第9話・守るべきもの、捨てられぬもの
鳴神との邂逅から数日後――
蓮司は、美月の家の前に立っていた。
目を閉じ、言葉を選ぶように、静かに深呼吸する。
ノックをすると、すぐに扉が開いた。
そこにいたのは、少しだけ目を腫らしたような美月だった。
「蓮司さん……」
「話がある。俺は……これから戦いに行く」
戸惑いも、驚きもなく。
美月は、その言葉をすぐに受け止めた。
「……やっぱり、そうなんですね」
蓮司は頷く。
「鳴神との最終決戦だ。奴は、今の世界そのものを破壊するつもりでいる。……止めなければならない。どんな手を使ってでも」
美月は一歩、蓮司に近づき、口を開いた。
「……私も連れて行ってください」
蓮司は、即座にかぶりを振った。
「ダメだ。お前は一般人だ。戦場に連れて行くわけにはいかない。死ぬぞ、簡単に」
それでも、美月は下がらなかった。
「わかっています。……でも、私は……ただ待っているのが、嫌なんです」
「……」
「足手まといになるかもしれない。でも……それでも、どうか……どうか、連れて行ってください」
その声には、泣きそうな震えと、でも決して折れない芯の強さがあった。
蓮司は、長い沈黙の末、深く息を吐いて頷いた。
「……わかった。だが俺から離れるな。絶対にだ」
「はい……!」
それは、美月の笑顔だった。
けれど、その奥には、自分が背負おうとしている運命の重みを、誰よりも知っている光があった。
* * *
数時間後、鳴神による電波ジャックが起こる。
世界中の通信網に、突如として現れた狂気の男の顔。
「俺の名は鳴神――」
その声は、冷たく響いた。
「この時代に平和などという幻想が蔓延していると聞いた。ならば、現実を教えてやろう。戦争とは何か。死とは何か。恐怖とは何かをな――」
映像の背後には、焼け落ちた研究施設。
その施設は、鳴神自身の命を救ったはずの場所だった。
彼は、自らの生みの親すら容赦なく蹂躙していた。
「止まる理由など、もうない。
俺を止めたければ……その力で、止めてみろ。
“最高傑作”蓮司――お前にしか、できないのならな」
放送は、全世界に衝撃を与えた。
* * *
蓮司のもとには、緊急に招集された精鋭の兵士たちが集結していた。
100年後の戦術、装備、思想。
全てが異なる彼らにとって、蓮司はまるで“異物”だった。
「これが……過去から来た強化兵、だと?」
一人の男が言った。
冷たい目が、蓮司に向けられる。
「こんな奴が本当に信用できるのか? これは世界の命運を分ける戦いなんだぜ? ……どうも胡散くせぇ。鳴神と同じにおいがする」
蓮司は、それを受け流すように目を伏せた。
(無理もない反応だ……)
そう思った、そのときだった。
背後で控えていた美月が、歩み出る。
小さな身体が、男の前に立つ。
「……あ、貴方に……貴方にこの人の何が分かるんですか……」
その声は震えていたが、確かな強さを宿していた。
「……何も知らないのに……勝手なこと言わないでください!」
静まり返る場。
それは、蓮司が美月と出会って以来、初めて見る「怒り」だった。
普段はどこかおどおどして、蓮司の後ろに控えていた女性が見せた強さ。
その瞳には、歴戦の戦士すら呑まれるような光があった。
兵士は言葉を失い、何も言い返せなかった。
蓮司は一瞬、呆然とし――
そして優しく、美月の肩に手を置いた。
「……戻ってろ」
その手に、強さと、優しさがあった。
美月はすっと下がる。
その顔は、少し赤く染まっていた。
蓮司は、そんな美月にだけ聞こえるように言う。
「……ありがとうな」
たった一言。
けれど、それは確かな“温もり”が込められていた。
* * *
その夜、蓮司は装備のチェックをしていた。
旧時代の重火器、ハンドガン、ナイフ、爆薬。
未来の技術によるナノブースト装備や、重力反転型手榴弾。
一人で戦争でも始めるかのような準備。
それでも、彼にとっては必要最小限だった。
(……行くぞ、鳴神)
世界の命運を賭けた決戦が、ついに始まろうとしていた。