表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

第7話・心に残った名のない傷

重く、鈍く、沈むような夜だった。


蓮司はひとり、診療室の簡易ベッドに腰を下ろし、包帯の巻かれた腕を見つめていた。

敵を仕留め、街を守った。それは確かだ。

だが、手に残る肉を潰し、骨を砕く感触。それと血の感触は、かえって彼を過去へと引き戻していた。


美咲のことが、頭を離れない。


「――誰かを、好きになることが……怖いんだ」


呟くように洩れたその言葉は、部屋の静寂に吸い込まれて消えた。


あのとき、美咲を守れなかった自分。

あのとき、愛する人の命が、自分の腕の中で途切れていったあの絶望。

その記憶は、蓮司の胸に呪いのように巣食っていた。


そして今――。


美月という存在が、そこにいる。

少し内気で、だが驚くほどまっすぐに、人の命に向き合う女性。

彼女が自分に見せる微笑が、やけに眩しくて、つらい。


(あの笑顔に……答えていいのか? 俺なんかが)


部屋のドアが、控えめにノックされた。


「……蓮司さん。少し、お時間よろしいでしょうか」


美月だった。


「……ああ」


返事をすると、扉が開き、白衣姿の美月がそっと入ってくる。

その瞳には、少しの揺らぎと、たくさんの優しさがあった。


「少し……だけ、お話し、させていただけませんか」


「いいさ。俺も……少し、話したいことがあった」


美月は隣の椅子に腰を下ろすと、しばらく黙って、蓮司の横顔を見つめていた。

そしてぽつりと呟く。


「私……子供のころ、家族を失いました。災害で」


「……そうか」


「その後も、たくさんの場所を転々として……でもどこに行っても、“役に立たない子”って言われました。

 ただ泣いて、怖がって、すぐ手を離してしまう。そんな子だったから」


「……」


「でも、ある施設で、お医者さまが私にこう言ってくれたんです。

 “君は、怖がってもいい。逃げてもいい。でも誰かの痛みを感じられる心は、誰かを救う力になる”って」


蓮司は顔を伏せたまま、黙って聞いていた。


「蓮司さん……怖がっても、いいんです。

 でも……もう、ご自身を責めないでください。

 あなたは……あなたは、とても優しい方です」


その声に、胸が締めつけられる。


蓮司は、何も言わず、ただそっと視線を落とした。

それでも、ほんの少しだけ、硬く閉ざしていた心が揺れる音がした。


(似ている……)


美月と、美咲。

命を大切にする芯の強さ、人の心に寄り添う姿――。


(そうか……だから、俺はこの人に惹かれていたのかもしれない)


けれどそれを、まだ言葉にはできない。


―その頃、別の場所。

暗い部屋。モニターに映る蓮司の戦闘映像。


その前に立つ男――鳴神。


その眼差しは冷たいはずなのに、揺らいでいた。


「やはり……貴様は、壊れてなどいない。生きている。美咲が選んだのは……そういう“人間”だった」


画面が切り替わる。そこには、過去の映像。

激戦のさなか、美咲が蓮司を庇って撃たれる瞬間。


「美咲……」


かすかに、鳴神の指が震えた。

無感情なはずの戦闘兵。

だが、その声には、感情が滲んでいた。


「なぜ……貴様は俺を選ばなかった。

 あの時、俺が撃ったのは――蓮司…任務のためだった。それだけのはずだった……

 なのに、なぜ俺の手は、震えた?」


気づかぬうちに、頬を伝う一滴の涙。


それを拭おうともせず、鳴神は呟く。


「……次は、心を砕く。美月とやらに、もう少し絆されてみろ。

 その先で……すべてを奪ってやる」


不気味な笑みが、無機質な光に照らされて浮かび上がった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ