第8話・断罪の刻、運命の火蓋
静かな朝焼け。
それは、嵐の前の静けさだった。
蓮司は、丘の上に立っていた。眼下には新しい時代の街並み――
しかし心は、その風景の美しさを受け止める余裕などなかった。
(美月……)
あの日、彼女の手が震えながらも自分に触れた。
自分を恐れず、ただそっと、そばにいようとしてくれた。
その想いが、心の奥深くに残っていた。
(この手で守りたいと思った……また誰かを。だけど……)
「俺には……その資格があるのか?」
独り言のように呟いた時だった。
背後に、気配。
「らしくないな、蓮司。そうやって悩む姿は」
その声に振り返る。
そこにいたのは――鳴神だった。
「……貴様か」
「1年ぶりだな。いや……お前にとっては違うか…変わらんな。いや……少し丸くなったか?」
「……目的は何だ」
蓮司の声は低く、鋭い。
だが鳴神は、まるで懐かしい旧友に会ったかのように微笑を浮かべていた。
「試しに来たのさ。お前がまだ戦えるのかをな」
その瞬間、鳴神の拳が蓮司の頬を掠める。
爆ぜる風圧。地面が陥没する。
蓮司も即座に反応し、拳を交える。
――火花のような衝突。
一撃一撃が常人ならば即死する威力。
だが、二人は互いの動きに食らいつき、止め、受け、捌く。
十数秒の応酬。
やがて、二人は距離を取った。
「……鈍ってはいないようだな、蓮司」
鳴神が口元を歪める。
その瞳は、鋭さと狂気を帯びていた。
「……何が目的だ」
「目的?」
鳴神は一歩、近づく。
そして、蓮司の眼を真っ直ぐに射抜くように言い放つ。
「俺が憎いか? 蓮司。……お前の愛する女、美咲を奪った俺が」
蓮司の心が、激しく波打つ。
拳を握る。奥歯を噛み締める。
「……ああ。憎いさ。堪らなくな。許せない。だが……」
蓮司の目が、苦しみの底から、静かな怒りに染まっていく。
「……だが何より許せないのは――あのとき、美咲を守れなかった俺自身だ」
静かに。
だが、その声は、地を震わせるほどの重みを持っていた。
鳴神は、それを聞いて笑う。
嬉しそうに――いや、何かが解けたように。
「ならば……俺と戦え」
「……何?」
「互いの全てを懸けて、最後まで。
どちらが“最高”の兵士か――決着をつけようじゃないか、蓮司」
鳴神は懐から一枚の紙を投げた。
未来の地図だった。そこには、旧時代の軍事ビルが示されている。
「ここで待つ。せいぜい準備を怠らないことだ。
人も集めていい。仲間でも、恋人でも――お前の大切なものを奪った俺を…倒してみせるがいい」
「……」
「言っておくが、俺が勝てば――この時代に戦禍を撒く。
この世界の平和も、人々の暮らしも……全部、燃やしてやる。
俺はそのために存在しているのだ。 せいぜい、足掻いてみせろ」
最後に、目を細め、こう言い残した。
「それがお前の“答え”であり……美咲の“意思”でもあるのだろう?」
その言葉を残し、鳴神は音もなく姿を消した。
蓮司は、地図を握る。
そこには、「逃げる」も「諦める」も許されない戦いがあった。
(……もう逃げない。俺は――守る。今度こそ)
決戦の火蓋が、いま――静かに、落とされた。