それは認めよう」


アインシュタイン:(にっこりと笑い)「偏りのない、バランスの取れた視点…。それは、この宇宙の法則にも、そして人の生き方にも通じる、大切なことのようですな」


空海:(静かに微笑み)「それこそが、中道にございます」


(その時、休憩室の壁が淡く光り、柔らかいチャイムの音が鳴り響く。休憩時間の終わりを告げる合図だった)


アインシュタイン:「おっと、時間切れのようだ。さて、次のラウンドはどんな難問が待っていることやら。先生方、また議論の続きを楽しみましょうぞ!」


(四人の天才たちは、それぞれのカップを置き、再びスタジオへと続く扉に向かって、ゆっくりと歩き始めた。時空を超えた対話は、まだ終わらない)

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