エピローグ・そして、朝はまた来る
柔らかな陽光がテントの布を透かして、静かに室内を照らしていた。
鳥のさえずりと風の音が、まるで祝福のように耳元をくすぐる。
蓮司はゆっくりと目を開けた。
ほんの一瞬、自分がどこにいるのかを忘れかけて――
次の瞬間には、穏やかな寝息が聞こえてくる。
横を見れば、美月が静かに眠っていた。
安心しきった寝顔。少し開いた唇。柔らかく揺れる胸。
その光景に、蓮司は自然と微笑みを浮かべていた。
――生きている。
――隣にいる。
それが、こんなにも尊く、幸せなことなのだと、今は心の底から思える。
……ふと、何かが服に触れている感覚があった。
視線を下にやると、美月の細い指が、蓮司のシャツの端をそっと摘んでいた。
無意識に握っているのだろう。
思わず、ふっと吹き出す。
「……本当に、美月らしいな」
その仕草ひとつが、愛おしくてたまらなかった。
だが、次の瞬間――違和感が蓮司の胸をよぎる。
「……あれ?」
胸元に手を当てる。そこにあるはずの感触が、ない。
――ペンダントが、ない。
昨夜、確かに首にかけていた。
あの、小さな銀のペンダント。中には、あの人――美咲の写真が入っていた。
慌てて周囲を見渡すが、どこにも見当たらない。
そのとき、不意にふと――
脳裏に浮かんだのは、美咲の笑顔だった。
悪戯っぽく微笑んで、手にはあのペンダントを持っている。
「……もうこれは、必要ないでしょ?」
――そんな声が、確かに聞こえた気がした。
蓮司は目を伏せて、苦笑した。
「……最後まで……面倒かけちまったな」
だけど、そこには哀しみはなかった。
胸の奥で、何かが静かに昇華していくのを感じていた。
「……ありがとう、美咲」
そのとき、小さな声が横から漏れた。
「んん……れんじ……さん……?」
美月が目をこすりながら、寝ぼけ眼で蓮司を見上げていた。
その無防備さがあまりに愛おしくて――
蓮司はそっと身を寄せ、美月の額にやさしく口づけを落とす。
「おはよう、美月」
穏やかな声に、美月はぱちくりと瞬きをし、
それからふいに顔を真っ赤に染めた。
「……お、おはようございますっ……蓮司さん!」
その声は、照れと幸せに満ちていた。
外では木々がざわめき、太陽がますます高く昇っていく。
新しい朝。
もう誰かの記憶に囚われることなく、ただ「今」を生きる朝。
蓮司の心には確かにあった。
――この命は、もう決して過去に縛られない。
――これからは、この手で守っていくんだ。目の前の未来を。
美月と、娘と――この家族と共に。
空を見上げる。
今日も、あの日と同じように、青い。