かわいい
かわいい、カワイイ、可愛い。
その言葉はきっと、私のために出来ていると思うの。
だって私は、こんなにもかわいらしいのだから…。
私の名前は、レティシア・フォンディア。
アスタリア帝国の伯爵家の一人娘として、私は生まれた。
黄金色の装飾が施された豪華な鏡台の前に立ち、私はじっとその鏡の中の自分を見つめた。
鏡台には真新しい化粧品が整然と並んでいる。私はその中から、先日届いたばかりのコーラルピンクの口紅を手に取り、軽く唇にのせる。
普通、伯爵家の令嬢が自ら身支度を済ますことはないのかもしれない。でも、私はこの時間が好きだった。美しい自分をより美しく作り上げることが何よりの楽しみで、世界に誇れるこの姿を、鏡で見る度に心が満たされたの。
今日一日は外出をする予定も、お客様を迎える予定も無いからシンプルなピンクのドレスを選ぶことにした。華やかさは控えめだけれど、私の顔立ちを引き立てる絶妙なバランス。
ドレスの柔らかな生地が肌に馴染み、ふんわりとしたクリーム色の髪にぴったり合っていた。肌は雪のように白く、瞳はブルートパーズのように透き通る水色。
どこから見ても完璧な美少女。
これは自信過剰なんかじゃない、紛れもない事実だ。
「…大丈夫、今日も私はとってもかわいい」
鏡の中の自分を見つめ、美しい水色の瞳にささやかな誓いを込めるかのように呟いた。
それは子供がするおまじないのようなもので、特に効果があるわけでもない。ただ毎日の日課となっている習慣のようなもの。
もし、この世界が物語だったとしたら、私は間違いなく『とってもかわいい伯爵令嬢様』として紹介されるだろう。
だって、私はこの世界の誰よりもかわいらしく、美しいのだから。
私は、美しくいないといけないのだから。
「おはようございます、お父様お母様。」
「おはようレティシア、昨夜はよく眠れたか?」
私の挨拶にお父様が笑顔で返事をしてくれる。
「レティシア、そこに寝癖がついていますよ。身だしなみには気をつけなさいといつも言っているでしょう」
「ごめんなさいお母様、私ったらうっかりしていましたわ」
「しっかりなさい、貴女はもう子供じゃないのよ。」
お母様の身だしなみへの注意もいつものことだった。私の母は、いつだって完璧を求める人だから。
私のお父様は伯爵家の一人息子、お母様は地方の成金貴族の娘。
身分の差がある二人がどうして結ばれたか?
そんなのは簡単よ。私のお母様は、お顔がとても綺麗だったから。
「まぁまぁ、いいじゃないか。寝癖のついた娘も愛らしいものさ」
「もう、あなたったら…。本当、レティには本当に甘いんですから」
「君に似た僕の子供だから、愛おしいに決まっているだろう?」
お父様の甘い言葉に、照れたように頬を染めて笑みを浮かべるお母様。
お母様は美しい容姿をしていたから、地方の貧乏貴族だったにもかかわらず、伯爵であるお父様と結婚できた。ただ、それだけの話。
でもね、ただそれだけのことで人生は上手くいくの。
美しいお母様と同じ環境で育った、アンリエット叔母様は、中の下の顔をしていた。
別に特別不細工というわけでもない、かといって飛び切りの美人でもない、本当に普通の顔。だから叔母様は同じく地方貴族の男と普通の結婚をさせられたの。
姉妹ですら、美しいか美しくないか。その差で人生は大きく変わる。
「お母様、今日の昼間に出発予定でしたよね。もう身支度は済んでいるのですか?」
「えぇそうよ。もちろん、昨夜のうちに荷物は纏めてあります。レティ、私が居ない間私の代わりをお願いね」
「流石お母様。はい、もちろんです。私にお任せてください」
「明日からは君がこの家に居ないなんてな」
「私も、あなたと離れることが何よりも辛いですわ...」
まるで、永遠の別れのように話している二人だが、お母様はただ二十日間ほど実家に帰るだけ。
何やらアンリエット叔母様が右腕を骨折してしまったようで、妹想いのお母様はそれを聞き居ても立っても居られないと看病のために、実家への帰省を決めていた。
「しかし公爵の誕生パーティーに参加できないのは実に残念だな。公爵家の誕生パーティーはいつも盛大だから君も楽しめただろうに」
「えぇ、私も毎年楽しみにしていましたが、怪我を負った妹を放っておいては楽しめることも楽しめませんもの」
「君は妹想いの素敵な女性だな」
「あらあら、昨夜は私が行ってしまうことを悲しんでいたではありませんか。ふふ、強がりな貴方も素敵ですよ」
ははは、ほんとお熱いことで…。
全く、朝から勘弁してほしいものだ。
両親の中が良いことは、娘の私からしても喜ばしいことなんだろうけど、流石に毎朝ともなるといい加減うんざりだと思ってしまう。
私のお父様は美しいお母様と違い、はっきり言ってぶ男。でも、とても優しい人なんだけどね。
そんなお父様がどうして美しいお母様と結婚できたか、理由はとても簡単。
富と名声を持ち合わせていたから、伯爵家当主という明確な権力を。
私のお父様とお母様は愛し合っている。
フォンディア伯爵の妻と娘への寵愛の深さは周囲の事実のことだ。
二人は、心からお互いを想い合っていて、お互いへの尊敬を持っている。
お互いに足りない部分を求めて結婚した二人はパズルのように欠けた部分を合わせて、結ばれた。
「公爵様の誕生パーティーにお母様が来られないことは、私もとても残念に思います。本当なら私もお母様の実家へ一緒に行ければよかったのに……。どうぞアンリエット叔母様に、私がとても心配していたとお伝え下さい」
「レティシア、私に似て美しく彼に似て賢いあなた。そんなあなたの優秀な婚約者に、私もお会いしたかったわ」
「ふふ。彼もお母様にお会いしたいと言っておりました」
私の言葉に、お母様は満足気に微笑んだ。
そりゃあもう気分が良いでしょう。
自分の将来の息子が、あのティアルジ公爵の愛児アナスタシス・ティアルジなのだから。
「そりゃあ公子は将来私の息子になる方ですもの。当然よ。良い? レティ、ちゃんとご無礼の無いように振る舞いなさいね」
「もちろんですお母様。この、フォンディア伯爵家の名に恥じないようにします」
私のお母様は、本当に美しい。
だけど、若さという武器を持った私には到底太刀打ちできない。
そのことを賢いお母様は理解していた。だからこそ、自分の生き写しのような私を自分自身のように見ていたのだろう。
自分にそっくりな私を、自分のように完璧にするために。
お母様は、私が物心が付く前から、「私のように美しく生きなさい。」とか、「賢く自分の武器を使って愛される女になれ」とか、とにかく自分の強い思想が偏った教育を私に施してきた。
自分の知恵と美貌で勝ち上がってきた自分の術を、私に与えようとしたのだろう。
私は、お母様がとってもだいすき。⋯⋯でも、ごめんなさい。
私はお母様にその言葉をかけられた時、笑顔で「分かりました」と返事をする裏で、本当はうんざりしていたの。
お母様は非常に美しく、そして賢い女性。美しさだけで世の中を渡っていった人。
私はお母様のようにはならない。そう。心に決めていたわ。
だって私は、こんっなにもかわいい伯爵令嬢よ?
私はそれだけじゃ満足しない。
もっと上を狙うのよ。
私は、お母様に似て美しく強欲で、お父様に似て知的な戦略家なので。
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