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私の人生に私情は必要ない



 それから、あっという間に公爵様の誕生日がやってきた。



「レティシア、今日は父上の誕生パーティーへ来てくれてありがとう」


「もちろんですよ。公爵様の大切な祝いの日にお祝いすることができるなんて、私はとても幸せ者ですわ」



 そう、私はとっても幸せ。


 私は幸せを噛み締めるようにして目を細める。だって今、私の中にある承認欲求が満たされているのだから。

 目の前に立つアナスタシスは、相変わらず完璧な笑顔を浮かべている。

 彼の存在そのものが、私にとっての最高傑作の証。



「さぁ、行こうレティシア」



 アナスタシスは優雅に微笑み、私に手を差し出す。

 その仕草さえも、まるで王子様のようだった。



「お手をどうぞ」



 その言葉に、私は迷わず彼の手を取る。

 彼に手を惹かれて、会場にいる全員からの視線を浴びて歩く。


 ねぇ、アナスタシス。私はね、この瞬間のあなたが一番素敵に見えるの。


 周囲の令嬢から、冷ややかな目線が私に向けられている。既に婚約済みだと言っても、アナスタシスを狙っている令嬢はけして少なくない。みんな、私の婚約者が欲しいと思っているのよ。少し隙も見逃さないように、あなたを狙っている。


 あぁ最高、この瞬間が1番好きなの。この感覚はなに? 優越感ってやつなのかしら?


 ピンク色の刺繍が施されたお揃いの衣装。

 アナスタシスが贈ってくれたドレスには、ピンクダイヤモンドがふんだんに散りばめられている。

 会場の中で、この私が身につけているドレス以上に美しく、上等なものを見つけることはできないだろう。



「今日のレティシアは一段と美しいね」


「本当ですか? 嬉しい…。あなたもとっても素敵ですよ、公子♡」


「君に褒められるのが一番嬉しいよ」


「ふふ、私もです。私たち、何だか似ていますね」


「そうかい?僕はそうは思わないよ。僕は君のように愛らしくはないからね」


「えへへ、そうでしょうか」



 愛らしい少女を演じて、いつまでも完璧に。

 私はこのまま、彼と結婚して、公爵夫人になって、最高に幸せに暮らすのよ。

 この帝国の誰よりも、私は幸せになるの。


 私は公爵令息であるアナスタシス公子のことを、心から尊敬している。ただ、それだけでいい。


 この婚約に愛はいらない。

 私の人生に、私情は必要無い。






∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴







「よく来てくれたね、レティシア嬢」



 この、本当に成人を迎える寸前の子持ちですか? と聞きたくなるほどハンサムな殿方はイース・ティアルジ公爵様。

 アナスタシス公子の実の父親であり、私の将来の義父となる方。


 その端正な顔立ちと柔らかい物腰からは、威厳と気品がにじみ出ていた。

 築き上げてきたであろう家門の重みを背負いながらも、どこか親しみやすい雰囲気を持ち合わせているのだから、見事と言うほかない。



「公爵様、この度はご招待いただきありがとうございます」



 両手でドレスの両端を軽く摘み上げる。指先は柔らかく、裾が乱れないよう慎重に扱う。私の動きの全ては、まるで計算されているかのように優美。


 ⋯まあ、実際計算だしね。


 背筋を伸ばし、首筋をまっすぐに保つ。腰を少し引いてから軽やかに片足を後ろへ引くことで、体全体が優雅な曲線を描く。

 私はゆっくりと膝を曲げ、上体を滑らかに沈ませた。

 まるで一輪の花が風に揺れるように、自然な動作。視線はさりげなく伏せられ、睫毛がかすかに震えている様子が慎ましさを際立たせる。


 この所作は、幾度も練習を重ねたものだ。

 何度も母に直され、鏡の前で涙を流しながら習得した動作が、今ここで役立っている。

 それを思い出すと、微かに唇の端が震えそうになるけれど、私にはそれすらも許されない。


 まるで、舞台の上で踊る舞姫のような所作に、ティアルジ公爵は満足げに目を細めた。



「堅苦しい挨拶はよしてくれ、君と私は家族のようなものではないか」


「お気遣いの言葉、ありがとうございます公爵様」



 内心では緊張が渦巻いていたが、外面には一切の動揺を見せない。それは、長年積み上げてきた”完璧な令嬢”の仮面があってこそのものだ。


 私は死ぬまで一生、この仮面を外すことは無いだろう。それが例え、私を育ててくれた家族の前であろうとも、一生を共にする夫となる、アナスタシスの前であろうともだ。



「改めて公爵様。お誕生日、おめでとうございます。これは私からのプレゼントです」



 私は慎重に包装された小さな箱を手渡す。ティアルジ公爵は興味深そうにそれを受け取り、視線を私からプレゼントへと移した。



「父上、これは僕からです。」



 そして、私のすぐ後に隣に立っていたアナスタシスが続けて話す。



「先日、レティシアと一緒に父上が喜びそうなものを選んだんです。そうそう、彼女は毎年、僕に父上が喜びそうなものは何かと相談してくるんです」


「もう、公子! それは内緒にしておいてと約束したではありませんか」



 私が怒ったことをアピールするように、かわいらしく口を尖らせると、ティアルジ公爵は心から楽しそうに笑い声を上げた。



「ははっ、相変わらず仲が良さそうで安心したよ。そうか、二人で選んでくれたのか。それならば、どれほど特別な品か楽しみだな」



 公爵様は丁寧に包装を開ける。その仕草からも紳士らしい風格が漂っている。

 箱から現れたのは、控えめなグレーの石。



「ほう、これは……?」



 一見、ただの石にも見えるそれは、公爵様の表情に好奇心が浮べた。



「これはただの石ではありませんよ。見ていてくださいね、公爵様。」



 私は隠し持っていた小さなライトを手に取り、石に光を当てた。途端に、石は鮮やかな青い輝きを放ち始める。



「なんと美しい...」


「これは、サファイアの原石です」



 石を持つ公爵様に目を向け、少し自信に満ちた笑みを浮かべる。



「昨年まではブローチやネクタイピンなど、身に着けるものを贈らせていただきましたが、今年は少し趣向を変えてみました。ティアルジ家の家門を象徴するサファイアの未加工の美しさをお楽しみいただきたいと思いまして。」



 私が話終えると、ティアルジ公爵は感心したようにうなずき、青く輝く石を手に取って眺めた。



「喜んでいただけましたでしょうか...?」


「...素晴らしい、実に君らしい贈り物だな。ありがとう、レティシア嬢。」



 アナスタシスが私を見つめながら、静かに微笑む。

 その笑顔に、私は優雅な微笑みを返した。



「そして、こっちはアナスタシスからか」


「はい父上。僕は父上の好みを知り尽くしておりますから、きっと喜んでいただけるはずです」



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