表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/19

第1話・凍てつく別離

夜の帳が戦場に落ちた。

焦げた金属と血の匂いが入り混じる瓦礫の街に、乾いた風が吹いていた。

月など、とっくに空から消え失せて久しい。代わりに、無数のドローンの赤い光点が空を染めている。


蓮司──如月蓮司は、立ち尽くしていた。

左腕に抱くのは、血で濡れた彼女、神崎美咲の身体。

あれほど熱かった彼女の体温が、今はただ、ひどく、冷たい。


彼は四十を越えているが、背筋は真っすぐで、鋼のような肉体を保ち続けていた。

顔に刻まれた無数の傷と、深い眼差しが彼の過去を物語る。

二〇二〇年代、日本政府の闇に葬られた極秘計画──強化兵士開発計画《Project Requiem》の、生き残り。

百人以上の志願者、否、被験者が投薬と手術、精神制御によって改造され、その中で人として生き残ったのは、たった七人。


その中でも、如月蓮司は最高傑作と呼ばれた。

心を捨て、命令に従い、感情の一切を排除した純粋な戦闘兵器。

殺すために生まれ、死ぬために戦う。

それが、かつての彼だった。


だが──彼の隣には、もう一人の“異端”がいた。


彼女の名前は、神崎美咲。

同じく《Project Requiem》の被験者であり、かつては**「失敗作」と烙印を押された女**だった。

肉体強化の数値は平均以下、精神安定度は不安定、戦闘適性は限界値ギリギリ。

廃棄寸前の彼女は、それでも諦めなかった。


戦場では誰よりも血に染まりながら、彼女は人としての“心”を捨てなかった。

戦友の痛みに耳を傾け、命の重みを忘れず、誰よりも前を向いていた。


「私は……誰かの盾になることでしか、生きていけないの。

でも、それでいいって思える。……蓮司さん、あなたも、そんな風に思えたことある?」


その言葉が、蓮司の中の氷を、静かに、確かに、溶かしていった。


彼女の“失敗”は、兵器としての適性ではなく──

“人間としての価値”に他ならなかった。


二人は、少しずつ心を通わせた。

“最高傑作”と“失敗作”。

だが、その二つの存在は、戦場の中で唯一無二の支えになっていった。


束の間の休息、食事、会話、夜の焚き火──

そのすべてが、蓮司にとっての「人間らしさ」を取り戻す時間だった。


そして、蓮司は気づいた。

この人を守ることが、自分に残された唯一の“存在理由”だと。


その日も、戦場は凄惨だった。

敵は最新世代の強化傭兵とAI連携型ドローン軍団。

蓮司が互角に渡り合えるのは、自身の強化が既に規格外だったからこそだ。


だが、その戦いの中に──

蓮司と並び称されたもう一人の**“最高傑作”がいた。

かつて、蓮司と同じ部隊で育ち、

だが違う道を選んだ男──“漆黒の破壊者”**。

彼との対決が迫っていた。


その前哨戦だったこの戦場は、あまりに過酷だった。


「蓮司ッ、背後――!」


美咲の叫びと同時に、背後からの狙撃。

振り向いた蓮司の目に映ったのは、彼を庇って身を投げ出した美咲の姿。


銃弾が、美咲の胸を貫いていた。


「……美咲ッッ!!!」


冷徹な蓮司の叫びが、砕けた。

敵を瞬時に排除し、血の海を駆け、美咲の元へと膝をついた。


「くそっ、止血……すぐに……!」


震える指で止血帯を巻き、人工皮膚を貼り、救急ナノデバイスを注入。

だが、美咲の意識はすでに遠のいていた。


「……れん、じ……さん……もう、いいの……」


弱々しい手が、蓮司の手に触れた。

彼は必死に処置を続けるが、美咲は、ゆっくりと首を振った。


「蓮司……私を、愛してくれて……ありがとう……

どうか……人を、愛することを……怖がらないでね……

私、あなたを……愛してる」


そのまま、美咲の手は、音もなく地に落ちた。


蓮司は、声にならない叫びを空に放った。

心の奥で、何かが、確かに壊れた。

人間に戻れた理由──その全てを、今、喪ったのだ。


遠くで、爆撃音が響いた。

蓮司は、美咲の亡骸をそっと抱きしめ、戦場の片隅に座り込んだ。

空は、ただ、黙って赤く燃えていた。


(これが、人間の運命なのか……)


その時、蓮司の腕に埋め込まれた転送装置が、不自然に点滅し始めた。

彼をこの時代に飛ばした、時間装置の誤作動。

警告音が響く。


──タイムワープまで残り30秒。


蓮司は美咲の亡骸を抱いたまま、呻いた。


「……神様がいるなら、せめて、もう一度……この手で、誰かを……守らせてくれ……」


光が炸裂し、時空が捩じれた。


蓮司の姿は、美咲の亡骸と共に、その場から消え去った。


※続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ