オープニング
シーン:アバンタイトル
(静寂。完全な暗闇。やがて、遠くで生まれた星が弾けるように、空間に黄金の文字や記号が生まれ、そして消えていく。それは、万有引力の法則を示す数式であったり、人体の構造を表す緻密なスケッチであったり、相対性理論のテンソル式であったり、梵字で書かれた経文の一節であったりする。無数の「知」の星屑が漂う中、ゆっくりとカメラがパンすると、その中心に静かに立つ一人の女性のシルエットが浮かび上がる。スポットライトが、彼女――司会者のあすかを照らし出す。星屑を織り込んだかのようなダークネイビーのドレスが、彼女の動きに合わせて微かにきらめく。手には、透明なガラス板のように見える不思議なタブレット「クロノス」が握られている)
あすか:「時間と、空間。過去と、未来。その境界線が溶け合う場所…。物語の声だけが集う、この書斎へようこそ。『歴史バトルロワイヤル』、わたくしは、物語の声を聞く案内人、あすかと申します」
(あすかが優雅に一礼する。その声は、若々しく澄み渡っているが、どこか古の物語を語り継いできたかのような深みを感じさせる。彼女がそっとクロノスに触れると、背景に漂っていた知の星屑が、彼女の意志に応えるように渦を巻き始める)
あすか:「あらゆる時代、あらゆる場所で、人は問い続けてきました。『この世界は、いかにして成り立っているのか』と。星の運行を読み、人体の神秘を覗き、原子のさらに奥深くを求め…。その探求の果てに、ある者は『神の設計図』を見出し、ある者は『普遍の法則』を発見しました」
(背景の映像が、ガリレオ・ガリレイが宗教裁判でうなだれる姿の古めかしい絵に変わる)
あすか:「時に、探求は『信仰』と衝突し、悲劇を生みました。『それでも地球は動く』。その声は、真理を求める人間の、痛切な叫びでした」
(映像が、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』の図版、そして現代のDNA二重らせん構造のCGへと目まぐるしく変化する)
あすか:「時に、探求は『神の領域』を侵すものとされました。生命の起源、その進化の先に、私たちは何を見るのでしょうか」
(映像が、量子の世界を表す、確率の雲のように揺らめく粒子たちのイメージに変わる。そこには不確定性原理を示す数式が浮かび上がる)
あすか:「そして今、人類がたどり着いた世界の最小単位…。そこは、厳格な法則ではなく、『確率』が支配する、不確かな世界でした。この結論は、私たちに、そして歴史上の天才たちに、根源的な問いを投げかけます」
(あすかが、カメラを真っ直ぐに見つめる。その瞳は、挑戦的ですらある)
あすか:「今回の声のテーマは、『科学と宗教の共存』。そして、皆様と共に考える問いは、ただひとつ…」
(あすかの背後に、ゆっくりと言葉が浮かび上がる。『神はサイコロを振るか?』)
あすか:「世界は、寸分の狂いもなく書かれた設計図通りに動いているのか。それとも、予測不能な偶然に満ちた、気まぐれな遊戯なのか。この問いに、歴史上、最も深く世界の真理に迫った天才たちの声を聞いてみましょう。さあ、今宵も、歴史の幕を上げます」
シーン:スタジオ
(カメラが切り替わり、スタジオの全景が映し出される。重厚な黒曜石のような素材で作られたコの字型のテーブルが中央に鎮座している。参加者の席は4つ。背景には、ハッブル宇宙望遠鏡が捉えたような壮大な星雲や銀河の映像が、極めてゆっくりと流れ続けている。スタジオの中央には、天井から吊るされた巨大なフーコーの振り子が、厳粛に時を刻むように静かに揺れている。あすかは、コの字テーブルの中央、振り子の手前に立っている)
あすか:「声の主たちをお招きする前に、この場所について少しだけ。ここは、あらゆる時間軸から切り離された特異点。過去も未来もありません。あるのは、対話のための『今』だけです」
(あすかがクロノスを掲げ、操作する。すると、スタジオの奥、あすかの背後に立つ巨大なリング状の装置「スターゲート」が、低い起動音と共に青白い光を放ち始める。光は徐々に強まり、ゲートの内側が水面のように揺らめき、時空の入り口が開いたことを示す)
あすか:「最初の声の主は、15世紀イタリア、ルネサンスの黄金時代に咲き誇った、人類史上最も万能な知性。芸術、科学、発明、解剖…。彼の好奇心は、世界のあらゆる構造に美を見出し、その手で解き明かそうとしました。飽くなき探求者。レオナルド・ダ・ヴィンチ!」
(スターゲートの内側から、ふわりと鳥の羽が数枚舞い出てくる。続いて、羊皮紙に描かれたヘリコプターや人体解剖図のスケッチが、光の粒子となって空間に舞い散る。その光の中から、柔和な笑みを浮かべたレオナルド・ダ・ヴィンチが、ゆっくりと姿を現す。彼は物珍しそうにスターゲートのリングにそっと触れ、スタジオを興味深そうに見回しながら、あすかに向かって優雅に一礼する)
ダ・ヴィンチ:「これはこれは…。不思議な仕掛けですな。あなた様が、私を呼ばれたので?レオナルドと申します。フィレンツェのしがない絵描きですかな」
あすか:(微笑み)「ようこそ、ダ・ヴィンチ様。あなた様の知性を、この場にお迎えできることを光栄に思います。どうぞ、あちらのお席へ」
(ダ・ヴィンチは、子供のような好奇心でフーコーの振り子を眺めながら、指定された席に着く。彼が座ると、テーブルの彼の前部分が淡く光り、彼の名と紋章が浮かび上がる)
あすか:「続いての声の主は、17世紀イングランド、科学革命の時代に、神が定めた宇宙の法則を数式という言語で描き出した、近代科学の父。彼の名は、世界の姿を永遠に変えました。神の法を読む男。アイザック・ニュートン!」
(スターゲートから、一条の白い光が走り、スタジオの壁に当たって七色のスペクトルに分かれる。続いて、一個のリンゴがゆっくりと、しかし抗いがたい力に引かれるようにゲートから落ちてくる。その奥から、神経質そうな厳しい表情を浮かべたアイザック・ニュートンが、厳かに歩み出てくる。彼は誰にも目をくれず、ただ正面を見据え、その足取りには一切の迷いがない)
ニュートン:(あすかに軽く会釈するのみで、ダ・ヴィンチを一瞥し)「…ふむ。奇妙な骨董品と、見慣れぬ男がいる。ここは一体、どこの王立協会かね?」
あすか:「ニュートン様。ここは時を超えた対話の場。あなた様の厳格なる知性こそ、この場に必要不可欠です。どうぞ、ダ・ヴィンチ様のお向かいの席へ」
(ニュートンは少し不満げな表情を浮かべながらも、指定された席に寸分の狂いもなく腰を下ろす。彼の前のテーブルにも、その名とケンブリッジ大学の紋章が輝く)
あすか:「三人目の声は、20世紀、二つの大戦が世界を分断した時代に、時空の概念そのものを覆した革命家。彼の理論は、我々の宇宙観を根底から書き換えました。宇宙の秩序と調和に神性を見出した、宇宙にひれ伏す物理学者。アルベルト・アインシュタイン!」
(スターゲートの奥の空間が、重力レンズ効果のようにぐにゃりと歪む。有名な数式E=mc2が炎のように燃え上がり、その向こうから、少し癖のついた髪を揺らしながら、アルベルト・アインシュタインが人懐っこい笑顔で登場する。彼は少しおどけたように、驚いてみせる)
アインシュタイン:「こいつは驚いた!ワームホールかな?理論上は可能だと思っていたが、実際に体験できるとは!素晴らしい!」(彼はニュートンとダ・ヴィンチを見て、さらに目を輝かせる)「おお!これはこれは!レオナルド先生に、アイザック先生ではありませんか!いやはや、こんな光栄なことはない!サインを貰ってもいいかね?」
ニュートン:(アインシュタインの馴れ馴れしさに、眉間に深い皺を寄せ)「…貴公、一体何者だ。私の名を気安く呼ぶでない」
あすか:(くすりと笑い)「アインシュタイン様、あなた様のユーモアは場を和ませます。ですが、サインは後ほど。どうぞ、ニュートン様のお隣へ」
(アインシュタインはウィンクを一つして、楽しそうに席に着く。彼の前には、相対性理論を象徴する格子状の時空のデザインが浮かび上がる)
あすか:「そして最後の声は、遠く東方の国、日本より。9世紀、平安の世に、密教の深遠なる宇宙観をもたらし、森羅万象に仏が宿ると説いた覚者。彼の知性は仏法に留まらず、土木、教育、芸術にまで及んだ、まさに超人。日本の大師、空海!」
(スターゲートから、ゴーン…という深く厳かな鐘の音が響き渡る。ゲートの内側が金色に輝き、胎蔵界・金剛界の二つの曼荼羅がゆっくりと回転しながら現れる。その中央から、墨染の衣をまとった空海が、静かな、しかし圧倒的な存在感を放ちながら現れる。彼は合掌したまま静かに目を閉じ、一歩スタジオに足を踏み入れると、ゆっくりと目を開き、その場にいる全員を穏やかな眼差しで見渡す)
空海:「…呼ばれる声あり。時も理も超えたる縁、これまた仏意なるか。お初にお目にかかりまする。遍照金剛、空海と申しまする」
(その静かな声は、スタジオの隅々まで染み渡り、先ほどまであった天才たちの緊張感を、不思議と鎮めていく。ダ・ヴィンチは感嘆し、アインシュタインは興味深そうに、ニュートンでさえも、その不可思議な存在感に言葉を失っている)
あすか:「空海様。東方の深遠なる叡智、確かにお迎えいたしました。どうぞ、ダ・ヴィンチ様のお隣の席へ」
(空海は静かに頷き、席に着く。彼の前には、彼の書を代表するような、力強くも流麗な梵字が浮かび上がった)
シーン:オープニングトーク
(四人の天才が、コの字型のテーブルに揃った。ダ・ヴィンチと空海、ニュートンとアインシュタインがそれぞれ隣り合い、向かい合っている。壮観というほかない光景だ。あすかは、彼らの中心に立ち、再び口を開く)
あすか:「皆様、時空を超えてようこそおいでくださいました。改めまして、わたくしは案内人のあすか、と申します。早速ですが、この場に皆様をお呼びした理由、その核心に触れたいと存じます」
(あすかはクロノスを操作し、四人の天才の眼前に、ホログラムでその言葉を浮かび上がらせる。『神はサイコロを振るか?』)
あすか:「この問いを聞いて、率直に何をお感じになりますか?アインシュタインさん、あなた自身の有名な言葉ですが、まずはあなたからお聞かせいただけますか?」
アインシュタイン:(少し照れたように髪をかきながら、しかし瞳は真剣な輝きを宿して)「いやはや、私の口癖をこうして大々的に掲げられるとは、少し恥ずかしいですな。ですが、答えは何度聞かれても同じこと。断じて『振らない』。神様は、そんな気まぐれな賭博師のような真似はしませんよ。この宇宙は、驚くほど美しいハーモニーで満ちている。星の運行から、光の振る舞いまで、すべては厳格で美しい法則に貫かれている。それを『偶然』だなんて言葉で片付けてしまうのは、あまりにも怠惰で、この宇宙への冒涜だと私は思うのです」
ニュートン:(アインシュタインの言葉が終わるか終わらないかのうちに、低い、怒りを抑えた声で割り込む)「…冒涜、だと?貴公がそれを言うか」
アインシュタイン:「おや、ニュートン先生。何かお気に障りましたかな?」
ニュートン:(アインシュタインを鋭く睨みつけ)「神を『賭博師』に例えること自体が、最大の冒涜だと言っているのだ!貴公の言う通り、この宇宙が寸分の狂いもない法則で満ちているのは、それが全知全能なる神の、完璧なる設計だからに他ならん!神の御業は完全無欠!その御業のどこに『サイコロ』などという、不確かで下劣な偶然が入り込む余地があるというのか!それこそあり得ん!」
ダ・ヴィンチ:(対立する二人を交互に見ながら、面白そうに口を挟む)「まあまあ、ニュートン殿、そう熱くならずに。アインシュタイン殿の言いたいことも分かります。しかし、私はお二人の議論よりも、その『サイコロ』というもの自体に興味がありますな」
ニュートン:「何だと?話の腰を折るな、絵描き」
ダ・ヴィンチ:(全く気にした様子なく、楽しそうに続ける)「お許しあれ。ですが、偶然に見えるものにも、必ず仕組みはあるはずです。そのサイコロとやらの素材は何か?木か、骨か、石か?重心はどこにある?角の丸みは?投げる床の材質や傾斜は?投げる手の力加減や回転は?それら全てを計算できれば、出る目もある程度は予測できるのではありませぬか?偶然とは、我々がまだその仕組みを知らないものに付けた名前に過ぎない…私はそう考えますが、いかがですかな?」
アインシュタイン:(ダ・ヴィンチの言葉に、我が意を得たりとばかりに手を叩く)「ブラボー!まさにその通りです、レオナルド先生!あなたとは美味いワインが飲めそうだ!私が言いたいのもそういうことです。我々がまだ知らない変数、まだ解明できていない法則があるだけ。それを『確率』だの『偶然』だので片付けてはいけない!」
(アインシュタインとダ・ヴィンチが意気投合し、ニュートンが苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。スタジオの空気が、西洋的な知性のぶつかり合いで張り詰めた、その時だった)
空海:(それまで静かに目を閉じ、三人の議論を聞いていたが、ゆっくりと目を開き、静かに、しかし凛とした声で呟く)「…面白いものです」
(その一言に、三人の天才ははっとしたように空海に注目する)
空海:「サイコロも、振る手も、それを見て腹を立てる心も、仕組みを知りたがる心も…すべては同じ一つの大いなるいのちの現れ。そう思うております」
ニュートン:「…坊主、貴様は何を言っているのだ。神の話をしているのだぞ」
空海:(ニュートンに穏やかな視線を向け)「あなた様が『神』と呼ぶものと、わたくしが『大日如来』と呼ぶものは、もしかしたら同じものやもしれませぬ。ですが、それは天の上からサイコロを振るような、我々とは別の存在ではありませぬ。それは、あなた様の中にも、このダ・ヴィンチ殿の中にも、このアインシュタイン殿の中にも…そして、そのサイコロの中にすら、満ち満ちているもの」
(空海の言葉に、スタジオは再び静まり返る。それは、これまで三人が議論してきた土俵そのものを、根底から覆すような視点だった)
空海:「腹を立てるのも仏の働き。知りたがるのもまた仏の働き。決まっていると信じるのも、決まっていないと論じるのも、また同じ。なんと面白い遊戯ではありませぬか」
(空海は、そう言うと、ふっと微笑んだ。その笑みは、全てを見通しているようでもあり、赤子のように無垢でもあった)
あすか:(四人の間に流れる、驚き、反発、好奇心、そして畏敬の入り混じった濃密な空気を感じながら、満足そうに頷く)「ありがとうございます。どうやらこの問いは、皆様の心の最も深い場所にある、世界観そのものに触れるもののようです。この嵐の予感が、わたくしは、たまらなく好きです」
(あすかがクロノスを掲げる。フーコーの振り子が、新たなラウンドの開始を告げるかのように、大きく揺れる)
あすか:「それでは、最初の対話を始めましょう。ラウンド1のテーマは…『我が名は…』。皆様がその生涯で掴み取った、世界の本当の姿について、存分に語っていただきましょう」
(オープニングテーマ曲が、壮大に鳴り響く)