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仮面が外れた時



「まだなにか、私にご用があるのですか?」



 リアナは荒々しく足音を立て、私の前に立ちふさがる。その目には、明らかに怒りと憎しみがこもっていた。



「なによ、その言い方!」


「⋯なにか問題でも?」



 うるさい…。うるさい、うるさい。



「っ、あなたは私のオリバー様を奪ったのよ!!返してよ!!」  



 リアナ嬢は手を大きく振り上げて私を指さした。

 オリバー子爵が遊び人だということは、周知の事実だ。一人の女性に絞らず、色んな令嬢に手を出す女好き子爵...それが彼の呼び名。それを婚約者である貴女が知らないはずないでしょうに。



「まぁ、私のせいにしておけば楽になれるのでしょうけど...リアナ嬢、いい加減呆れてしまいますね」



 もう春だとは言っても、まだまだ外はまだ肌寒い。シャンパンに濡れた体は濡れた衣類で冷え切っている。

 寒空の中、数分濡れた状態で居たから、芯から冷え切ってしまっている。

 パーティー会場で恥をかかされて、罵倒されて、寒さにも苦しめられて。


 …どいつもこいつも、私が何をしたっていうのよ。


 私はかわいい女の子。

物心がついた時から、誰からにも愛されるような少女を演じてきた。

 伯爵家の令嬢として相応しいように、この綺麗な顔に似合うように。清楚で淑女らしく、優雅に振舞うの。

私はそれをしてきた。だからこそ、私は胸を張って言えるの。

 私の人生は、私自身は美しいと。


 誰にも汚い部分なんて見せない。いつだって、完璧にね。


 ・・・でも、今日はとても腹が立っていたから。



「…はあ、貴女は本当にうるさいですね」



 ついつい、本音が漏れ出てしまった。


 冷たく、はっきりとした言葉が口をついて出る。

 押さえ込んでいた感情が爆発寸前。いや、既に爆発しているかもしれない。

 普段の私なら、こんな風に感情を露わにすることなんてなかったのに。



「しょうがないでしょう?私は何もしていませんよ、それが事実です。貴女みたいな人に、この私が嫉妬したとでも言うの? はっ、バカじゃないの?」



 長年ため込んでいたものを吐き出すように、鋭い言葉が次々と出てきた。

 自分でも驚くほどに冷徹な自分が、眼前の女に対して笑顔を保ちながら言葉を投げかけている。



「レティシア・フォンディア…! ついに本性出したわね…!」


「いやだわリアナ嬢、出したなんて人聞き悪い。隠せない貴女の方がバカなんですよ。生憎、私には他人の物なんていりません。それに、子爵の男なんて私には釣り合わないでしょ?」



 分かったら、さっさと私の前から消えなさいよ。


 この場にはリアナ嬢と私しかいない。公爵家の裏側の庭園は、滅多に人の立ち寄らない穴場だ。

 だからと言って、絶対に人が立ち寄らないかと言われればそうでもない。だから、こんな言葉遣いをするのはとてもリスキー。それは私も重々理解している。


 …それでも私は伯爵家の娘として、情けないかもしれないけど、誇りとプライドを持っているの。私は、このまま言われるだけではいられない。



「っ、貴女ねえ…!!」


「本当に自分の立場を分かられていないようですね」



 その瞬間、私の口から出た声は普段の甘ったるいものではなかった。自分でも驚くほど、鋭く、冷徹に響いた。



「…どういう意味よ」



 リアナ嬢の目がぎらぎらと輝く。もしかして、今になって焦っているのかしら。


 その反応。もしかして、彼女は本当に今の状況に気づいていないのだろうか?



「だから、許してあげるって言ってるのよ。」



 私がそう言うと、リアナ嬢の表情が一瞬で固まる。まるで凍りついたかのように、顔が青ざめていった。


 何を勘違いしているのか分からないけれど、このアホな小娘はさっきから正気なのか。誰が誰に、ものを言っているのかって話よ。


 リアナ嬢が因縁を吹っかけてきた時、私は貴女をあの場で責めることも言い返すこともなく去った。

 でもそれは、周囲の目を気にしたからの話。私はリアナ嬢に対して、反省の感情など一ミリも持っていない。全ては、自分のためのこと。


 そもそもの話、私が周囲の目を気にする必要など初めから無い。

 私は伯爵家の娘であり、公爵令息の婚約者。

 公爵やお父様、アナスタシス公爵令息が居ないあの場でなら、身分の一番高い人間は私になる。

 身分が全てのこの世界で、上の者が下の者を気遣う必要なんてない。


 だから貴女を見逃してあげたのは、私の気まぐれであり、自分自身を美しく見せようと思っただけの話。

 けして貴女に恐れたわけでも、自分に非があるとも思っていない。



「っ、なんで、貴女がっ! …上からなのよ、」



 リアナ嬢の方へ足を進めると、威勢よく鳴いていた声は段々と大人しくなった。


 これじゃあ、まるで子犬じゃない。

 小さくて、プルプルと震えて、うるさい。小さい自分を守るために大声でキャンキャンと鳴くの。こういうのをなんて言うんだっけ?

 あぁそうだったそうだった、負け犬の遠吠えだ。


 まぁ、犬はかわいいけどこの子はブスね。



「ねぇ、なにか勘違いをしていないかしら? 私は上よ、貴女の何倍もね。貴女は雑魚男爵の娘で私は伯爵家の娘、レベルが違うのよ。…振られた可哀想な貴女を不憫に思って今回は許してやるって言ってるの。分かる?」



 リアナ嬢との距離はわずか三十センチほど

 百六十センチの私に比べて、リアナ嬢の身長は百五十くらいかしら。その身長差から、彼女の目の前に立つと、私は必然的に見下ろす体制になる。



「私がやろうと思えば、貴女の家なんて簡単に潰せちゃうのよ。」


「い、いや、それは……辞め、……ご、ごめん、なさ」


「聞こえないんだけど。散々人を巻き込んでおいて、ごめんなさい?」


「き、聞こえてるじゃないっ!!」


「リアナ・アンジール。…アンジール男爵家、そういえばお父様から聞いたわよ? 最近上手くいっていないんですってね。爵位も微妙でおまけに貧乏なんて、大変お辛いでしょうに」


「それは、」


「ねえ、オリバー・フランクは本当に私だけが理由なのかしら? ただ、貴女に愛想がつきただけじゃなくて?」



 私がそういうと、本当にどこか心当たりがあったのか、リアナ嬢の顔はみるみると顔が青ざめていった。


 少し、リアナ嬢が可哀想だと思った。

 でもね、可哀想って感情はね。あくまで自分の立場が相手よりも上だと理解していて出る感情なの。


”なんて惨めで、可哀想なんだろう。あぁ、私はこんな子じゃなくてよかった!”


 皆、表向きには善人ぶったって心の奥底ではそんなもんよ。



「さぁ、自分の立場が分かったのなら貴女の頼りないお父様に謝ってくることね。私が、お父様に言う前に」



 それが私からの最後通告だった。

 リアナ嬢の震える姿を見て、私はもう、何も感じない。

 むしろ、私は今まで抱えてきた重荷が少し軽くなった気がして、満足していたわ。



「そんな! も、申し訳ございませんでしたレティシア様、謝ります。謝りますから、どうか!」


「気安く名前を呼ばないでくれるかしら。...はあ、もういいわ。疲れたからさっさと目の前から消えてちょうだい」


「っ、!! …はい、」



 さっきまでの圧はどこへ行ったのやら。

 リアナ嬢は小さく震えながら、私の前から去って行った後ろ姿は背中が小さく見えた。


 何だが、スッキリしたわね。

 異性間のトラブルで令嬢たちから嫌味を言われることは少なくない。

でも、いつもは言い返さずに我慢してばかりだったからこうして、思ったことをいえてとってもスッキリした。



 これで、明日からはいつもの私に戻るのよ。

 かわいくて、賢くて、淑女な私として演じるの。


そして、私の人生は輝かしいものになる。

⋯⋯いいえ、するのよ。

私が私を幸せにする。自分を幸せにできるのは、自分だけ。


 まるで、童話に出てくるようなお姫様みたいに。キラキラしてて、輝かしい未来を目指して。

 だって、物語の最後に笑うのは。『かわいい』顔をした女の子だから。


 私は、幸せになるの。幸せに…



「…レティシア?」



 庭園の静寂の中、突然、私の名前を呼ぶ声が響いた。

 聞き覚えのある声。頭を使わなくとも、その声の持ち主が誰かということくらいは簡単に察しがついた。



 ・・・あぁ、今日は本当についていないみたいね。



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