教えてあげない
「ごきげんよう公子」
「やぁ、よく来たねレティシア」
アナスタシス・ティアルジ公爵令息。
彼は私の婚約者であり、ティアルジ公爵家の次期公爵だ。聡明で何事にも優れており、完璧という言葉がこれほど似合う人間は他にいない。
「そうだレティシア、十日後の父上の誕生日パーティーのことなんだが…」
アナスタシスが紅茶のカップを置き、私を見ながら話し始めた。
その瞳には、いつもと変わらぬ優雅さが漂っている。
「はい。私はもちろんのこと、お父様もとても楽しみにしておりますわ」
「嬉しいよ、父上もレティシアが来てくれると知って喜んでいたさ」
「まぁ、本当ですか? 公爵様に嫌われていないのでしたら安心いたしました」
「まさか、そんなことはずないよ」
アナスタシスは驚いたように「父上は君をとても気に入っているよ」と続けて話した。
「そうだったらいいのですが⋯」
まぁ、言ってみただけよ。本当は分かっている。
ティアルジ公爵は私のことをとても気に入っている。アナスタシスとの婚約を結ぶ時も、後押しをしてくれたのは公爵だった。
お父様が公爵家に行く度に、私も同行して公爵に対し、純粋で知的で貴方のお役に立ちますよ♡ と、散々アピール攻撃をした甲斐があった。
あんなにもかわいい私を見せつけてやったんですもの、娘にしたいと思うのは至極当然のこと。
アナスタシスと私は、今から五年前。私が十二歳の時に婚約を結んだ。
次期公爵のアナスタシスにとって、伯爵家の娘の私は結婚相手としても都合がいい。婚約を結ぶことは、難しくなかった。
「それで、その誕生パーティーがどうされたのですか?」
「近頃、令嬢の間でパートナー同士で服装のテーマカラーを宝石に揃えるのが流行りだろう」
「そういえば、最近よく見かけますね。」
服装を揃えることだけでなく、アクセサリーや小物までをパートナー同士合わせるのが今の社交界でのトレンドだ。
それは単なるお洒落の一環だと表向きには言われているが、実際の目的はパートナー同士の仲の良さをアピールするため。
社交界のパーティーに参加するために、令嬢たちは新しいドレスを新調する。その際に、パートナーの男性が女性に送るドレスの素晴らしさ。つまり、その上等さや値段が送った男性の富の象徴を表している。
高価なドレスを贈ることで、令嬢たちはパートナーの財力を誇示するのだ。
豪華なドレスを見せびらかし、互いに「私の婚約者はこんなに素敵なものを贈ってくれた」と誇るのよね。
つまり、爽やかな笑顔の裏で「私のドレスはこんなにも素敵なのよ、お金持ちの彼が買ってくれたの♡ アンタのドレスは安そうね。はっ、アンタの男貧乏なのねー」と、令嬢たちは言い合っているわけだ。
「実は、それを知った父上が来月の誕生パーティーではペア同士テーマを揃えた服装を、参加条件に加えてしまってね」
ピュアなティアルジ公爵様のことだ、きっと若者たちが面白そうなことをしている。と、面白半分に企画したんだろう。
...はは、私は公爵様のそういうところが嫌いじゃないですよ。
公爵様って、気難しそうな見かけによらず、案外ロマンティックなところがあるのよね。
「まぁ! なんて素敵なんでしょう! 今から楽しみになってきました。公子、私たちは何色にしましょうか」
手を揃えて、顎もとに寄せる。
こてっ、と首を傾げたら、とってもかわいい私がもっとかわいくなる。
「僕も暫く考えたんだが、やっぱりピンクはどうかな」
「⋯⋯ピンクですか?」
彼の返答は意外だった。
自分の公爵家を何よりも誇りに思っているアナスタシスのことだから、ティアルジ家の家門のシンボルであるサファイアを中心的とした、ブルーを選ぶと思っていた。
私の家、フォンディア伯爵家のシンボルはエメラルド、色味としても似たような淡い色のものを選ぶのかと思えば、まさかのピンク色。
アナスタシアの好きな色とも思えないし、どうしてピンクなんて。
「君が一番好きな色だろう?」
その言葉で、すべてが腑に落ちた。
…ああ、なるほど、そういうことだったのね。
確かに、優しいあなたには“婚約者の好みを一番に考える“方がキャラに合っているものね。
「公子様は私のことをよくお知りですね。はい、私はピンク色が一番好きです。」
嘘。本当は、甘いピンク色よりも鮮やかな水色の方が好き。
でも、私の甘い容姿にはピンク色が一番似合うでしょ。だからピンクもまぁまぁ好きですよ。
嘘を付く私も、それなりにかわいいでしょう。
演じて、騙して、こんな汚い私をあなたが知ったらきっと捨てられちゃうわね。
だから絶対に教えてあげない、あなただけにはずっと綺麗なだけの私を見ていて欲しいから。
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