嘘の代償
「…あら、公子。」
顔を上げると、予想通りそこに立っていたのは私の婚約者、アナスタシス・ティアルジだった。
「レティシア…?」
今まで作り上げてきた、私のキャラ。
伯爵家の一人娘、純粋無垢なお嬢様。誰に対しても親切で優しい、かわいらしい令嬢。
アナスタシスの、公爵令息の婚約者として。恥の無いように私なりに、頑張ってきたつもりよ。
他の令嬢から悪女だなんだと言われようが、私は徹底して自分のキャラを崩さなかった。
公爵家の息子の婚約者でいるために。私が幸せになるために。
私が、私でいるために。
…でも、もういいかしら。
だって、疲れたもの。
それに、アナスタシスはとても賢い人だから、今更言い訳したって無駄。
あぁ、私が望んでいたものは本当にこれだったのかしら。
美しい王子様と結ばれるための美しいお姫様役が、こんなにも疲れるものだとは思ってもいなかった。
「どうしてこちらに?」
「…言ったでしょう、あとで庭園を案内すると」
何をどう言っても、今更取り繕っても無駄だと感じさせる冷たい声色…。
なによ、私に話しかける時はいつだって甘く優しい声色だったじゃない。
「そういえばそうでしたっけ。あはは、忘れていました、ごめんなさい。」
私は笑顔で応じる。
別に、笑顔を作ろうなんて意識はしていない。きっと、長年彼の前で笑顔を作り続けた名残だろう、その笑顔は意識せずとも勝手に浮かんだ。
「レティシア、君は...!」
アナスタシスの必死な声を聞いても、私の心はピクリとも動じない。
優しい彼のことだから、私がすべてを打ち明ければきっと彼も私を理解してくれるだろう。
だって、彼が私を愛していたことはずっと、感じていたから。
でも、もう全部遅いのよ。
「リアナ嬢の言っていたことは何一つ間違っていませんよ」
アナスタシスの声を遮るようにして、話し始める。
問いただされるくらいならば、いっそのこと自分から自白してしまおうじゃないか。
「公子様、私悪い女なんですよ。自分のかわいさを使って、自分の価値を証明したい惨めな女なんです。あなたと婚約をしたのも自分のため。本当はあなたのことなんて全く愛していません、ごめんなさい♡ …では、そういうわけなので、さようなら。」
その言葉は、心の中でずっと抑えていたものだった。
ずっと隠し続けていた、私の本当の気持ち。
ようやく、全てを言葉にして放った瞬間。心の中でプツンと何かが切れた音がした。
はいはい、これでもうおしまい。
バイバイ、私の理想の王子様。
あなたは優しくて優秀だから、きっと私みたいな性格の悪い女よりもずっと良い人が見つかるわよ。
恩は感じている、愛は無くても尊敬はあった。
あなたのために、全てを捧げられる忠誠心だって。
…でも、結局私はあなたを利用してきた。
ごめんね、あなたはずっと私を想ってくれたのに。
「待て、レティシア!!」
「…婚約破棄の件ならきちんとお受けいたしますのでご心配なく、公子様」
「婚約破棄だと? 一体何を言っているんだ、落ち着いてゆっくり話を...」
何を言っているのか、それはこっちのセリフよ。
私が全て悪いのよアナスタシス。あなたを騙していた、私の責任。
だから私の方から、あなたを解放してあげるわ。
「どうかその手を離してください、迷惑です。」
さようなら、アナスタシス。
あなたの持ってる才能が、大好きでしたよ。
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