第14話・決別と選択
病室に、機械の小さな電子音が響いていた。
静かだった。
穏やかで、やさしくて――そして、残酷な夜だった。
蓮司は、美月の手を握っていた。彼女の手は、温かかった。
だが、それはもうすぐ触れられなくなる温もりだった。
「……帰らなきゃいけないんだ、俺は」
ぽつりと、蓮司が言った。
美月が静かに目を見開く。
だが、その表情はどこか――悟っているようでもあった。
「……タイムシフト装置が不安定なんだ。この時代に長くとどまりすぎた。エネルギーの再収束は、あと一回分しか残っていないらしい。あの時代に戻れる最後のチャンスだって、軍が言ってきた」
「最後の……」
「次に時空跳躍をしたら、完全に固定される。俺が過去に戻ったら、もうここには二度と来られない」
「……そう、ですか……」
「俺はこの時代にとっては異物だ…残るわけにはいかない」
蓮司はうつむき、唇を噛んだ。
ずっと考えていた。
彼女と共にいられる方法を。
だが、時空が許さなかった。
「……ごめんな、美月。俺は……俺のいた時代に戻らなきゃならない。お前を置いていくことになる……だけど、それでも……お前がこの世界で生きていてくれるなら……それだけで、俺は――」
「――私も、行きます」
蓮司は、息を飲んだ。
美月の声は小さかった。
けれど、その瞳には確かな覚悟と決意があった。
「……何を言ってるんだ、馬鹿なことを!」
蓮司は思わず叫んだ。
「お前が来たらどうなるか分かってるのか!? そこは戦争の時代だ!空気すら違う。生活インフラもない。人が人を殺すことが当たり前の世界なんだ!」
「……分かっています」
「しかも、一度過去に行ったら、もう戻れないんだぞ!? お前はこの時代のすべてを――友達も、未来も――全部捨てることになるんだ!!………俺の時代に…拒絶されることだって…」
「はい……それでも」
美月の瞳は、まっすぐだった。
「私は蓮司さんの隣を選びます」
その言葉に、蓮司は言葉を失った。
「私の未来は……蓮司さんです。どんな時代でも。たとえ全てを失っても……蓮司さんがいるなら、それで十分です」
蓮司は、彼女の顔を見つめた。
あの日、戦場で見た光。
あの手術室の前で願った、たった一つの奇跡。
この人が生きていてくれたなら、それだけでいいと思った。
だが今――彼女はその命を、自分のために差し出そうとしている。
「……ほんとに、馬鹿だよ。お前は」
蓮司はそっと、美月を抱きしめた。
「……でも、俺もその馬鹿と一緒にいたいと思ってる」
美月の肩が、小さく震えた。
そっと蓮司の胸に顔を埋める。
「なら……一緒に行きましょう」
「――ああ」
蓮司は、そっと頷いた。
――たとえ、この世界に戻れなくても。
――たとえ、二人の存在が未来から抹消されようとも。
それでも、ふたりは歩み出す。
同じ時を生きるために。
たとえそれが、戦火の渦の中だったとしても。
夜が、明けようとしていた。
ふたりの選んだ新しい“時代”が、そこに待っている。