第11話・愛する者の名を叫べ
――兵の数は、随分と減っていた。
敵味方問わずに。
今なお生き残っている味方は、片手で数えるほど。
そしてその数は、間もなくさらに減る。
物陰に身を潜めながら、蓮司は冷静に、しかし悲しげに全体を見回していた。
装備をチェックする仲間たちの動作は重く、顔に疲労と諦めが滲む。
これが人間の戦いと言えるのか?
そんな問いが、誰の胸にもあった。
それでも、美月は必死に食らいついていた。
初めて見る戦場。死の匂いが漂い、砲火が心を砕くその中で、彼女は青ざめた顔を上げ、泣き言一つ言わず蓮司の後を追っていた。
――守りたい。
蓮司は強く、強く、そう願った。
今度こそ、絶対に守ってみせる。
だが、戦いは容赦なく再開された。
その最中、兵士たちの顔に浮かんだのは、明確な**“絶望”**だった。
あまりにも大きかった。
目の前に現れた敵は、異形。
歪に肥大化した筋肉。
むき出しの電子パーツが無数に体を走り、皮膚の代わりに金属が剥き出しにされていた。
最早それは、人と呼べるものではなかった。
まるで――悪意の具現。
その存在は、残された兵たちを次々に沈めていく。
最後に倒れたのは、作戦会議の際に蓮司に噛みついてきた、あの男だった。
「すまなかったな……蓮司……さん……謝りたかった……ずっと……あんたは……鳴神とは違う……力になれなくて……すま……」
彼の言葉は、途中で途切れた。
蓮司は静かに、その瞳を閉じてやる。
「……わかってるさ。よく……頑張ったな。お疲れ様だ」
気づけば、残されたのは蓮司と美月の二人だけだった。
――守る。必ず。
蓮司の想いは揺るがない。だが、彼の体も限界だった。
ほんの一瞬。たった一瞬、意識が霞む。
その隙を、鳴神は見逃さなかった。
遠くの建物から放たれた、狙撃のレーザーが蓮司を捉える。
(いかん――!)
気づいた時には、既に遅かった。だが――
「駄目ぇぇぇぇぇっ!!」
美月の叫びが響いたかと思うと、蓮司の身体は突き飛ばされる。
そして次の瞬間、彼の目に映ったのは――
鳴神の銃弾に貫かれた、美月の姿だった。
「美月ぃぃぃぃぃ!!!!!」
蓮司は絶叫しながら、美月を抱き上げて遮蔽物の影に駆け込む。
頭が回らない。何故、何故……!
「しっかりしろ……!美月……!」
急所は逸れていた――だが出血がひどい。
ファーストエイドはもう尽きていた。まともな処置など望めない。
それでも蓮司は、美月の命を繋ごうと必死に動いた。
「れ……んじ、さん……ごめんなさい……わたし……足手まといに……」
「喋るな、美月! 大丈夫だ、助けてみせる……くそっ……こんな傷……全部、俺が油断したばかりに……!」
弱々しい声で、美月は言う。
「蓮司さん……もう……自分を責めるのはやめて……
人を……愛することを……怖がらないで……わたし……あなたを……愛してます……」
彼女の手が、蓮司の頬に触れる。
その言葉――それは、かつて美咲が蓮司に残した、最期の言葉と同じだった。
美月に、あの言葉を話したことは一度もない。
「……っ!」
胸が締めつけられる。守れなかった記憶が蘇る。
また、自分は大切な人を失うのか?
――いや。
「トクン……トクン……」
まだ心臓は動いている。
まだ、美月は生きようとしている。
蓮司の全身が震えた。
何を諦めようとしていた? 何を失おうとしていた?
「諦めない……絶対に、助けてみせる!!」
覚醒――蓮司の中で何かが、音を立てて“壊れ”、そして“生まれ変わった”。
美月をそっと床に横たえる。
「待っていろ、美月。すぐに戻る」
* * *
その後に起きたことは、常識では説明できない。
あの異形の強化兵と、蓮司は素手で対峙した。
武器など、もう無かった。
残るは、この身一つ。
それでも――
蓮司は、押していた。肉の塊とも言える、異型の兵を。
純粋な力と力の押し合い。
「オオオオアアアアァァァアアア!!!!!」
骨が軋む音が、銃声の中に混じる。
敵の目に、恐怖の色が浮かぶ。心など、とうに無くしているであろう異型の目に。
蓮司はその手を離し、拳を握る。
一撃。
装甲を貫き、強化兵の胴体を粉砕した。
常識外。人間離れ。否、それは人間の魂の極致。
他の敵兵たちが銃撃を浴びせる。
だが、蓮司は前へ進んだ。
全ての弾を、自らに集中させるように。
美月を――守るために。
弾は……当たらない。
一発も、蓮司には当たらなかった。
恐怖は伝染した。敵兵たちの顔に浮かんだのは――
**“人間に対する、純然たる恐怖”**だった。