表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/19

第13話・命の重み

美月を抱きかかえ、蓮司は夜の街を駆けた。


彼女の呼吸はか細く、体温もどんどん下がっていく。その小さな身体を壊れ物のように抱きしめながら、蓮司は病院の自動扉を蹴破るように突入した。


「この人を――この人を助けてくれ!!」


看護師たちが慌ただしく駆け寄り、美月をストレッチャーに移していく。何人もの医師が周囲に集まり、あっという間に緊急手術が始まった。


蓮司は何もできなかった。ただ、ただ、手術室の前で突っ立っていた。


時間の感覚が壊れていた。

何時間も経ったような気がする。

いや、ほんの数分かもしれない。


「……美咲……美咲っ……お願いだ……」


声が震える。喉が詰まり、思わず壁に手をついて崩れ落ちる。


「連れて行かないでくれ……美月を……っ!」


自分でも信じられないほど、情けない声が漏れる。


もう限界だった。


蓮司の身体は、既に限界を超えていたのだ。無数の裂傷、骨折、内出血。常人ならとっくに命を落としていた。今まで動けていたのが、奇跡だった。


ゆっくりと意識が遠ざかっていく。

視界が滲み、手術室の光がぼやけて揺れる。


「……美月……」


最後に、愛しいその名を呼び、蓮司は深い闇へと沈んでいった。


* * *


目を開けた。


見慣れない天井。白い光。消毒液の匂い。

蓮司は、ゆっくりと自分が病院のベッドに寝かされていることを理解した。


「……俺は……」


思い出す。美月が、銃弾に倒れた。

自分が、叫びながら病院へ運んだ。

そして――意識を失った。


「……ちくしょう……!」


身体が悲鳴を上げる。肺が焼けるように痛い。

それでも、彼はベッドから身を起こそうとする。


倒れた。全身の筋肉が、皮膚が、骨が拒絶する。

それでも――蓮司は這いつくばる。


「行かなきゃ……美月が……!」


腕を引きずり、足を擦りながら、手術室のある廊下へ向かって進む。


そのときだった。


「……蓮司……さん?」


耳に届いた、あまりにも優しい声。


蓮司は全身に衝撃を受けたかのように顔を上げる。


「……美月……?」


ベッドの隣。カーテン越しに、呼吸器の音が聞こえる。

よろけながら、無理やり立ち上がり、蓮司はそのベッドに近づく。


そこに――美月がいた。


酸素マスクをつけ、身体から管を伸ばし、顔色もまだ青白い。

だが、その頬には、ほんのりと朱が指していた。


「……美月……!」


声にならない。言葉が、出ない。

感情が、胸にこみ上げすぎて、ただ涙だけが瞳に溜まっていく。


美月はかすかに微笑んだ。唇が震えるように動く。


「……あの時……撃たれた後……どんどん意識が遠のいていって……もう駄目だって……そう思ったんです……」


蓮司は、じっと耳を傾ける。ひと言も漏らさずに受け止めたかった。


「……でも……蓮司さんの声が……聞こえました……だから私……絶対に死ねないって……そう思ったんです……」


「美月……」


「蓮司さん?」


蓮司は、声を震わせながら泣いていた。


――涙なんて、とっくに流れなくなったと思っていた。


あの日、美咲を失ったときに、すべて枯れたはずだった。

けれど今、確かに流れている。止まらない。温かい涙が。


「……ありがとう……生きていてくれて……!」


蓮司は、美月を抱きしめた。


壊れてしまわないように、そっと。

震える腕で、彼女の身体を包むように、優しく。


美月の瞳が見開かれ、驚きに頬が染まる。

だが、蓮司の震えを感じ取ると、そっと腕を伸ばし、彼を抱き返した。


「……大丈夫ですよ……私、ここにいますから……」


蓮司はそっと、美月の呼吸器をずらす。


本来なら許されないことだろう。

でも――今だけは。


蓮司は、美月に唇を重ねた。


一瞬、彼女の身体がぴくりと硬直する。

だが、すぐにその緊張は解け、美月はゆっくりと蓮司の首に手を回す。


自らも、唇を重ね返した。


優しく。

甘く。

互いの生を、確かめ合うように。


二人の時間が、そこで、静かに流れていた。


それは、生きるために戻ってきた男と、愛のために生き延びた女の――最初のキスだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ