第15話・別れと旅立ち
2120年。蒼い空が広がっていた。
その空の下、緑の丘の上に、並んだ墓標があった。
かつてこの時代を守るために戦い、命を落とした者たち。
蓮司のかけがえのない仲間たち。
そして、美月を守るために最期まで剣を取った同志たちの墓だった。
花が供えられ、風が吹き抜ける。
蓮司は墓前に立ち、静かに目を閉じた。
「……遅くなって、すまない」
声は低く、しかしどこまでも真摯だった。
「俺は、戻ることにした。……でも、忘れない。お前たちと過ごしたこの時代、この戦場、この空気……全部、俺の中に刻んで生きていく」
隣で美月が、そっと手を合わせる。
「皆さんのおかげで……私は今、生きています。ありがとうございました。どうか……安らかに」
蓮司は深く頭を下げた。
一度も涙を流さなかったあの戦士が、ほんの少しだけ目を潤ませていた。
やがて、墓に背を向ける。
「……行こうか、美月」
「……はい。蓮司さん」
ふたりは歩き出す。
誰にも、何にも縛られず――ただ、ふたりで選んだ未来へ向かって。
技術者たちとの別れは、中央研究ターミナル。
タイムシフト装置の巨大なゲートが光を帯び、稼働を始めていた。
重厚な音とともに、未来から過去への“最後の扉”が開かれる。
技術主任の一人が、蓮司に向かって言った。
「もう後戻りはできないぞ。向こうの時代で定着した瞬間、座標ロックが働く。戻ってくるルートは永遠に閉ざされる」
「ああ、分かってる」
蓮司は短く頷いた。
「二度とこの時代には戻れない。だが、それでいい。……ここに置いていけるものは、全部置いていく。もう後悔はしない」
主任は美月に目をやる。
「……君も、決意は変わらないか?」
美月は静かに、でもはっきりと頷いた。
「はい。すべてを捨てても……私は蓮司さんの傍にいたい。それが、私の生き方です」
主任はため息まじりに笑った。
「……本当に、君たちには驚かされるよ。まるで映画のようだ」
蓮司と美月は互いの手を握る。
やがて、扉の向こうにまばゆい光が広がった。
「じゃあな、みんな。達者でな」
蓮司がそう言って歩き出す。
「……ありがとう。私たちのこと、忘れないでください」
美月も最後に頭を下げた。
そして――
ふたりは、時の扉を越えた。
まばゆい光の先には、焼けつくような空気と、砂と煙の匂いがあった。
蓮司の時代。戦火に揺れる過去の世界。
だが、ふたりは笑っていた。
「……戻ってきたな」
「……ええ。なぜか懐かしい気がします」
蓮司は笑った。
「ここからが始まりだ。戦争も、孤独も、全部……お前と一緒に、乗り越えてやる」
「はい。私も、蓮司さんとなら、どんな時代だって――」
ふたりは、歩き出す。
どんな未来が待っていようとも、恐れずに。
ふたりで選んだ「もう一つの時代」へ。