表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

最終ラウンド:『未来への方程式』~科学と宗教の共存~

(ラウンド3が終わり、スタジオにはこれまでのどの瞬間とも違う、深淵な静寂が満ちている。「決まっているか、いないか」という二元論の問いが、空海の言葉によって超越された今、四人の天才たちの表情には、互いへの反発ではなく、むしろ深い思索と、ある種の敬意すら浮かんでいるように見える。案内人あすかは、その静寂が、最後の問いへの序曲であることを告げるように、厳かに口を開いた)


あすか:「決定論という揺るぎない壁。偶然性という生命の躍動。そして、その二元論すらも包み込む、大いなるいのちの流れ…。天才たちの声は、私たちに宇宙の真の姿そのものを教えてはくれませんでした。しかし、世界をどう見るか、という多様で、豊かで、そして深遠な『窓』を、示してくれました」


(あすかがクロノスを掲げると、スタジオの空間に、現代社会を象徴する科学技術の映像が、万華鏡のように次々と映し出されていく。自律的に思考するAIの青白い回路。生命の設計図を書き換えるゲノム編集の光。現実と見紛うばかりのVR空間。そして、漆黒の宇宙空間を突き進む、人類の宇宙船――)


あすか:「これが、あなた方の時代には存在しなかった、私たちの時代の力です。ある者はこれを『進歩』と呼び、ある者はこれを『傲慢』と呼ぶ。神の領域にさえ踏み込むかのような、このあまりに強大な科学技術と、これからの人類はどう向き合っていくべきなのでしょうか」


(あすかは、四人の天才たち一人ひとりの顔を、真剣な眼差しで見つめる)


あすか:「これまでの議論のすべてを踏まえ、皆様の最終的な『結論』として、未来に生きる我々への提言を、お聞かせください。まずは、ダ・ヴィンチ様。あなたからお願いいたします」


ダ・ヴィンチ:(目の前に広がる未来の技術の映像に、これまでのどの瞬間よりも目を輝かせている。その表情は、老賢人というよりも、新しいおもちゃのカタログを夢中でめくる少年のようだ)「おお…!なんと、なんと素晴らしい!これが、未来の世界ですかな!人間の頭脳を超えた知性を創り出し、生命の形そのものを書き換える…。ああ、もしわたくしが、この時代に生きていたならば!寝る間も惜しんで、その仕組みを、その構造を、この手でスケッチしたでしょうに!なんと羨ましいことか!」


(ダ・ヴィンチは、一頻り感嘆の声を上げた後、ふっと表情を引き締め、穏やかだが芯の通った声で語り始めた)


ダ・ヴィンチ:「ですが、あすか殿。これらはあくまで『道具』です。わたくしが設計した数々の兵器がそうであったように、どんなに優れた道具も、使い方を誤れば、世界を破滅に導く凶器となりうる。メスが、名医の手にかかれば人を癒す奇跡の道具となり、狂人の手に渡ればただの凶器となるように。これらの未来の力もまた、それを使う我々人間自身にかかっているのです」


(彼は、まるで未来の弟子たちに教え諭すかのように、指を折りながら語る)


ダ・ヴィンチ:「わたくしが思うに、これからの未来を生きる人間に最も必要なのは、三つの力の調和です。バランス、と言ってもよい」


ダ・ヴィンチ:「一つは、物事の仕組みを解き明かし、論理的に理解する力。ニュートン殿やアインシュタイン殿が示してくれたような、『知るサペレ』。二つ目は、物事の表面的な形だけでなく、その奥にある繋がりや、調和や、言葉にならぬほどの美しさを見抜く力。わたくしが追い求めてきた、『見るヴェデレ』です」


(ダ・ヴィンチはそこで一度言葉を切り、慈愛に満ちた表情で続ける)


ダ・ヴィンチ:「そして、最も大切なのが、三つ目の力。それは、自らが探求し、創り出したものを含め、この世界のあらゆるものを、分け隔てなく慈しむ心…『アモーレ』の力です。『知る力』ばかりが暴走すれば、世界は冷たい計算だけで動く、無味乾燥な場所になるか、あるいはただ破壊し尽くされるだけの危険な力となるでしょう。『見る力』だけでは、美しいと感動するだけで、何も生み出せぬかもしれぬ。そして、『愛』だけを叫んでも、無力なまま終わるやもしれぬ」


(彼は、両手で美しい三角形を描いてみせた)


ダ・ヴィンチ:「知ること、見ること、そして、愛すること。この三つの力が、正三角形を描くように、見事な調和を保った時、初めて人類は、その手にしたあまりに強大な新しい道具を、正しく、そして美しく使うことができるのではありませんかな。それが、わたくしからの、ささやかな提言です」


(ダ・ヴィンチの人間賛歌とも言える提言に、スタジオは温かい空気に包まれる。アインシュタインは深く頷き、空海は静かに微笑んでいる。その空気を切り裂くように、冷たく、厳しい声が響いた)


ニュートン:「…甘いな。あまりにも甘すぎる」


(ニュートンが、未来の技術の映像を、まるで汚物でも見るかのように、冷ややかに一瞥した)


ニュートン:「ダ・ヴィンチ殿。貴公は、人間という存在を買いかぶりすぎている。愛だの調和だの、そのような曖昧で、移ろいやすい感情に、人類の未来を委ねることなど、断じてできん!」


あすか:「では、ニュートン様。あなたの提言は、どのようなものでしょうか」


ニュートン:(立ち上がり、まるで法廷で告発する検事のように、断罪するような口調で語り始める)「人間の驕り昂り、ここに極まれり、か。自らを神と勘違いした、愚かな子供たちの砂遊びにしか、わたくしには見えん。AIだかゲノムだか知らんが、それらも結局は、神がこの宇宙の始まりに定めたもうた、物理法則と数学的原理の上になりたつ、ただの現象に過ぎんのだ。人間が何かを『創造』したなどと、思い上がるのも大概にせよ。神が許した法則の範囲内で、粘土をこねくり回し、何かを『組み替えた』だけのことではないか」


(その言葉は、現代科学の成果を、根底から見下すような、絶対的な視点に満ちていた)


ニュートン:「未来の者たちよ、忘れるな。いかなる強大な技術を手にしたところで、お前たちは、この地球を太陽の周りに縛り付けている万有引力の法則から、一瞬たりとも逃れることはできんのだ。お前たちの心臓を動かし、思考を司る化学反応も、すべては神の定めた法則の下にある。お前たちは、一瞬たりとも、神の掌の外に出ることはできんという、その絶対的な事実を、まず骨の髄まで刻み込むがいい!」


(ニュートンは、天を指さす)


ニュートン:「わたくしからの提言は、ただ一つ。そして、これ以外にはない。神が創りたもうた、この宇宙の完璧な秩序と、揺るぎない法則への『畏怖』を、決して忘れるな。その絶対的な力への畏怖を失い、自らの手にした小さな力を過信した時、人類はかつて、天に届かんとして神の怒りを買い、言葉を乱され、世界中に散らされたという、あのバベルの塔の愚行を、必ずや繰り返すことになるであろう。心して、聞くがいい」


(ダ・ヴィンチの人間賛歌と、ニュートンの厳格な警告。二つの全く異なる提言がスタジオに緊張感をもたらしている。人間の可能性を信じるのか、それとも神の絶対性の前にひれ伏すべきか。その問いは、まるで未来の人類に突きつけられた踏み絵のようだ。案内人あすかは、その緊張を解きほぐすかのように、静かに次の対話者に視線を向けた)


あすか:「ダ・ヴィンチ様の人間への信頼と、ニュートン様の神への畏怖…。まさに光と影のような、対照的な提言です。アインシュタイン様、あなたはこの二つの意見の間に、どのような橋を架けますか?あなたの結論をお聞かせください」


アインシュタイン:(ニュートンの厳しい表情を、どこか労わるような、優しい眼差しで見つめながら、穏やかに話し始める)「先生ニュートンのお言葉は、いつもながら耳が痛い。人間が、その手にした力に驕り、過ちを犯してきた歴史を思えば、あなたの警告はあまりに正しい。ですが…私は、それでももう少しだけ、この愚かで、しかし愛おしい人間という存在を、信じてみたいのですよ」


(アインシュタインは、自らの過去を省みるように、少し遠い目をする)


アインシュタイン:「これらの技術が、どれほど危険な側面を持っているか…。原子の力を解放する方程式を見つけてしまった私が、誰よりもよく知っています。私の発見した、あのささやかな数式が、人類に無限のエネルギーをもたらす光にもなれば、一瞬にして広島、長崎の街を焼き尽くす、地獄の業火にもなる。科学者には、その両方の可能性を、誠実に世界に示す責任があるのです」


(彼の声には、深い悔恨と、科学者としての重い責任感が滲んでいた)


アインシュタイン:「ですが、その力をどちらに使うべきか、という最も重要で、最も難しい問いに、科学は決して答えてはくれない。科学は『Howいかにして』を教えることはできても、『What(何を)』や『Shouldすべきか』を教えることはできないのです。では、その倫理的な羅針盤は、一体どこから来るというのか?ニュートン先生の仰るように、何百年も前に書かれた聖書の言葉からでしょうか?私は、そうは思いません。なぜなら、その教義は時に、ガリレオの時のように、真理の探求の足枷ともなりうるからです。未来は、過去の言葉だけで導くことはできない」


(アインシュタインは、そこで一度、天を仰いだ)


アインシュタイン:「私が未来に希望を託すのは、ダ・ヴィンチ先生の言う『愛』に、そしてニュートン先生の言う『畏怖』に、とても近いものかもしれません。私が、これまで『宇宙的宗教感情』と呼んできたもの…。つまり、国や人種、信じる神々の名の違いをすべて超えて、あらゆる人間の心の奥底に、きっと共通して存在するはずの、この宇宙の成り立ちの精妙さや、道端に咲く一輪のタンポポの奇跡に対する、素朴な感動と畏敬の念です。その、誰かに教えられるものではない、自らの内から静かに湧き上がってくる感情こそが、我々が野蛮な力に溺れず、未来への正しい道を選ぶための、唯一の光となるのではないでしょうか」


(アインシュタインは語り終え、静かに席に着いた。彼の提言は、ダ・ヴィンチの人間愛とニュートンの畏怖を、より普遍的で、内面的な「感情」へと昇華させるものだった。その静かな希望に満ちた言葉を受け、最後に、空海がゆっくりと口を開いた。その声は、これまでのどの瞬間よりも、深く、そして澄み渡っていた)


空海:「力強き道具を手にすれば、人は、自らが万能になったかと錯覚する。それは、千年の昔も、そして皆様の言う遥かなる未来も、おそらくは変わることのない、人の心の常でございましょう」


(空海は、三人の西洋の天才たち一人ひとりに、慈しむように視線を送りながら続ける)


空海:「ですが、どれほどの力を得ようとも、決して忘れてはならぬ、たった一つのことわりがございます。それは、あなた方一人ひとりも、その力が生み出したAIとやらも、すべては単独で存在しているのではなく、数えきれぬほどの無数の縁によって、互いに繋がり、支え合い、生かされている、ということでございます」


(空海は、空間に浮かぶ未来技術のホログラムに、そっと手をかざす)


空海:「あなた方の言う、そのAIとやらは、それを作った人間がいなければ生まれませぬ。その人間は、大地の実りを食べねば生きてはゆけぬ。その大地は、天から降り注ぐ太陽の光と、慈雨の恵みがなければ、何一つ育むことはできませぬ。太陽も、雨も、大地も、人も、その人が生み出したAIも、すべては巨大な帝釈天の網の目のように、複雑に絡み合い、互いを映し合い、繋がり合っている。この世界の真の姿を、仏教では『縁起』と申します」


(その言葉に、三人の天才たちは、自らの探求してきた「法則」や「調和」が、さらに大きなネットワークの一部であったことに、はっと気づかされる)


空海:「この縁起の理を、知識として頭で理解するのではなく、ご自身の身体で、心の底から『そうであったか』と悟ることができた時、人は自ずと、他者への、そして自分以外のあらゆる存在への、尽きることのない感謝と思いやりの心が生まれてくる。これを『慈悲』と申します。未来を照らす方程式があるとすれば、それは、新しい力そのものではなく、その力を正しく使うための、この『慈悲』の心ではないでしょうか。自らが、この大いなるいのちの網の目の一つに過ぎないと深く知れば、その力を、他者を、そしてこの世界そのものを傷つけるために使おうなどとは、決して、思わぬはずですから」


(空海の言葉が、最後の提言としてスタジオに深く染み渡っていく。それは、全ての対立を超え、未来への具体的な心の在り方を示す、温かくも力強い道標だった。あすかは、四人の天才たちの顔をゆっくりと見渡し、万感の思いを込めて、この長い対話の幕を閉じる)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ