表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

第14話・決別と選択

病室に、機械の小さな電子音が響いていた。


静かだった。

穏やかで、やさしくて――そして、残酷な夜だった。


蓮司は、美月の手を握っていた。彼女の手は、温かかった。

だが、それはもうすぐ触れられなくなる温もりだった。


「……帰らなきゃいけないんだ、俺は」


ぽつりと、蓮司が言った。


美月が静かに目を見開く。

だが、その表情はどこか――悟っているようでもあった。


「……タイムシフト装置が不安定なんだ。この時代に長くとどまりすぎた。エネルギーの再収束は、あと一回分しか残っていないらしい。あの時代に戻れる最後のチャンスだって、軍が言ってきた」


「最後の……」


「次に時空跳躍をしたら、完全に固定される。俺が過去に戻ったら、もうここには二度と来られない」


「……そう、ですか……」


「俺はこの時代にとっては異物だ…残るわけにはいかない」


蓮司はうつむき、唇を噛んだ。

ずっと考えていた。

彼女と共にいられる方法を。

だが、時空が許さなかった。


「……ごめんな、美月。俺は……俺のいた時代に戻らなきゃならない。お前を置いていくことになる……だけど、それでも……お前がこの世界で生きていてくれるなら……それだけで、俺は――」


「――私も、行きます」


蓮司は、息を飲んだ。

美月の声は小さかった。

けれど、その瞳には確かな覚悟と決意があった。


「……何を言ってるんだ、馬鹿なことを!」


蓮司は思わず叫んだ。


「お前が来たらどうなるか分かってるのか!? そこは戦争の時代だ!空気すら違う。生活インフラもない。人が人を殺すことが当たり前の世界なんだ!」


「……分かっています」


「しかも、一度過去に行ったら、もう戻れないんだぞ!? お前はこの時代のすべてを――友達も、未来も――全部捨てることになるんだ!!………俺の時代に…拒絶されることだって…」


「はい……それでも」


美月の瞳は、まっすぐだった。


「私は蓮司さんの隣を選びます」


その言葉に、蓮司は言葉を失った。


「私の未来は……蓮司さんです。どんな時代でも。たとえ全てを失っても……蓮司さんがいるなら、それで十分です」


蓮司は、彼女の顔を見つめた。


あの日、戦場で見た光。

あの手術室の前で願った、たった一つの奇跡。

この人が生きていてくれたなら、それだけでいいと思った。


だが今――彼女はその命を、自分のために差し出そうとしている。


「……ほんとに、馬鹿だよ。お前は」


蓮司はそっと、美月を抱きしめた。


「……でも、俺もその馬鹿と一緒にいたいと思ってる」


美月の肩が、小さく震えた。

そっと蓮司の胸に顔を埋める。


「なら……一緒に行きましょう」


「――ああ」


蓮司は、そっと頷いた。


――たとえ、この世界に戻れなくても。

――たとえ、二人の存在が未来から抹消されようとも。


それでも、ふたりは歩み出す。

同じ時を生きるために。

たとえそれが、戦火の渦の中だったとしても。


夜が、明けようとしていた。


ふたりの選んだ新しい“時代”が、そこに待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ