第6話・震える手と、温もりと
夜の都市に、重たいサイレンが響いた。
「警戒レベル4──市街地に未確認戦闘生命体の侵入を確認。戦闘部隊は速やかに出動せよ」
LUX機構の警報。
だが、現場に向かった通常兵の部隊は、わずか数分で全滅した。
黒い鋼のような外殻。人ではない、だが人の形をしている。
動きは見えず、接近すら許されない。
強化外骨格を着た兵士たちが、次々にその「敵」に薙ぎ倒されていった。
「……まさか、また戦場が……!」
防衛施設内、報告を聞いた美月は顔を青ざめさせた。
だが、誰よりも先にその場を飛び出していたのは──蓮司だった。
「避難誘導は済んでるな?」
冷静な口調で周囲に問いながら、蓮司はその場に立つ。
目の前には、血のように赤く輝く目を持った敵兵。
おそらくは、**鳴神がこの時代に放った“探索兵”**だ。
この時点ではまだ、鳴神が自分と同じように未来へ来ているとは知らない。
だが、奴が生きているとすれば──こういった手段を使うだろう、と。
そう、奴はこの時代にいる。確かめたわけではない。だが、確かに感じるのだ『いる』と。
「……さて、試してみるか。まだ俺の身体が“戦える”のか」
敵が動いた。
視認不可能なほどのスピード。
だが次の瞬間、空間が爆ぜるような衝撃音とともに──
蓮司の拳が、敵の胴体を砕き、地面に叩きつけていた。
「……遅い」
息すら乱れていない。
それどころか、冷えた鋭利な空気が蓮司の周囲に満ちている。
敵は再起動。飛び退き、隠密行動に移行するも──
「読めてる」
蓮司の右手が翻り、隠れていた敵の位置を正確に貫いた。
数秒後、爆音とともに敵は崩れ落ち、街の片隅に金属片となって散らばった。
静寂が戻る。
その場に、ただひとり立つ男──蓮司の姿だけがあった。
──戦闘終了後。
蓮司は後方で見ていた美月に視線をやった。
その瞳は驚きに揺れていて、体がわずかに震えていた。
(……だろうな)
蓮司は、静かに目を伏せた。
(当然だ……俺は“戦闘兵器”だった。今でも……殺すことでしか、自分を証明できない)
心の奥が、きしむように痛んだ。
美月は、優しい人だ。
彼女のそばにいてはいけない。
そう思った。
だが──その時だった。
美月が、そっと蓮司の手に触れた。
まだかすかに震える指先。
だが、その手は温かかった。
「……」
美月は、何も言わなかった。
ただ、怯えながらも、懸命に──
「私は、貴方を怖くなんて思っていません」
そう語りかけるように、震える手で、優しく、確かに蓮司に触れた。
それは、過去に蓮司が失った“温もり”の記憶を、そっと呼び起こすような感触だった。
蓮司は、思わず目を伏せる。
呼吸が少し乱れた。
(……こんな感覚……いつ以来だ?)
いや、違う。蓮司があえて目を背けていただけで、美月はいつだって温もりを与えていてくれた。
心のどこか、凍っていた場所に、微かな熱が流れた気がした。
──そして、その様子を、遠くから見つめる一人の男。
高層ビルの屋上。闇に溶けるように、黒衣の影が立っている。
「そうだ……それでいい」
男──鳴神 刻夜は、不気味に口元を吊り上げた。
「“蓮司”……お前には生きてもらわねば困る。
この程度の探索兵に殺されてもらってはな……
舞台は、まだ整っていない。真の“決着”は──もっと深い地獄で」
そう呟く声は、夜風とともに闇へと消えていった。
だがその瞳は、確かに──美月と蓮司を、まるで“獲物”のように捉えていた。
(第七話へ続く)